「命綱なしでビルの上に立たされ、2年で貯金は7000円…」北朝鮮で大人気「ロシア出稼ぎ」の“過酷すぎる実態”
文春オンライン / 2024年12月7日 6時0分
ロシアで労働に従事する北朝鮮労働者=姜東完氏撮影
北朝鮮が兵士をロシアに派遣したことが、国際社会の非難を浴びている。だが、北朝鮮兵士にとってはロシアへの「出稼ぎ」は旨みがある話ではない。ロシアの外国人傭兵に対する支給基準によれば、彼らは4600ドル(約69万円)のボーナスと月給2000ドル(約30万円)を受け取るが、そのほとんどが北朝鮮当局に上納されるとみられているためだ。
北朝鮮が唯一、輸出できるのは労働力だけ
韓国の北韓(北朝鮮)人権国際協力大使を務めた李政勲・延世大教授は「経済制裁のなか、北朝鮮が唯一、輸出できるのは労働力だけだ」と語る。その言葉通り、ロシア各地では北朝鮮兵士だけではなく、北朝鮮労働者が“輸出”され、労働にいそしんでいる。
韓国東亜大学の姜東完教授が今年6月に発表した写真集『Life in the Prison State(監獄国家での暮らし)』には、ロシア極東地方で働く北朝鮮労働者の写真が収められている。労働者たちは、海外派遣労働を「忠誠のための外貨稼ぎ」と呼び、劣悪な環境のなか、わずかな賃金のために働いている。
「外貨を稼ぐ貴重な機会」で海外派遣労働は人気
国連の北朝鮮制裁委員会は3月、北朝鮮が世界約40カ国に約10万人の労働者を派遣し、年間で約7億5000万~11億ドル(約1130億~1650億円)を稼いでいると報告した。韓国・国家情報院によれば、ロシアに今年派遣された北朝鮮労働者は4000人余りいるとされ、月給は約800ドル(約11万円)という。
ロシアでの海外派遣労働を経験した脱北者らの証言によれば、貴重な外貨を稼ぐ機会という理由で、海外派遣労働は人気がある。思想調査などで問題がないと判断されると、3~5年くらいの単位で海外に送られる。
証言をした脱北者らによれば、当初のロシアでの仕事は山林の伐採がメインだった。山林のなかに宿泊施設を作り、そこで集団生活を送っていたという。伐採の仕事が減った最近では、ウラジオストクやウスリースクなどの都市で建設作業に従事している。国連制裁決議により、2019年12月までに一部の労働者は北朝鮮に戻ったが、残留している労働者もいる。
安全にも配慮してもらえず、実態は奴隷そのもの
姜氏は2015年から、中国側の中朝国境地帯やロシア極東地方などを訪ね歩き、北朝鮮の人々の日常を捉えた約3000枚の写真を撮影した。姜氏が撮影したロシアの建設現場の写真には、コンクリートの床に置かれたマットレスが写っており、そのそばには建設資材が無造作に積み上げられていた。
姜氏は「北朝鮮労働者はよく建設現場に泊まり込み、そこで仕事をしている」と語る。シャワーも、洗濯用具もない。ロシア人からは「北朝鮮労働者は仕事を早く終わらせる」と好評だが、実態は奴隷そのものだ。
北朝鮮労働者は安全にも配慮してもらえない。かつて森林で伐採作業に従事した脱北者によれば、伐採した木に押しつぶされたり、強烈な紫外線によって失明したりする労働者が大勢いた。死亡しても簡単に埋葬されるだけで、見舞金も出なかった。体に障害を負った労働者は、強制的に帰国させられたという。
姜氏が撮影した建設現場で働く北朝鮮労働者を見ると、誰も安全ベルトをつけていない。姜氏は北朝鮮労働者に接触し、彼の手を握った写真を収めているが、労働者の手は荒れて、ささくれだっていた。
賄賂を払うと外出が可能に
ロシアに派遣された労働者は通常、集団生活を送るが、単独あるいは数人で住宅の増改築に従事するケースもある。かつて海外派遣を経験した脱北者によれば、彼らを管理するために派遣された、党や国家保衛省(秘密警察)、外貨稼ぎ担当の政府部署の責任者に労働者が賄賂を払うと、外出が可能になるという。姜氏も、こうして単独行動している北朝鮮労働者のインタビューに成功した。
彼らの証言によれば、収入の70~80%を国家に上納しているという。そのほかにも、「政治的名節」と呼ばれる党創建記念日などや、災害復興支援など特別な支出が発生した際には、別途「忠誠資金」の支払いを求められるという。
姜氏がインタビューした労働者のなかには、2年間でためた金が、わずか50ドル(約7400円)という人もいた。姜氏は「それでも、北朝鮮にいてもカネになる仕事がない。彼らは賄賂を払ってでも、海外労働の仕事に就きたがる」と語る。
また、ロシアに派遣される北朝鮮労働者はしばしば、脱北を試みる。米韓関係筋によれば、ロシア政府はこれまで、北朝鮮当局がロシア国内で脱北者を逮捕・送還する行為を黙認すると同時に、脱北者が国連難民高等弁務官事務所と接触して保護を受けるまでの間、ロシア内で居留することも認めてきた。
ただ、ロシアが最近、ウクライナ侵攻のための弾薬支援などを通じ、北朝鮮と急速に接近したため、ロシア当局による脱北者の取り締まりも厳しくなっているという。
北朝鮮の体制は限界を迎えている
朝鮮中央通信によれば、金正恩総書記は11月18日、訪朝したロシアのコズロフ天然資源環境相と平壌で会談した。コズロフ氏はロ朝両政府による「貿易・経済・科学技術協力」協議のロシア側代表団を率いた。金総書記は両国の貿易活性化の必要性を強調しており、北朝鮮労働者のロシア派遣拡大について話し合った可能性がある。
姜氏は撮影した約3000枚の写真を通じ、「金正恩総書記は北朝鮮市民の支持を得ていない」と感じるという。姜氏は「暴動やデモが起きているわけではないが、市場に取り締まりに来た警察や、自宅の捜索に来た国家保衛省の役人などに文句を言う市民が増えていると聞いている」と語る。
いろいろな生活物資が不足し、市民の権利を奪う北朝鮮の今の体制について、「限界を迎えている」と指摘した。
(牧野 愛博)
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