「夜の教室から宇宙へ」…話題の秋ドラマ『宙わたる教室』の制作過程を原作者×脚本家×監督が明かす!
文春オンライン / 2024年12月3日 18時0分
左からからNHKドラマ10『宙わたる教室』の監督の吉川久岳さん、原作者の伊与原新さん、脚本家の澤井香織さん
定時制高校に通うさまざまな事情を抱えた生徒たち。負のスパイラルから抜け出せない岳人(小林虎之介)。子供時代に学校に通えなかったアンジェラ(ガウ)。起立性調節障害を抱える佳純(伊東蒼)。中学を出てすぐに東京で集団就職した長嶺(イッセー尾形)。年齢もバックグラウンドも異なる彼らは、謎めいた理科教師の藤竹(窪田正孝)のもと、夜の教室に「火星のクレーター」を再現する実験で学会発表を目指す。しかし、自身が抱える障害、家庭内の問題、断ち切れない人間関係など多くの困難が立ちはだかり……。
伊与原新さんの青春科学小説を原作とした、 ドラマ10『宙わたる教室』 (NHK総合 毎週火曜夜22:00ほか)は、各方面から評判を集めているこの秋の話題作だ。終盤にむけてますます盛り上がりをみせる本作について、原作者の伊与原さん、脚本家の澤井香織さん、監督の吉川久岳さんにじっくりと話を聞いた。
(全2回の前編/後編は12月4日公開予定)
原作者が「ここだけは譲れなかった」ポイントとは?
伊与原 自分の小説が映像化されるのは初めてで、澤井さんの脚本を読んだときからすでに感動していたんですが、第1話冒頭のJAXAのカットからすでにぐっときて、涙が出そうになりました。オープニングの映像もすごくいいですよね。
吉川 もともとの原作本の装丁イメージもあり、ちょっと温かみのあるといいますか、デジタル感が全面に出過ぎず、むしろ手作りを感じさせるもの、夜の教室から宇宙へという、小さな場所から一気に世界が広がるイメージを、タイトルバックディレクターの清水貴栄さんに伝えて制作いただきました。
伊与原 いろんな意味が込められていますよね。エンディングのアニメーションに描かれている、滑車や雲のように見えるものの意味も、それぞれ全部をすごく解説したくなります(笑)。
吉川 定時制高校の科学部の話で、しかも実話から着想を得たという、『宙わたる教室』の原作の存在は新聞広告で知って、発売直後に面白そうだとすぐ手に取りました。小説を読んだ段階で岳人もそうですし、志望校の受験に失敗した全日制の生徒・要(南出凌嘉)のエピソードなんかもすごくいい。僕の子供もちょうど受験をしていたところで、それと重ね合わせて何度も泣かされましたし、とにかくクライマックスの場面には感動しました。
澤井 私は神林(伸太郎)チーフプロデューサーに「とにかく読んでみてください」と、本をいただいたのですが、すごく面白くて、すぐに「ぜひ(脚本を)やらせてください」という感じで。そこからドラマのプロットに急いで取り掛かることになりました。
伊与原 皆さんが原作を大切にしてくださっていたのは、最初からとても伝わってきました。神林CPが「この原作の良さを余すことなくドラマにしたい」とおっしゃって、まず「本当にここだけは譲れないっていうポイントを教えてください」と聞かれたことで、それだったら全面的にお預けして大丈夫だろう、と。
僕がそのときに伝えたのは、科学部の部員たちの属性は自分なりにすごく考えたものなので、それだけは変えないでほしいということです。あとは「追加キャストとかは全然大丈夫です」と言ったんですが、結果としてドラマの登場人物たちも、原作では出番が少なかったキャラクター、たとえば第5話の麻衣(紺野彩夏)のように、書かれていない部分を膨らませていただいた感じでした。
これまでの学園ものになかったミステリアスな教師像
澤井 原作は7章構成で、ドラマは10話です。単純に1章1話としていくと3話足りないのですが、原作は科学部が出来てから目標となる大会までの1年間の物語として描かれていて、目指す場所もしっかりと設定されています。科学部メンバーのキャラクターも魅力的で、それぞれに深掘りされているので、伊与原さんの小説からさまざまにイメージを広げることができました。
主人公の藤竹のキャラクターについては、スタッフみんなで苦労した部分はありますけれど、自分が「もっと見たいな」とか「もっと知りたいな」といったところを膨らませていった感じで、すごく楽しく書かせていただきました。
伊与原 これは若干、澤井さんに失礼かもしれないんですけど……脚本を読んだ担当編集者からは、よく「伊与原さんが書いたみたいですね」って言われて(笑)、本当にそう感じるくらい、ナチュラルな膨らませ方でした。アンジェラと家族の会話ひとつとっても「ああ、そうなんですよね。アンジェラはそういう家族なんですよ。小説には書かなかったけど」という感じで。佳純の姉の円佳(伊礼姫奈)の関わり方も、僕とはアプローチが違うんですがとてもいいと思ったし、原作にはない要が弟とゲームをする場面も泣けました。
生徒との関わり合いの中で成長していく藤竹の姿を
吉川 毎回、澤井さんは脚本打ち合わせの際に、原作小説も持参されていたんですけれど、ものすごい数の付箋が貼ってあって、めちゃくちゃ読み込んだ上で脚本を書かれているんだと思っていました。ドラマで追加したシーンも確かにあるけど、原作の中にその要素はちゃんと存在していたので、原作の読後感と同じものを脚本からも受け取ることができたのかなと思います。
演出をする上でいちばん原作と異なったところは、藤竹という教師の描き方だと思います。原作でも非常に魅力的なキャラクターですけれど、実際にそれを生身の役者さんを通して表現する上で、何かもう少し手がかりが欲しかった。第9話(「恐竜少年の仮説」)で、藤竹はある重大な告白をします。その動機に説得力を持たせるためにも、どのように深掘りしたらいいかは、澤井さんともずいぶん話した部分です。
伊与原 ドラマでは藤竹が定時制高校に赴任してきた新任教師という設定で、彼の成長物語にもしたいと聞かされたときは、「それもいいかもしれない」というより、「それも最高!」って(笑)。僕の小説の中では、藤竹は割と完成されていて、達観したところがある先生なんですが、生徒との関わり合いの中で成長していくほうが、絶対に面白いと感心しました。
吉川 これがなかなか難しいところでもあって、これまでの学園ものにあった教師像と違い、先生が何かを解決してくれるというより、寄り添うような存在かつ、最初は何を考えているのか読み取りづらく、ミステリアスにもしたいと考えていたんです。そうは言っても、藤竹の中には何かが必ずあるはずで、だんだん話が進むにつれて人間味も帯びてきます。そのバランスが非常に難しく、最初の数話は手探りでした。
澤井 伊与原さんがおっしゃったように、原作で読んだときの完成されたキャラクターとしての藤竹先生もいいのですが、窪田さんが演じることで、生身の人間の弱さや繊細な部分がぐっと引き出されていると思います。そこがまた素敵なところで、藤竹の魅力がより増したのではないかと思います。
伊与原 ほかの生徒さんのキャラクターが分かりやすいというか、はっきりしている分、余計に難しいところをさすがですよね。
実験が成功するかどうかは保証できません――
吉川 今回は、丁寧にキャラクターを作っていこうということで、第1話から第4話までは、基本的にその話ごとに撮影をしました。スケジュール的には大変なんだけれど、やっぱりそれぞれのキャラクターがちゃんと確立していく手ごたえもありました。
伊与原 僕が撮影現場に伺ったときは、ちょうど第5話の撮影中で、神林CPが「役者の皆さんも距離感が科学部らしくなってきたところです」とおっしゃったんですけど、順番に撮っていただいたことに大切な意味があったんですね。実験シーンの撮影も、ずいぶん苦労されたと聞きました。
吉川 そうですね(笑)。その現象自体は起こるんだけど、映像的なカタルシスが演出する側としてはほしい。第2話(「雲と火山のレシピ」)のお酢を使った噴火実験では、勢いよく噴き上がる映像がほしいし、岳人ひとりでは失敗するんだけど、アンジェラが加わってこそ成功するというところを撮りたい。火星の夕焼けを作る場面もそうですが、成分の分量を調整しながら、いろんなトライアンドエラーを繰り返しながら進めていった感じですね。
僕自身も何か「そうなんだ!」っていう発見が日々あってすごく楽しい……いや、ちょっと揉めることもありましたけど(笑)。案外、いちばん簡単だと思っていた、味噌汁を使った熱対流の実験がすごく難しくて、対流はしてくれるんだけど、絵として作りたい積乱雲がなかなか作れない。どうすればいいのか煮詰まって、あのときが撮影最大の危機だったかもしれません。
伊与原 僕は最初に言ったんですよ。「僕自身はやっていないので(実験が成功するかどうかは)保証できません。ただ文献によればできるはずです」って(笑)。ただ、実際に科学とはそういうものです。いろいろやっていただいて、苦労して苦労してようやく出来たという達成感が、ドラマにも反映されている気がします。
吉川 そうですね。まさに撮影前のスタッフルームは科学部のようになっていました。相当苦労したというのは、たぶん演者さんたちにも伝わって、成功したときにはみんな「オオーッ」って盛り上って(笑)。素に近い感じで喜んでいるようでした。
伊与原 第4話(「金の卵の衝突実験」)では、イッセー尾形さん演じる70代の長嶺のお芝居に圧倒されたんですが……。
想定を超える奇跡的な瞬間がいくつも生まれた
吉川 どこまで言っていいのか迷うところですが、イッセーさんはすごくサービス精神のある方で。テイク毎に微妙に芝居を変えてくださったり、撮影しながら何度も驚かされました(笑)。しかし、イッセーさんが最後まで予想しきれない存在としていてくれたことで現場にもよい緊張感が生まれたし、ドラマ的にもこちらの想定を超える奇跡的な瞬間がいくつも生まれたような気がします。
第4話で長嶺が過去を回想する場面では、過去シーンの映像を入れることをチラリと考えなくはなかったんですよ。今回のドラマ『宙わたる教室』は、夜の教室で何かキラキラした青春が描かれるわけでもないし、生徒の数も少ないから、どうしても地味になるんじゃないかと不安があって、ついつい余計なことを入れたくなる衝動というか、誘惑に駆られることもあったんですけど、なるべく余計なものを入れてはいけない、と常に自分で自分に言い聞かせていました。
伊与原 あの長嶺が回想している場面は、イッセーさんの動きだけを漏らさずに見ていたい、って思わされました。本当によかったですよ。
吉川 長いシーンだったので一日かけて撮ったんですが、中盤辺りで妻の江美子(朝加真由美)のことを語りだすあたりから、イッセーさんが本当に長嶺さんでしかなくて、「これはいけるな!」と手応えを感じながら撮っていました。映像で見せるよりも、何か長嶺の言葉から、視聴者の皆さんの頭の中で再生されるような、何かが自然とあふれ出ていたんじゃないでしょうか。
澤井 長嶺が大切な過去を思い出しながら喋っているという感じがすごくしました。きっとイッセーさんにはその光景が浮かんでいるのだろうなと。語りの中にその情景が立ちあがってきて、すごいなと思いました。
伊与原 この場面だけではなく、うまく説明できないんですけど、映像の画質というか、画面から漂ってくる空気が、夜の定時制とぴったりだと、最初からずっと思っていて、毎回本当に一視聴者として楽しませていただいています。改めてありがとうございます。
INFORMATION
放送中:2024年10月8日(火)スタート〈全10回〉
総合テレビ 毎週火曜 夜10:00~10:45
BSP4K 毎週火曜 午後6:15~7:00
[再放送] 総合テレビ 毎週金曜 午前0:35~1:20 ※木曜深夜
配信中:Amazon Prime Video(最新話はNHK放送の翌週水曜午前0:00に公開)
原作:伊与原新 『宙わたる教室』
脚本:澤井香織
音楽:jizue
主題歌:Little Glee Monster「Break out of your bubble」
出演:窪田正孝 小林虎之介 伊東蒼 ガウ
田中哲司 木村文乃/中村蒼 イッセー尾形 ほか
(伊与原 新,澤井 香織,吉川 久岳/文藝出版局)
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