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箱根路を走り続けてきた金哲彦が解説…駅伝の勝負を分けるのは「メンタル」だ!

文春オンライン / 2024年11月30日 6時0分

箱根路を走り続けてきた金哲彦が解説…駅伝の勝負を分けるのは「メンタル」だ!

第44回いちごマラソン大会/玉名いだてんマラソン2024でゲストランナーとして出場した金さん。

 かつて早稲田大学で選手時代は、4年連続で箱根駅伝の5区を任されて3度芦ノ湖のゴールテープを切り、1985年には同区間新を樹立、早稲田の2連覇にも貢献した金哲彦さん。当時「山登りの木下」と大きな評判を集めた。

 現在はランニングコーチとして、一般市民ランナーやプロアスリートの指導にあたり、駅伝・マラソン解説者としても活躍している金さんは、NHKラジオで箱根駅伝解説も30年にわたって続けてきた。その視点から、池井戸潤さん最新長編『 俺たちの箱根駅伝 』を解説すると――。

◆◆◆

箱根の山を実際に走った目線でのリアル

 僕は池井戸潤さんの作品は、『下町ロケット』の頃からのファンで読んできたし、ドラマ『陸王』ももちろん観ています。『 俺たちの箱根駅伝 』の上下巻は、ちょうど出雲駅伝の解説を終えた頃に一気に読んだんですが、すぐ後に箱根駅伝の予選会が行われました。そこで東京農業大学に1秒差で順天堂大学が出場権を獲得する劇的な出来事があったでしょう。現実で起きたことと小説が重なりあって、もうこれは絶対に映像でも観たいと思いました。

 ヒーローがいじめられていじめられて最後に勝つ、という勧善懲悪のストーリーが痛快で、絶対にドラマ向きだというのもあるんですが、『俺たちの箱根駅伝』は特に下巻は最初からずっとレース場面が続く。僕はNHKのラジオで30年以上解説をしてきたし、自動車でも何度もコースを走ったし、何より箱根の山を実際に走ったわけだから、コースのことはよく知っているんですが、その専門家目線で読んでも、たとえば中継カメラが置かれる場所のことまで、本当に細かい部分までリアルに描かれているんです。

 もっとも、僕らは大会本番ではずっと時間(タイム)を見ながらレースを追っているので、小説では展開が進んで目の前にいきなり函嶺洞門が現れたり、場面がポンと飛んだりするのには驚きました。でも、普通はそんなことは気にならないだろうし、僕だって知らず知らずに選手たち一人ひとりのバックグラウンドに――青森出身の選手がタスキを渡す前にいろんなきついアクシデントがあって、そこで強風と雨の降る「こんなひどい天気」の中で順位を上げていく場面なんかには、もう分かっているんだけどホロっときました。復路の気温5度で冷たい向かい風の設定の割には、ラップが速過ぎるんじゃないかと思ったりもするんですけど、これは職業柄(笑)。絶対ありえないラップではないですよ。

 実は、映画やドラマでランニング指導をしたことも何度かあって、大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』では、金栗四三を演じる中村勘九郎さんが、ストックホルム五輪の場面を再現する撮影に立ち合いました。僕はリアルを作る担当ですから、最初に「ちょっと走ってみてください」と練習してもらったんですが、当時は優勝者でもタイムが2時間30分を越えていた時代です。「いや30キロ地点でそれでは早すぎるんで、もう少しゆっくり」と言ったところ、「それではドラマとしては疾走感がなくなってしまうので困ります」と言われたこともありましたね。

箱根駅伝に「なぜ」命がけになれるのか?

――金さんが大学時代に箱根駅伝を走った時と現在の箱根駅伝では、ずいぶん変った部分もあれば、逆に変わらない部分もあると思います。

 やはり今の若い子というか、最近の選手の気質は自分たちの頃とは変わっていて、その部分も『俺たちの箱根駅伝』ではよく描かれていると感じました。小説の中で甲斐監督の指導に選手が疑問を呈す場面がありますけど、本当に今の選手は他校が「こんな練習をやっています」という情報を仕入れてくるのも早くて、それに対して頭ごなしに言うのではなく、「この練習は今のお前に対して、こういう理由で必要なんだ」と納得できる説明が必要になると、先日もある監督が話していました。

 僕の頃は、早稲田大学には瀬古利彦さんを育てた中村清さんという、ものすごい名伯楽がいてね。他からも「軍隊式」って言われていたけど、もともと中村先生は本当に戦争の時に軍人として戦場で戦った経験があって、戦争後も狩猟をするために家に猟銃を持っていたんです。ある時それをみんなの前に持ち出して、「お前たちは陸上に命をかけられるか」「俺は命を張って戦場で戦ってきたんだ」と……パワハラとかじゃなくてもはや脅しですよね(笑)。殴ったり暴力は一切なかったですけど、生きるか死ぬかの勝負に挑むんだと洗脳されてましたから、中村先生の時代の早稲田は強かったですよ。

 瀬古さんを筆頭に日本代表になった部員もいましたけど、そういうエリートと僕らははっきり分けられていて、「お前らは駄馬だ」と言われたこともありました。でも「駄馬は駄馬なりに一生懸命頑張れば、箱根では活躍できるんだから頑張れ」と言われてね。まだ出雲駅伝はない時代でしたが、全日本大学駅伝があることさえ教えてもらったことがないから知らないし、早慶戦や六大学陸上くらいでしかレースに出ないから、持ちタイムの記録も全然遅いんだけど、箱根だけはめちゃくちゃ速いという(笑)。

 ただ、やっぱり時代は変わっても、今も昔も変わらないのが箱根駅伝は特別な大会だということですよね。「なぜそこに命がけになれるのか」ということを、指導もされましたけど、僕らも自分自身で考えながら走ってきました。箱根駅伝にすべてを懸けて1年間を過ごす中、その「なぜ?」は選手によって違ってもいいんです。『俺たちの箱根駅伝』でも、親の話が出てきたり、チームメイトのためだったり、なぜここまで頑張れるのかという背景にそれぞれの個性が出ていておもしろかったですね。

 もちろん大学ごとのカラーがあって、青山学院大学はこういう指導をされています、早稲田大学はこういう指導をされています、といったことも現実的にはあります。でも、小説で描かれたように選手ごとのストーリーがあって、そこはテレビ中継のVTRでも流されるけど、選手の人となりやバックグラウンド、ちょっとしたエピソードについてもすごく取材されています。新聞でも事前にいっぱい報道されて、選手名鑑も本屋にずらりと並ぶ。オリンピック選手以上の注目度かもしれない(笑)。

 箱根駅伝にはプレッシャーもすごくあるし、注目度もすごく高いし、沿道からの歓声や応援の雰囲気が、ほかの大会とはまったく違います。「頑張れよ」というだけで頑張れる大会では決してないんだけど、結局は、駅伝というのはチームで走るものなので、学校の名誉のためや自分のためというよりも、いちばんは他の選手のため、あるいは補欠に回った選手のため――あれだけ頑張っているのに、本当に1年間大会にまったく出られない選手もいるわけです。同じ釜の飯を食ってきた仲間のためにも、頑張ろうという気持ちは絶対誰にでもあるはずです。

 僕の経験で話すと、4年間ずっと山登りの5区を走って、1年生の時は4位でタスキを受けて2位まで上がる「抜く」経験をしたけれど、2年生、3年生、4年生とトップでタスキを受けて、トップでフィニッシュしているから、まったく誰とも競り合ったことがないんです。それでも全力で頑張るのは、復路の選手に1秒でも楽をさせてあげたいから、それだけでした。上級生になってからは区間賞を獲るだけの力があると自信もあったので、とにかく復路の選手のことだけを考えながら全力で走って、結果として区間賞を獲れたという感じです。

 今は箱根駅伝の5区で活躍して、チームの優勝に貢献する「初代・山の神」「新・山の神」とかどんどん出てきていますけど、ぼくは「古代・山の神」だと、よくネタで言っているんですよ(笑)。古代シーラカンスみたいなものですけど、もし『俺たちの箱根駅伝』がドラマの時は、たくさんの駅伝もマラソンの解説も経験してきましたし、演技指導でも何でもやりますよ(笑)。

駅伝は「メンタル」こそが勝負を分ける

――2025年の第101回大会についてはどこに注目されていますか。

 出雲に続いて、全日本大学駅伝も國學院大學が勝ったことで、前大会で優勝した青山学院はすごく危機感を抱いているでしょうね。当然、駒澤大学もこのまま黙っているわけではないし、この3強に創価大学も絡んでくるかどうかでしょう。予選会トップの立教大学は上位は難しいと思うけれど、むしろ予選会をエース二人を温存して通過した、中央大学がいいところに入ってくるかもしれません。

 國學院大學には、平林(清澄)君というエースがいますが、大阪マラソンに初挑戦して優勝という成功をしたでしょう。このことがチームにとってもいい影響を与えたと思います。マラソンは日々すごく辛い練習をしていても、結果に繋がらない選手もたくさんいるし、故障してしまうことだってあります。それでも平林君のようにふだんの練習からみんなに声をかけて引っ張っていくような、リーダーシップの非常にある選手が結果を残すと、自分たちのやっていることが間違っていないんだ、と信じる気持ちが強くなる。出雲でも全日本にも勝って、メンタルの部分がさらに良くなっているはずです。

 駅伝というのはとにかくチームワークが大事で、自分が走りたいから足の引っ張り合いをするときも場合によってはあります。そうしたらお互いが次々に疑心暗鬼になって、もうそれは弱いチームです。逆に「あいつのために頑張る」「こいつのために頑張る」ができるのがいいチームですけど、その場合でもトップの選手がもっと速くなるということではないんです。下の方の選手が底上げされたのがプラスアルファになるというか、100の力を出せたらいいところを、下の方の選手が120くらいの力を出すようになる。それが箱根駅伝では本当に大きな力になるんですね。

 池井戸さんも作中で「メンタルが7割」と書かれていましたけど、長距離を走るのは苦しさにずっと耐えなきゃいけない。僕だっていまだにフルマラソンを走るのは辛いんです。ましてや箱根駅伝は20キロ以上を全力疾走状態ですから、もしかしたらメンタルが8割といっても過言でもないくらい。マゾみたいというか……いやまあマゾなんですけれど(笑)、そこまで自分を追い込むことに喜びを感じるようになるときもあります。駅伝に強い選手は、ほかの誰かのために頑張るという気持ちによって、自分の力を最大限に引き出せる選手ですね。

 箱根駅伝が終わるまでお正月が来ない生活を、かれこれ40年も続けていますけど、これは走るのも、見るのも、喋るのも大好きだし、長距離選手はスタミナがあって、エネルギーもまだまだあります。これからも箱根駅伝と関わっていきたいと思います。

1964年福岡県北九州市生まれ。中学から陸上競技を始め、早稲田大学では4年間箱根駅伝で山登りの5区を走り、85年には同区間で新記録を樹立、早稲田の2連覇に貢献した。86年リクルートに入社後、ランニングクラブを創設。87年別大マラソン3位、89年東京国際マラソン3位など選手として活躍。92年に小出義雄監督率いる同クラブのコーチとなり有森裕子など、数々のオリンピック選手を指導した。95年監督に就任。2002年NPO法人ニッポンランナーズを創設、一般市民ランナーやプロアスリートの指導にあたっている。テレビやラジオの駅伝・マラソン解説者としても知られ、最新刊に『 厚底シューズ時代の新・体幹ランニング 』。

(金 哲彦/文藝出版局)

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