石破総理が敗れた「外交マウント取り合戦」の内幕 “写真巧者”の習近平国家主席とは張り合ったがまさかの大遅刻で…
文春オンライン / 2024年11月30日 6時0分
石破茂首相 ©時事通信社(内閣広報室提供)
石破茂首相が今月、ペルーの首都リマで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議と、ブラジル・リオデジャネイロでのG20(主要20カ国・地域)首脳会議に出席した。その際、「石破首相の立ち居振る舞いが悪い」とSNSで大きな話題になった。
具体的には、石破首相が首脳会議の際、近づいた各国首脳に対して座ったまま挨拶したり、集合写真を欠席したりしたことがやり玉に挙げられた。しかし、複数の現・元職の官僚たちに話を聞いてみると、石破氏本人の責任ではないという声が圧倒的だった。
「石破氏はかわいそうだ」と外務省元幹部
そもそも、石破氏の外交政策をめぐっては、9月の自民党総裁選の際、「アジア版NATO」や日米による「核の共有」を提言したことから、外務省や防衛省の関係者から「米国が応じるはずもない」「外交センスが足りない」「自民党で党内野党を10年続けて来た反動だ」といった指摘が出ていた。石破氏は2014年9月まで党幹事長を務めた後は、閣僚を務めたことはあったものの、党中枢から離れた存在を強いられてきたためだ。
外務省関係者の一人は「外務省には、外相OBの麻生太郎党最高顧問の影響力が色濃く残っている。幹部たちは麻生氏が怖くて、石破氏に政策立案で助言できなかっただろう」と語る。ただ、総選挙を終え、少なくとも現時点で自民党内は石破支持で結束しているという。石破氏が首相就任後、「アジア版NATO」や「核の共有」を封印したのも、権力の中枢に座ったことで「安定飛行」を狙っている証拠とも言える。
今回の「座ったままであいさつ」については、外務省関係者らは石破氏に同情的だ。元幹部は「APEC首脳会議には大勢の首脳が集まる。初参加の石破氏に声をかける首脳は多かっただろう。石破氏もその場その場で応対したわけで、座っている写真だけを切り取って批判するのはかわいそうだ」と語る。
外務省元幹部が「あり得ない」と語る石破氏の行動
一方、この元幹部は「集合写真の欠席は、あり得ない出来事だ」と語る。外交現場での写真は、非常に重視されるからだ。「写真巧者」で有名なのが中国だ。写真を通じてマウントを取ろうとする。
中国・北京の人民大会堂で2024年4月26日、習近平国家主席はブリンケン米国務長官と会談した。習氏はコの字形に並べられたテーブルの「議長席」のような位置に座り、「上下関係」をアピールした。習氏は他国の首脳と1対1で写真を撮る際も、頭を体の中心線からやや外側に傾け、「会談に応じてあげている」という雰囲気をつくる。
日本側も、中国が写真を重視していることを把握している。安倍晋三首相時代、日中関係は特に冷え込んだ。あるとき、中国側がホスト役の日中首脳会談で、日中の国旗を久々に背景に写し込ませたことを確認し、日本側は「中国に関係改善の機運が出てきた」と喜んだという。
外交現場の“マウント&エレベーター取り合い合戦”
外交の舞台では、こうした「マウント取り合戦」がしばしば起きる。韓国が過去にG20の議長国を務めた際には、首脳たちが我先に集合写真のセンターを奪い合うことを懸念。事前に、「就任日時の古い人ほど良い位置に」「大統領か首相か外相か」など、皆が納得するルールを作って位置を整理した。それでも、良い位置に立とうとする「不心得者」が出ないよう、エスコート役をつけて、半ば強制的に決められた位置に立ってもらったという。
そのぐらい写真が重要だとわかっていながら、石破首相はAPECの集合写真に間に合わなかった。故フジモリ元大統領の墓参り後、事故渋滞に巻き込まれたというのだ。別の霞が関官僚は「予想外の交通渋滞が原因だというが、周囲の調整とサポートが甘かったのではないか」と語る。日本がホスト国になる場合、会議場外での移動については、「〇時〇分発、〇時〇分着」というように1分刻みで動線表を作る。
外務省と警察庁が協議し、交通状況とにらめっこしながら、パトカーによる先導、車線の確保などを行い、それでも時間通りに行かない可能性がある場合は通行規制に踏み込む。関係省庁の官僚の一人は「今回、石破首相の外出が突然だったとしても、事務方が計算してペルー側とちゃんと調整すべきだったのではないか」と語る。
動線の確保が必要なのは、会場の外だけではない。大規模な国際会議になると、複数の国の首脳が同じホテルに宿泊するケースも出てくる。会議場に入ったら入ったで、会議の合間に2国間会談などを行うため、やはりスムーズな移動が要求される。そこで発生するのが、エレベーターの奪い合いだ。
本当にいるエレベーター係
2023年5月に広島で開かれた主要7カ国首脳会議(広島サミット)では、主要会場にグランドプリンスホテル広島が使われた。ホテルは広島市の宇品島(うじなじま)にあるため、交通規制は容易だったが、ホテル内のエレベーターの運用が大変だった。当時、サミットの会場設営を担当した官僚によれば、ホテルの宿泊客用エレベーターは6基。マスコミ関係者は従業員用エレベーターを使うことになった。
サミット事務局で、各首脳の行動表を作り、各首脳がエレベーターを使う時間になると、担当係が控室から決められたエレベーターまでエスコートするようにした。しかし、各国首脳はなかなか時間通りに動いてくれない。会議の打ち合わせや本国との電話協議が相次ぎ、あちこちで「渋滞」が発生したという。
宿泊先のホテルも複数の首脳が同宿するケースがあった。その場合、各国の事務方がまずやる作業が「エレベーターブロック」だという。各国が専用で使えるエレベーターを1基、借り受ける作業だ。外務省の官僚は「普段、定宿にしているホテルなら、総支配人に頼めば、何とかしてくれる。でも、初めて使うホテルや、国連総会で各国首脳が大勢泊まるニューヨーク・マンハッタンの高級ホテル、ウォルドルフ・アストリアのようなケースは大変だ」と話す。
ひたすらボタンを押し続ける
エレベーターブロックを頼んでも、「それならホテル全体を貸切ってください」と言われるのがおちだ。仕方がないので、首脳だけをエレベーターに乗せて、事務方は階段を一生懸命昇り降りする羽目になる。首脳が移動する時間が近づくと、担当者をエレベーター前に立たせて、ひたすらボタンを押してエレベーターを確保する努力もする。
「エレベーター押し係」は常に、ホテル利用客から白い眼を向けられる。「俺は利用客だぞ。なんの権限で、このエレベーターを使っちゃいけないんだ」と食ってかかられることもある。「今、総理が来ますから」と秘密を暴露するわけにもいかず、ひたすら平身低頭で耐えるのだという。
今回の石破首相を巡る外交儀礼騒動は、そんな裏方たちの苦労が思い起こされる事件でもあった。
(牧野 愛博)
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