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「ゴミの山から尿入りペットボトルがニョキッと頭を出していた」その数なんと数百本…孤独死の現場からわかる65歳男性の“生前の生活”とは

文春オンライン / 2024年12月21日 11時0分

「ゴミの山から尿入りペットボトルがニョキッと頭を出していた」その数なんと数百本…孤独死の現場からわかる65歳男性の“生前の生活”とは

※写真はイメージ ©AFLO

〈 「大量の使用済みおむつや生理用品が」「ゴキブリの糞がびっしり」音信不通になった長女(53)の“ゴミ屋敷”で家族が見つけた意外なものとは… 〉から続く

 年間約3万人の人が孤独死すると言われている。その8割が生前から、ゴミ屋敷や不摂生の中で暮らす“セルフネグレクト”状態に陥っているという。誰にも助けを求めることなく、そのまま死に至ってしまう人々の行為は、まるで緩やかな自殺のようにも感じられる。

 ノンフィクション作家の菅野久美子さんは、そんな孤立した人たちに共感を示す。どんな「生きづらさ」がそこにあったのか。

 ここでは菅野さんの『 超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる 』(毎日文庫)より一部を抜粋して紹介する。関東近県の某市にある一軒家、その2階を間借りしていた一人の男性が亡くなった。菅野さんが特殊清掃人の上東丙唆祥(46)に同行して目撃した、孤独死の清掃現場の実態とは……。(全6回の5回目/ 続きを読む )

◆◆◆

ペットボトルの液体の正体

 上東は、ペットボトルの中の異様な臭いを放つ液体が、この部屋で亡くなった佐藤浩二(仮名・享年65)の尿だということにすぐ気づいた。

 そう、佐藤は何十本、いや、何百本という数えきれないほどのペットボトルに、自らの尿を溜めこんでいたのだ。部屋の四方八方に無造作に投げ出されたその臭いに圧倒され、しばらくはアンモニアも目に染み、薄眼を開けることしかできなかったが、次第に臭いに慣れると、辺りの様子がわかってきた。

 そうして目に入ったのは、肩のあたりまでうず高く積もったゴミの山であった。山は中央に向かって、なだらかなくの字型の傾斜を描いていて、白や透明のコンビニのレジ袋が幾重にも積み重なり、その隙間を紙パックの緑茶が埋め、白い雪山にカラフルな色合いを添えているようにも見える。

 そして、そのこんもりとしたゴミの山の中からも、尿入りペットボトルがところどころニョキッと斜めに頭を出していた。

 手前に4畳半の板の間があり、奥に6畳の和室、和室の脇がバスとトイレという造りだが、大量のゴミに埋もれて、畳はすっかりその姿を隠している。ゴミの最上部は、数日前の賞味期限の半額シールが貼られた惣菜のプラスチックトレーや、栄養ドリンクの瓶などが支配していて、その下には得体のしれない未知の層が幾重にも重なっている。

 ゴミの中間層を支配するのは、主に雑誌であった。上東が上部の層をどけると、青年マンガ誌などが中間層を築いているのがわかった。赤い縄で裸体をぐるぐる巻きにされた女性の写真集や、股を開いたままの格好でM字に縛られた巨乳少女のアダルトコミックの表紙が鮮やかな色彩を放っている。ふと目を泳がすと、全裸に拘束具を施された女性がうるんだ目でこちらを見つめている。それはひと昔前のアダルトDVDだった。

 孤独死現場では男女に関係なく、こういったアダルトグッズなどが見つかることが珍しくない。故人はSMのジャンルが趣味だったのだろう。上東は特に驚いた様子もなく、慣れた手つきでそれらを袋に詰めていく。

「ほら、ここだけ、黒く濡れてるでしょ」

 そして、山登りの要領で慎重に中間のゴミの山に足場を確保すると、ちょうど真ん中あたりに目をやった。丸くて黒いくぼみがあるのがわかる。上東はくぼみを指して、1人しかいない社員のすーちゃんこと鈴木純治に話しかけた。

「ほら、ここだけ、黒く濡れてるでしょ。ここだな。ここで亡くなってるね。警察とレスキュー隊がかき回して消毒したみたいだから、ちょっとわかりづらいけど、このへん、湿っているところが体液だね」

 それは、部屋のまさに中央だった。どす黒い液体が約2メートル四方にわたってゴミの上をヒタヒタと侵食している。周囲の雑誌やプラスチックは、墨汁のような黒い液体をたっぷりと吸い込んで変色し、そこだけひしゃげていた。

 そう、佐藤はまさにこの場所で、絶命したに違いなかった。

 上東は、塵取りをゴミの山にそのまま突っ込んではかき出すという作業を繰り返し、体液で湿り気を帯びた雑誌類を集め始めた。雑誌の下から突然錆びついた扇風機が姿を現した。扇風機は、何年も使用された形跡がなく、家主の体重に何年も押しつぶされていたせいか、背骨の部分が2つに折れて曲がっていた。

 上東はドロドロの体液にまみれた、黒く濁ったそれらを塵取りでかき集めていく。汚れた紙や布の切れ端からは、アンモニア臭とはまた違う臭いが鼻孔をふわっと駆け抜けた。やや甘ったるい、油のような、その臭い――。それは、まさしく溶けた人間の体液の臭いだった。

 この黒い体液が、2メートルほどもあるゴミのはるか下の層を優に突き抜けて、畳の底面まで達していると判明するのは、だいぶ後になってからだ。

 佐藤が亡くなったと思われる場所は、山の頂のようになっている。まるで、ここだと指し示すかのように、黒い弓形のものが頂に突き刺さっているのが目についた。

 目を凝らすと、それは注ぎ口付きのバケツであった。バケツのふちを囲うようにして茶色い尿石がびっしりとこびりついている。上東が取っ手を握ると、チャップンチャップンと波立って中の液体が揺れた。ほぼ8分目まで入っていたが、外にこぼれることはなかった。混濁してどろどろだったからである。凄まじいアンモニア臭だった。

 そう、佐藤は、自らの寝床のすぐ隣にこのバケツを置き、その中に放尿しては、焼酎のペットボトルに移していたようなのだ。一体何日分の尿を溜めていたのだろうか。バケツの周辺を漂う凄まじいアンモニア臭に、思わず吐き気を催しそうになった。

 部屋に入ってから20分ほど経っていた。ふた間のアパートはアマゾンの湿地帯さながら皮膚にまとわりつくような熱気が充満し、腕の毛穴という毛穴から汗を噴き出させてくる。頭を白いタオルで覆った上東の額からも、滝のような汗が流れていた。

心が病めばキッチンが、心疾患系ならリビングが汚れる

 ふと、室内を見回すと、どこにもエアコンはない。

 上東によると、この部屋を借りていた佐藤はもともと糖尿病の気があり、65歳で心臓発作で亡くなった。糖尿病は心疾患を合併することが多い。上東は、溢れ出る汗を服で拭いながら、つぶやいた。

「何らかの持病があったにせよ、この人の死因は暑さが関連してるだろうね。これだけの暑さだと、ゴミも相当な熱を持つからね。サーモグラフィで見ればわかると思うけれど、この部屋は夜でもかなりの温度だったと思う。よく、火事にならなかったよね。部屋ってその人のすべてが現れるの。心疾患系に罹った人は、まずリビングから汚れてくることがほとんどだね。リビングって、いわば心臓部分ですべての部屋に繋がるでしょ。逆に精神が病みだすと、キッチンとか水回りが汚くなってくるんだ」

 私は絶句して丸いくぼみを見つめた。

 高温注意情報が連日流れる暑さの中、佐藤は凄まじい自らの尿臭に包まれたゴミの山の中に、エアコンもかけずに、来る日も来る日もまるで義務のように体を横たえていた。

 上東は顔から滝のような汗を滴らせながらも、和室の壁際にある5、6段ほどのタンスに目をつけていた。数十年は使っていると思われる木ダンスで、下半分が例のゴミに埋もれている。

 上東は、タンスに飛びつくと上段に手をかけ、次々と中のものを引っ張り出していった。実は、私はこれで初めて「佐藤さん」の名を知った。古びた革ケースに、勤め先の名刺が入っていたからだ。さらにボロボロとなったこのアパートの賃貸契約書も出てきた。もう何十年も前から更新を繰り返して住んでいたらしい。親や子供がどうなっているかはわからない。財布はなかったので、恐らく警察が遺族に渡したのだろう。

 通帳には残高はほとんどなかった。これら証書は遺族に返すのだという。

 孤独死の遺族が求める物は、保険証券、現金、通帳、賃貸契約書、不動産や土地の権利証など、金銭にまつわるものが圧倒的に多い。故人と遺族はとうに繋がりが切れているからだ。もし親交があれば、写真や手紙といった思い出の品が望まれることもある。しかし、孤独死した場合は稀だ。

 また、このように部屋を汚したまま放置されていた場合は、遺品のすべてに臭いが付着している。現実として、遺品のほとんどはゴミとして処分せざるを得なくなる。

現代日本における戦場

 書類をしまった後、上東とすーちゃんは片づけにかかった。尿の入ったペットボトルのキャップをすべて開けると、そのままキッチンに持っていって、ドボドボドボドボとシンクに流し始める。

 周囲にもわっとした凄まじい尿臭と熱気が充満する。アンモニアだけに悪臭だけでなく、近づくと目を突き刺すようなとてつもない痛みを感じた。普通は食事を用意するために用いる流し台に、排泄物が棄てられていく。

 上東がドアを開けると、何年、いや何十年も掃除した形跡はなく、どこもかしこも黒ずんだ便器が見えた。佐藤は、トイレが詰まって使えなくなると、このペットボトルに自らの尿を溜めていったに違いなかった。和室を片づけていたすーちゃんが、ゴミの山の中からまるで宝探しのように、黄金色の液体で満たされたペットボトルを次々に引っ張り出し、上東にバトンタッチする。上東は、ときおりその臭いにむせそうになりながらも、次から次へシンクに放っていく。そのボトルの数は、優に100本を超えていた。

 上東が防護マスク越しに、すーちゃんに話しかける。

「この小便の臭い、僕の身体にもうすでについちゃってると思うよ。それにしても大をするときは、どうしてたんだろうね」

「大は、あれです。そこのコンビニエンスストアじゃないですか」

 確かに、小便の入ったボトルは大量にあるものの、なぜだか不思議なことに大便はどこにも見当たらなかった。

 上東らによって片づけられたゴミは、全部で500袋にもなった。2人の男たちは40度近い灼熱地獄の中、尿と体液の入り混じった悪臭にその身を置きながら、黙々と部屋のゴミを撤去していく。まさにそれは、現代日本における戦場と呼ぶにふさわしい光景だった。

〈 65歳男性が立って入れないほどのゴミ屋敷で孤独死…「4、5年前まではゴミをちゃんと出してたんですよ。でも…」大家が語る“悪化のきっかけ” 〉へ続く

(菅野 久美子/Webオリジナル(外部転載))

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