東大名誉教授・松下正明(87)が断言「認知症は病気ではありません」
文春オンライン / 2024年12月3日 6時0分
「長生きすれば認知症になるのは、自然なことです。認知症患者の人格も心も失われることはありません」
『認知症は病気ではない』 (小社刊)の中でそう語るのは、東大名誉教授で、東京都健康長寿医療センター初代理事長である松下正明医師だ。同著を記したジャーナリストの奥野修司氏が見た認知症患者の知られざる“内面”とは――。
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「アルツハイマー型認知症は、病気ではありません」
認知症の発症者は、2025年に730万人にのぼると推計されている。
認知症の約6割を占めるのがアルツハイマー型認知症で、年齢を重ねるごとに有病者は増えてゆく。
後期高齢者となる75歳〜79歳の有病率は13.6%。それが、85歳を超えると41.4%、95歳以上は79.5%と飛躍的に上昇する。
「松下医師は、亡くなった高齢者の解剖をしていた際に、『病変がない正常な老人にも、アルツハイマー型認知症に特有のアミロイドβやタウたんぱくの蓄積があった』ことを確認しました。つまり健常者と認知症患者は、量的な差こそあれ、質の面では同じものが溜まっていたことを“発見”したのです」(奥野氏)
その事実から、松下医師は奥野氏にこう断言した。「アルツハイマー型認知症は、病気ではありません。むしろ老化現象の表れなのです。私の病院に診療に来られた方でも、物忘れがあって多少生活に支障がある程度なら、『当たり前だから気にする必要はない』と伝えています。認知症を疑っていらっしゃる高齢者のうち20%くらいは、この正常加齢の範囲内なのです」
当事者の手記に書かれていたのは…
奥野氏は、多くの認知症患者にも取材を重ねた。特に印象に残るのが、島根県出雲市にある「エスポアール出雲クリニック」院長で、精神科医の高橋幸男氏が運営する重度認知症デイケア施設「小(お)山(やま)のおうち」を訪ねた際のことだ。
「施設では、認知症の方が自筆で手記を書いていて衝撃を受けました。認知症というと、有吉佐和子さんの『恍惚の人』で描かれたように、人格が壊れ、物事を判別できなくなっている人ばかりだと思いこんでいたからです。判読が難しい手記もありましたが、丁寧に字を書こうという意図や、何より本人の思いが伝わってきました」(奥野氏)
中でも奥野氏が注目したのは、周辺症状の緩和との関係だ。認知症には、脳細胞が壊れることで起こる中核症状(物忘れなど)と中核症状によって二次的に起こる周辺症状(徘徊、弄便(ろうべん)、暴言など)がある。
特に印象に残ったのは、その症状の実態を当事者が綴った手記だった。81歳の女性、婦佐さん(仮名)の手記にはこう書かれていた。
〈物忘れがひどく、自分ながらこれからどうなるかと心配でたまらない様な毎日が続いていました。(中略)私はもうこれで何も出来なくなるのかと悲しく、夜になると涙が流れて困ってしまいました〉
手記には、認知症になったことの不安や孤独感が刻まれていた。
施設から自宅に帰ると「帰らせていただきます」
彼女は息子夫婦、孫と同居していたが、施設から自宅に帰ると「帰らせていただきます」と置き手紙を残して、毎日のように徘徊を繰り返していた。徘徊は介護をする家族を最も悩ませる周辺症状のひとつだ。
「婦佐さんは、認知症を発症してから同じことを何度も言うようになりました。『おばあちゃん、さっきも言ったでしょ』と言われて、だんだん家族が険しい表情を見せるようになった。家族から会話の中に入れてもらえなくなった婦佐さんは、表情もだんだんとキツくなり、置き手紙を残して家を出ては徘徊するようになってしまったのです」(奥野氏)
周辺症状の緩和のきっかけ
ところが、彼女の周辺症状は些細なきっかけで改善した。
「ケア施設のスタッフがプログラムの中で『今日は源平合戦の日です』と言ったところ、婦佐さんがいきなり小学校の唱歌『那須与一』を歌い始めたそうです。スタッフも家族もその歌を知らなかったのですが、元気な婦佐さんの姿を見て喜んだ。家でも孫に『おばあちゃん、歌って』とせがまれて歌うようになり、婦佐さんと家族の会話が増えると『帰る』と言わなくなったというのです。認知症の人を家族の中で孤立させないことは、周辺症状の緩和に役立つという好例だと思います」(同前)
物盗られ妄想や暴言
徘徊だけではなく、物盗られ妄想や暴言もまた、介護をする家族を悩ませる周辺症状だ。
夫と死別して家を守ってきた良枝さん(仮名)は70歳を過ぎた頃から物忘れがひどくなった。
「良枝さんの物忘れがひどいため、お嫁さんが『さっきも言ったでしょ』と叱ることが増えていきました。すると、良枝さんが怒ったり、『あんた私の財布を盗んだだろ』と決めつけてくるようになったといいます。孫が制止に入っても、『おまえも盗人だ』と鬼のような形相で凄んだそうです」(同前)
認知症が進むと、財布などを置いた場所を忘れ、「盗られた」と勘違いしてしまうことが増える。その場合、家族を犯人扱いして、暴言を吐くケースも多い。
「徘徊や物盗られ妄想の背景は似ているそうです。性格でいえば、気が強くて勝ち気な人は、妄想で攻撃的になりやすく、それが物盗られ妄想として出てくる」(同前)
奥野氏は「家族が手に負えないと感じる暴言や暴力などの周辺症状も、実際は中核症状の記憶障害による人間関係のズレなどから生まれるもの」と指摘する。
「中核症状と違って、周辺症状は周囲の接し方によって抑えることができます」(同前)
多くの識者や認知症患者本人への取材から得た対処法を、奥野氏はこう語る。
周辺症状を減らす方法
「周辺症状が出た高齢者には、『否定しない』、『怒らない』、『感謝する』の3つを心がけることがよいと思います。高橋医師は認知症の人の気持ちを逆撫でするような、『しっかりしてよ』といった励ましをできるだけ減らす方がよいと教えてくれました。また、『違うでしょ』と否定するのでなく『そうだね』とニコニコ笑いかけてから、『こういうのはどうかな』と提案することが大事だといいます。さらに、『ありがとう』と感謝の意を示す回数を増やせば、徘徊、暴言、暴力といった周辺症状は自然と減っていく。認知症の人は『自分で料理を作った』、『買い物に出かけた』など、悪意なく作り話をしてしまうケースも多いのですが、頭ごなしに否定するのではなく、話を合わせてあげるのも良いことです」
誤解や偏見をなくすことが、最も大切
取材時、奥野氏は高橋医師から、「人間の臓器は80年、90年と使えば耐用年数が切れます。同じように脳の神経細胞も耐用年数が過ぎれば、認知機能が低下してもおかしくはない」と説明された。この言葉によって、認知症は病気ではないという考えが腑に落ちたそうだ。
冒頭の松下医師も奥野氏にこう語ってくれたという。
「社会が認知症をかかえる老人を認め、85歳以上になれば誰もが認知機能が衰えるのだという考えを共有することが大切なのです」
奥野氏は、6年にわたった取材をこう振り返る。
「ある認知症の女性と手をつないで外を歩いたことがありました。その後、彼女に会ったとき、私の顔も名前も憶えてはいませんでした。でも、『この人とは楽しい時間を過ごした』ということは憶えてくれていたようで、とても嬉しそうに迎え入れてくれたのです。『認知症になったら、理性や人格が壊れ、何も分からなくなってしまう』といった誤解や偏見をなくすことが、最も大切なのだと思います」
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2024年11月28日号)
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