斎藤元彦“SNS流言合戦”にオールドメディアはダンマリ…「選挙になるとマスコミが大人しくなる問題」をどうすべきか?
文春オンライン / 2024年11月26日 6時0分
斎藤元彦知事 ©時事通信社
なぜニュースを見るのか? 理由の一つには「理不尽な目に遭っている人を知るため」だと思っている。自分だっていつ理不尽な目に遭うかわからない。いや、気づかないだけでもう遭っているかもしれない。だからニュースを見て、知る。
パワハラ問題と選挙でコロコロ変わった「理不尽」の主語
それでいうと兵庫県知事選挙の結果は興味深かった。県議会の不信任決議を受け、失職した斎藤元彦・前県知事が再選された。不信任の発端は、斎藤氏のパワハラ疑惑を元県幹部が内部告発したことだ。斎藤氏は告発を公益通報として扱わず、県幹部に調査を命じて元幹部を特定し、懲戒処分にした。元幹部は7月に死亡した。自死とみられている。
ここで「理不尽」というキーワードを思い出そう。斎藤氏にパワハラを受けたり公益通報をつぶされた人が理不尽という声が多いかと思いきや、選挙結果を見ると「既得権益に対して独りぼっちで闘っている知事こそが理不尽」「メディアにいじめられている知事こそが理不尽」と考える人がかなり多かったのだろう。誰が理不尽な目にあっているか? という見方は共通していても判断は分かれたのである。
「真偽不明の情報が拡散した」
ではその判断を形成した大きな役割は何だったのか。メディアの分析は選挙後に多く出てきた。読売新聞は『SNSの威力』とし、社説は『真偽不明の情報が拡散した』(11月19日)。
《斎藤氏を擁護するため、亡くなった告発者の名誉を傷つけるような発信が相次ぎ、斎藤氏支持の論調ができた。》《その結果、公益通報を巡る本質的な議論がかすみ、斎藤氏擁護の声が大きなうねりとなった。》
具体的な例としては、政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首が出馬し、《その種の情報を発信したことも、斎藤氏の熱烈な支持者を生んだようだ》とした。
毎日新聞の社説は、《見逃せないのは、今回の知事選で多数の偽情報が出回ったことだ。発信力の強い「インフルエンサー」らが「パワハラ疑惑はでっち上げ」など事実でない情報を拡散した。接戦となった他候補の評判を落とす偽情報も流布された。》(11月19日)と、誤った情報を信じる人が増えれば、民主主義の基盤である選挙の機能が損なわれかねない、と書いた。
朝日新聞は出口調査を載せていた(11月18日)。注目したのは、『斎藤県政「評価」76% 文書問題「重視」10%』という結果だ。有権者は「いつから」文書問題を重視しなかったのか? 選挙前からずっとか、選挙期間中からなのか? 興味を持つ点だ。
亡くなったX氏が決して触れられたくなかったこと
では「亡くなった告発者の名誉を傷つけるような発信」(読売)について振り返ろう。私が今年の『週刊文春』で最も印象深かった記事は7月25日号だった。告発文書を「怪文書」と斎藤知事に言われた元県幹部X氏の情報が兵庫県庁で出回っていたという。
そのうえで文春はこう書いていたのである。《中身についてはX氏が決して触れられたくなかったことであり、本稿では言及しない。ただ、X氏の告発を握りつぶすためにこれを利用しようとする行為がどうしようもなく卑劣であることは論を俟たない。》
いかがだろうか。“文春砲”が続く中で、この件については、文春はX氏のプライベートについては報じなかったのだ。公益通報の話とは別問題だからだ。これを利用しようとする行為は「卑劣」とはっきり書いている。
しかし選挙戦に利用した人たちがいた。注目したいのは国民民主党の玉木代表のプライベートが先日報じられたときは「不倫より政策を」という声も大きかったが、今回は亡くなった告発者のプライベートが判断材料のひとつにされていたことだ。SNSを通して支持された点は玉木氏も斎藤氏も共通するのに一体どうしたことだろう。「公」と「私」について考えさせられるし、時々で扱いの差があるならなおさらだ。
PR会社の社長が内情を暴露
あと、“独りぼっちで闘っている斎藤知事”の広報戦略の詳細を公開する人も出てきた。兵庫県のPR会社「merchu(メルチュ)」社長・折田楓氏である。
氏が投稿したブログの冒頭にはこうある。《「SNS」という言葉が一人歩きしてしまっているので、斎藤陣営で広報全般を任せていただいていた立場として、まとめを残しておきたいと思います。》
SNSの勝利ではなく、SNSを仕掛けた自分の勝利とPRしたいのだろうか。折田氏は「#さいとう元知事がんばれ」のハッシュタグの発信もおこなったと誇らしげに書いている。
現在は削除されているが、折田氏の投稿には当初「SNS運用フェーズ」として10月1日から13日までは「種まき」、14日から31日は「育成」、11月1日から17日は「収穫」とあり、まるでSNSで斎藤氏に賛同した人たちは「稲」のような扱いだ。
報道の間隙をついて飛び交ったSNSの「自由な言説」
気になるのは報酬が支払われていたかどうかだ。関西テレビの取材によれば「広告会社に金銭の支払いはある」と斎藤陣営の1人は話したという(11月22日)。公職選挙法に抵触(買収)になるのか今後の動きに注目だ。
さてここまで新聞、週刊誌、テレビの記事を元にして書いてきた。「オールドメディアなんて」と馬鹿にする方もいるだろう。そう、今回最も論じられるべきは選挙期間中になると既存メディアがおとなしくなる問題だ。新聞やテレビは公職選挙法と放送法を盾にして中立、公平を自称する。その間隙をついてSNSでは自由な「言説」が飛び交った。
ファクトチェックをしていた新聞もあった。毎日新聞は『「港湾利権にメスで潰された」は誤り 監査に斎藤知事の関与なし』(9月21日)と報道。
斎藤知事を「港湾利権にメスを入れたことによって闇社会とそこに追随するマスゴミに潰された」などと擁護する言説がネット上で飛び交っていたのだが、取材して明確に否定した。
こんな時こそメディアは奮起するしかない
しかしデマが否定されても次の「言説」が登場する。そもそもネット情報を「真実」とする人は新聞など読まないだろうから焼け石に水状態でもある。しかしこんな時こそメディアは報じていくしかない。奮起するしかない。取材をして裏付けをとる訓練を伝統にしている組織「オールドメディア」はまだまだ利用できる価値があるはずだ。
選挙期間中、タブロイド紙の日刊ゲンダイに現場ルポがあって読ませた(11月15日)。記者が選挙活動を追うと斎藤氏を支持する50代女性はこう言った。
「立花さんのおかげで真実を知り全てがつながりました」
「以前は産経新聞を購読していたのですが、今では新聞はもちろん、テレビも一切見ない。その代わりユーチューブとXで偏りなく情報を集め、考えが凝り固まらないようにしています」
ああ、こういう意見こそ選挙中の大手メディアで見たかった。新聞やテレビの選挙後の分析は、それまで見て見ぬふりをしていた人が急に饒舌になったみたいで気味が悪い。あのPR会社社長の「種明かし」と何が違うのか。あ、やっぱり私も「オールドメディア」には不満があるのでした。
(プチ鹿島)
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