「頭でっかちな若者には、まずはスコップを握らせる」中村哲さんが日本人に最初に教えたかったこと《非業の死から5年》
文春オンライン / 2024年12月4日 8時20分
中村哲さん ©時事通信社
“アフガニスタンの60万人を水路で救った”といわれる医師の中村哲さんは、2019年12月4日の朝、武装勢力に襲われて命を落とした。あれから5年、親交の深かったノンフィクション作家の澤地久枝さんのインタビューを一部紹介します。
◆◆◆
まず、水がなければ
きっかけは、この年にアフガンをおそった大干ばつでした。飢餓状態にある者が400万人、餓死の恐れが100万人という凄まじい被害が予想された。汚い水を飲まざるをえないので、赤痢や腸チフスにかかる人も続出しました。とくに、子どもたちは下痢が原因で次々と命を落としていった。いくら点滴で水分を補給しても命を救うことはできません。人が生きるには、まず水がなければならないのです。
「病気はあとで治せる。ともかくいまは生きておれ」
これが、先生が辿り着いた答えでした。
アフガニスタンは元々、豊かな農業国です。先生は内戦で荒れ果てた農地を訪ね歩いて、「水さえ引けば、農業は復活する」と確信を持ちました。こうして、井戸や用水路建設に踏み出すことになったのです。
ただ、現地に用水路を造れる土木技師は1人もいません。先生は独学を重ねて自ら設計図を描けるまでになりましたが、その過程で日本古来の技術も学びました。帰国するたびに九州各地の用水路や堰を調査して、江戸時代の工法を学び、アフガニスタンにとって最適の技術を模索していったのです。
その1つが「蛇籠(じやかご)」です。これは、袋状にした針金の中に石を詰めたもの。通常はコンクリートで護岸するところに、無数の蛇籠を積んで用水路を造り上げました。いずれはアフガンの人たちだけで維持・管理ができるように、現地でも調達しやすい資材を使い、工法も簡単にしました。
ときには、自らショベルカーを運転して工事の最前線に立ちました。とにかく、泥臭く、これが先生の働き方だったのです。
「皆さんから『大変ですね』という言葉をかけられるのですが、現地にいるほうが、心やすらかだ」とおっしゃっていました。「お日様と一緒に起きて、暗くなるまで汗を流して働くことで、今日も1日頑張ったなと幸せを実感できるのだ」と。
とはいえ、こういうお話も伺いました。3000mを超える山岳地帯を馬で移動中、鐙(あぶみ)に足が絡まったまま落馬して、宙吊りになったそうです。それでも馬は走り続ける。頭を引きずられて死んでしまうと思ったとき、「あ、これで楽になれる」と思われた。
この頃から、中村先生の活動を知って現地で働きたいという日本の若者が増えていきました。ところが、彼らは、「世界の趨勢は……」と頭でっかちな議論ばかりしたがるそうです。先生は、彼らの話を「ウン、ウン」と聞きつつ、まずはスコップを握らせて肉体労働をさせる。すると、彼らも次第に泥にまみれて仕事をすることの尊さを理解するそうです。
2007年にはアフガニスタン国内で最大の水量を誇るクナール川から水を引く用水路の1次工事が完了しました。水路が通って農地で作物がとれるようになると、どん底に生きていた何万人もの難民が帰ってきました。
家族揃って日に3度の食卓を囲み、平和であること。それが人々の願いです。子どもたちは用水路で水遊びをし、皮膚病が減ったといいます。用水池に住み着いた魚を揚げる店もできたと先生は嬉しそうでした。緑の大地計画はさらにひろがっていったのです。
本の最終のゲラで「30頁くらいカット」
わずか3回のインタビューで『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る』を先生との共著で出したのは、印税を先生に送って活動を支援したいとの思いからでした。この本を売るべく、力を尽くして、初版から18版まで、4万部を超えたと思います。先生の逝去後は20版になりました。しかし、御夫妻はみずからのことを語らない方たちで、御家族に触れた部分は本の最終のゲラで、30頁くらいカットされました。
ある年、福岡のペシャワール会からどさっと荷物が届き、糖蜜(砂糖大根などの汁を煮つめた砂糖の最初の形)が送られてきました。先生のお気持ちだったと思います。苦しみながら水路を掘りすすめて、農地がよみがえり、こういうものさえできるようになったという、先生の「結果」報告と思いました。
※本記事の全文は「文藝春秋 電子版」に掲載されています(澤地久枝「 中村哲さんがアフガニスタンに遺した『道』 」)。
記事全文(約7000字)では下記の内容を読むことができます。
・バブルの余韻がある時代に
・港湾労働者の世界に生まれて
・家族を連れてパキスタンへ
・まず、水がなければ
・「精神的支柱」を復興
・クラシック音楽と昆虫が癒やし
・「いっぺんは死ぬから」
・「後世への最大遺物」とは
(澤地 久枝/文藝春秋 2020年2月号)
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