65歳男性が立って入れないほどのゴミ屋敷で孤独死…「4、5年前まではゴミをちゃんと出してたんですよ。でも…」大家が語る“悪化のきっかけ”
文春オンライン / 2024年12月21日 11時0分
※画像はイメージ ©AFLO
〈 「ゴミの山から尿入りペットボトルがニョキッと頭を出していた」その数なんと数百本…孤独死の現場からわかる65歳男性の“生前の生活”とは 〉から続く
年間約3万人の人が孤独死すると言われている。その8割が生前から、ゴミ屋敷や不摂生の中で暮らす“セルフネグレクト”状態に陥っているという。誰にも助けを求めることなく、そのまま死に至ってしまう人々の行為は、まるで緩やかな自殺のようにも感じられる。
ノンフィクション作家の菅野久美子さんは、そんな孤立した人たちに共感を示す。どんな「生きづらさ」がそこにあったのか。ここでは菅野さんの『 超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる 』(毎日文庫)より一部を抜粋して紹介する。
関東近県の某市にある一軒家、その2階を間借りしていた佐藤浩二(仮名・享年65)がゴミの山の中で亡くなった。菅野さんが特殊清掃人である上東丙唆祥(46)の作業に立ち会った後、大家から聞いた生前の男性の様子とは……。(全6回の6回目/ 最初 から読む)
◆◆◆
34年間、懇意だった大家
ひととおりの片づけが終わった後、私は1階の大家夫妻を訪ねた。インターフォンを鳴らすと、腰の曲がった、頭の真っ白な大家夫妻が現れた。玄関口で挨拶を交わす。夫のほうは背中も曲がっていて足元もおぼつかないが、口調はしっかりとしている。
「まさか、佐藤が熱中症で死ぬとはなぁ……。だってこの暑さなのに窓も開けないで、じっとゴミの中にいたんだよ」
藤本孝則(仮名)は、まるで昔の級友のように、店子を呼び捨てにした。
「佐藤は、私たちから見ていても、口下手というか、社交的じゃないんだよね。それで彼女も一度もできなくて、ずっと独身だったの。ほら、私が2階に用があって、階段を上っていこうとするじゃない。そうすると、すぐにパタンってドアを閉めちゃう。絶対にドアを開けたがらないの。中を見られたら困るという感じだったね。今思うと、ゴミ屋敷なのがバレちゃうからだったんだろうね」
そもそもなぜ彼がこの独身者向けアパートにたどりついたのだろう。藤本は、それまでの佐藤の記憶をたぐりよせて話してくれた。
佐藤は、学校を卒業後関東に移り、このアパートの近くのレストランでウェイターを務めていた。正社員だったが、何らかの事情で40歳ぐらいのとき解雇されたらしい。それからは、20年以上にわたって地元の飲食店を転々としていた。
佐藤の最後の勤め先は、近所の生鮮食品の卸売り会社だったという。当日、出勤してこないのを心配した店長が、アパートへ訪ねてきた。携帯に電話しても連絡がつかない、部屋を開けてくれというので、藤本は鍵を手に2階に上がった。店長と2人、部屋に踏み込んでまず驚いたのは、行く手を阻むほどのゴミの山だった。
「佐藤の部屋の中は、きっと汚いだろうし、汚れてはいるだろうとは思っていたのね。だけど、ゴミ屋敷まではいかないだろうって思ってたのさ。でもドアを開けたら、ゴミがザザーッと流れてきたの。それまでドアでゴミを押さえていたんだよね。ドアの前もすでに1メートルくらいゴミがあったから。手前の4畳半には2メートルくらい、もう鴨居に届くというくらい積もってたの。だから、奥の部屋には立っては入れなかった。ゴミのポリ袋の山の上を、匍匐前進でいくような感じだよね。自分が寝るスペースなんてのは、すでにないの。寝る部分だけ、真ん中がどんぶりのお椀みたいになってる。そこでずっとくの字になって、毎日寝てたんだと思うよ」
勤務先の店長がすでに冷たくなっていたという遺体を発見、あわてて119番したという。やがて警察が来て、簡単な質問の後、彼らによる現場検証が行われた。納体袋に詰めて運び出されたので、藤本もその妻も、佐藤の遺体は見ていない。
きっかけはゴミの分別義務化?
佐藤の部屋がゴミ屋敷になったきっかけについて、藤本には思い当たることがあった。
「4、5年前までは、ゴミをちゃんと出してたんですよ。今、どこの自治体でも、分別ゴミじゃないですか。でも彼が出すゴミは、いつも全部ごちゃまぜだから、ゴミ収集車に置いていかれちゃう。それを私が開けて全部分別していたの。佐藤には、『お前が出したゴミは、持っていかれねぇから、俺が分別して出してんだから、せめて分別して出してくれ』って何度か言ったの。そのあたりからゴミを出さなくなったのかなぁ」
分別できなくなったのがすべてのきっかけだったのか。
とにかく藤本は、佐藤のゴミ問題に、長年悩まされていた。臭いに敏感な妻は、部屋の裏口に回るたびに、窓の隙間から鼻を突くような臭いが漂ってくるのを感じていた。お父さん、佐藤さんに注意してよ、と藤本はたびたび妻から訴えられていたのだ。
「妻から臭いのことを聞いてからは、たまには家を掃除しろとか、佐藤にはちょくちょく言ってたんだよ。あと、ベランダの窓の所に出っ張りがあるんだけど、佐藤はそこにゴミの袋をいつも置いておくの。風で飛ばされて、よく下に落っこちたんだよね。隣の家に飛んでいくと、苦情がくるよって、そういう話はしていた。いつも一度は、『わかりました、すみません』って謝るんだよね。ただ、直る形跡がまったくないんだよね」
家賃6万5000円は毎月手渡しだったが、それが遅れたことは34年間で一度もなかった。そのためそれ以上強くは言えなかった。前著(『孤独死大国』双葉社)を執筆したときから、私は、孤独死する人は、人付き合いの面で困難を抱えていることが多いが、家賃の支払いなどは、きちんとしている人が多いように感じていた。それは佐藤にも当てはまる。
「所帯を持てば、人生、変わっただろうね」
「ウェイターっていっても、あまり接客はうまくなかったんだろうな。佐藤はうまく人間関係を作れない感じがする。でも、特に悪く言う人もいなかったよ。佐藤が勤めていたレストランに行った人を何人か知ってるけど、仕事はまじめにしていたみたいだし」
佐藤のことを変わっているなと藤本が感じたのは、バスルームの小窓からたまたま中が見えたときのことだった。佐藤の部屋がゴミ屋敷化する数年前だ。浴槽の中に色とりどりの子供のおもちゃのプラスチックの船がいくつも浮いていたのである。変わった趣味だなぁと思ったことをよく覚えていた。
生前の佐藤がまるで少年のような趣味があったということに驚くとともに、佐藤が嬉しそうにその船を見つめ、目を細める情景がふと、眼に浮かんだ。
しかし、その浴槽も次第にゴミに埋もれていったという。
1年前のこと、佐藤は、近所の道端で倒れているのを発見された。脳に腫瘍が見つかったという。糖尿病の気があった、としか私は上東から聞いていなかった。詳しく聞いてみると、実のところ、藤本は、佐藤の死に複雑な思いを抱えていた。自分たち夫婦が死んだ後も、佐藤がこの物件に住み続けているのだとしたら、その先、どうなってしまうのだろうか。そんな不安を抱えていただけに、佐藤の死でホッと胸を撫で下ろしたというのも偽らざる心境だったのだ。
「たぶん佐藤は社交性がなかったんだよね。世間とうまく付き合えないんだよ。近所のレストランにいたときは、店員の中には若い女性もいてさ。正社員として勤めている間に所帯を持てば、人生、変わっただろうね」
三十数年間のアパート暮らしの中で、佐藤の部屋は次第にゴミに埋もれていった。藤本は、部屋の外に置かれた洗濯機用の水道で、夏も冬も体を拭いていた佐藤の姿を思い出す。あれは風呂が使えなくなっていたからだったのだ。
(菅野 久美子/Webオリジナル(外部転載))
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