斎藤知事の「“選挙後の疑惑”をテレビは当初大きく取り上げなかった」兵庫県知事選に「テレビ不信」をもたらした“報道の穴”
文春オンライン / 2024年11月27日 17時0分
兵庫県知事選挙で再選を確実にし、支援者らに一礼する斎藤元彦氏 ©時事通信社
11月17日に投開票が行われた兵庫県知事選はテレビや新聞にとって想定外の結末で、失職した斎藤元彦前知事がまさかの再選を果たした。テレビ各社は「背景にSNS」という解説を繰り返している。制約がほとんどないSNS。制約が多いテレビや新聞。決定的な要因としてSNSの影響力があったという見立てはどの大手メディアでも一致している。
さらに兵庫県内のPR会社の社長が11月20日、斎藤陣営で「広報全般を任せていただいていた立場」とnoteに投稿し、公職選挙法違反の疑いへと世間の関心は大きく動いた。
テレビ報道を研究する上智大学の水島宏明教授が、一連の報道を振り返る。(全2回の2回目/ 前編 から続く)
◆ ◆ ◆
選挙後の“疑惑”をテレビ各社は当初大きく取り上げなかった
テレビや新聞が報じない大きな「穴」。それを有権者がSNSで埋めようとした結果として斎藤元彦前知事の圧勝につながった。
だが、選挙の後になって斎藤陣営をめぐる疑惑が浮上している。
PR会社の女性社長が斎藤陣営の戦略的広報を「監修者」として中心的に行っていたのは自分だとnoteで公開したことが発端だった。
運用戦略立案、アカウントの立ち上げ、プロフィール作成、コンテンツ企画、文章フォーマット設計、情報選定、校正・推敲フローの確立、ファクトチェック体制の強化、プライバシーへの配慮などと非常に詳しく記してある。
斎藤氏本人も代理人弁護士もPR会社に委ねたのは「ポスター制作だけ」だとして違法性を否定しているが、PR会社の社長のコラムの表現とは大きく矛盾する。共同通信が11月22日に配信したのにテレビ各社は当初大きく取り上げなかった。
テレビで最初に詳しく報じたのは…
テレビで最初に詳しく報じたのは11月24日放送のフジテレビの「日曜報道THE PRIME」。フジは25日の「めざまし8」でPR会社社長が「選挙カーの上から臨場感を届けるためのライブ配信」をする様子の画像などを取り上げて、若狭勝元東京地検特捜部副部長や弁護士でもある橋下徹・元大阪市長が解説したが、2人とも斎藤氏の弁明は説得力に乏しいとした。
テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」もPR会社社長がインスタグラムにアップした、斎藤氏がこの会社の事務所を訪れた時の写真を放送。社長が斎藤氏の選挙カーの上にあがる動画なども報道した。夕方ニュースも民放各社はトップで報道し、NHKも「ニュース7」で「知事が違法性を否定」と伝えた。
取材に対して、当のPR会社社長は応じず、選挙期間中に社長が街頭演説などの現場で活動していたのは「あくまで(公職選挙法に違反しない)ボランティア」と斎藤氏の代理人弁護士らは口を揃えている。だが、報道で元検事らの話を聞く限り、いずれ「公職選挙法違反」の容疑で捜査が進む可能性は否定できない状況だ。
「テレビ不信」をもたらした報道の穴
公職選挙法違反の疑いへとフェーズが変わってからも、横並びの報道姿勢が目立ったが、テレビは実際に候補者や選挙カーが街頭を回る選挙期間中になると、より公平・中立な取扱いを慎重にしようという意識が強くなる。ニュース番組でも各候補や政党の主張をほぼ同じ時間だけ伝える定型的なニュースしか放送しなくなるのが通例だ。当選の可能性が高い候補も、ほぼ間違いなく落選しそうな泡沫候補も同じように時間を割くため、メリハリがなくなってしまう。選挙期間前にはさんざん詳しく報道していた問題も同様だ。
なぜ斎藤氏が失職したのか、失職の背景になったパワハラやおねだりの疑惑、内部告発者への処分などについても選挙が始まるとストップして、詳しい経緯が伝えられなくなる。選挙ニュースでは情勢や選挙活動で各候補の主張だけを伝える。結果的に視聴者からすれば、たくさんの情報から投票する候補を選びたい一番肝心な時に、詳しい情報を流さず、重要な事実をわざと隠そうとしているのでは? そんな「テレビ不信」につながっているのではないか。
そうした「穴」があるなら、より信頼性が高いテレビや新聞などが工夫してその「穴」を埋めていけばいいのではないか。それは今後、可能なのだろうか。だが、今のところ、「総論」で問題意識を伝えながらも、具体的な「各論」に踏み込もうとするテレビ番組はない。
テレビは次の選挙をどう報じるのか?
次の選挙でのテレビの報道のあり方。このヒントになるようなスタジオ討論が11月19日放送の「めざまし8」で交わされた。キャスターの谷原章介氏と元放送作家の鈴木おさむ氏、元NHK記者の立岩陽一郎氏の3人の会話だ。
「SNSと選挙について、今回は考える良いきっかけになった。SNSがうまい人と下手な人と、(既存)メディアって、テレビって選挙期間中は何もできないなかでSNSだと自由に発信できるし、そういうものがうまい人と使わない人の差がすごく出てしまう」(鈴木おさむ氏)
立岩陽一郎氏は元NHKの敏腕記者で骨太の調査報道にも携わってきた。特に選挙のファクトチェックでは、どれだけ労力がかかるか身をもって知り尽くしている人物だ。
「テレビや新聞が敗北したという評価をする人もいる。(略)もっとテレビや新聞が選挙の時にやれる方法があるわけです。もっとやれ、もっとやってほしい。SNSに関して懸念を示すと何が起きるか? 政府が介入してきますよ。そうするとさらに言論空間がきわめて歪なものになる可能性がある。(略)自由な言論空間を守るということはやはり大事だということは、ちょっとみなさん意識してほしい」(立岩陽一郎氏)
立岩氏はSNSの影響の拡大は政府の介入につながりかねないという強い危惧を示す。「自由な言論空間」を守るべきだという主張だ。その上で「もっとやれ」と積極性を促している。
筆者は鈴木おさむ氏と立岩陽一郎氏の議論をとても興味深く聞いた。SNSの影響の拡大に驚きを示しながらも安易な規制を戒め、これを育てる方向に育てようとする。テレビに 「もっとやれ」「もっと踏み込んでほしい」と鼓舞していた。
NHKが考える「SNS時代の選挙報道」
NHKの「日曜討論」(11月24日放送)を見て仰天した。ふだんは閣僚をはじめ与野党の幹部らが生出演して、政治情勢をめぐる議論をする番組だ。この番組が「選挙とSNS」をテーマにして放送された。公共放送としてもそれだけ重大な問題だと考えたのだろう。
兵庫県知事選や都知事選での石丸現象、衆議院選での国民民主党旋風、米国の大統領選など、SNSが選挙戦に影響を与えたと思われるケースが相次いでいるとして、専門家を含めてSNS時代の選挙のあり方について議論した。兵庫県知事選でのNHKの出口調査では有権者が投票で参考にしたのはSNSや動画投稿サイトがテレビや新聞を上回っていたからだ。
ネット上の分析を専門にする国際大学の山口真一准教授は「2024年は大きな転換点だ」と断言する。
AIエンジニアで起業家の安野貴博氏も、都知事選に立候補してSNSの影響力で15万票を獲得した経験から山口氏に同調した。
「選挙のやり方としてよく語られていたのが『地上戦』と『空中戦』と呼ばれるような、街頭演説や既存メディア対応をメインでやって(地上戦)、あまった時間でネットの対応をやりましょう(空中戦)と語られていたが、このバランスを変えて、むしろネットに多くの時間や知恵を絞らなくてはならないように思う」という。
安野氏はNHKのアンケート調査で「SNS・動画共有サービス」などとネット系を一括りにするところがまだ粗い見方だと批判した。ネットにも候補者に長時間話を聞くものもあり、これは貴重な一次情報で、フェイクニュースを流すネットメディアと同列に扱うべきではないとする。
山口氏は有権者側の各候補の政策を深掘りして深く知りたいというニーズに応えていたのかという視点と、真偽不明の情報に対して迅速に調査してオンラインで速やかに分かりやすく発信していたのかという視点で、マスメディアにはそれらが欠けていたと課題を示した。
昨年はジャニーズ性加害問題で子どもへの性虐待が“人権”という観点から決して許されないとして、忖度などで“沈黙”した過去を猛反省したテレビ。2024年、これまでの選挙期間中の選挙報道のあり方についてテレビは再び問われている。
(水島 宏明)
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