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「保育園で『なんで右手がないの?』と言われてウザったくて…」“生まれつき右手がない”義手ギタリストの女性(29)が明かす、子ども時代の苦労

文春オンライン / 2024年12月21日 11時0分

「保育園で『なんで右手がないの?』と言われてウザったくて…」“生まれつき右手がない”義手ギタリストの女性(29)が明かす、子ども時代の苦労

義手ギタリストのLisa13さん ©山元茂樹/文藝春秋

 先天性四肢障害で、生まれつき右手首から先がないギタリストのLisa13(29)。

 東京パラリンピックの閉会式のステージに立って注目された彼女に、欠損を気にせずに明るく過ごしていたという幼少時、中学校で教師から向けられた偏見、ギターとの出会いなどについて、話を聞いた。(全3回の1回目/ 2回目 に続く)

◆◆◆

先天性四肢障害で、生まれつき右手首から先がない

――右手首から先がないのは、生まれつきですか?

Lisa13(以下、Lisa) 生まれつきです。先天性四肢障害。

――生まれる前から、先天性四肢障害であることはわかっていたのでしょうか。

Lisa 生まれる前に、エコーかなにかでわかっていた感じだったのかな。親には、そこまで深く掘り下げて聞いたことはないんですけど。でも、生まれたときに、首にへその緒が巻き付いた状態で出てきたみたいな話は聞いていて。

 お腹に入ってた後半ぐらいから、へその緒が巻きついた状態だったので、それで栄養が行き届かなくて、右手が欠損したんじゃないかと言われていたところはありました。

――先天性四肢障害の原因は、そうした事例が多い?

Lisa 原因の1つではないのかな、みたいな。

――「エコーかなにかでわかっていた」とのことですが、それに対して両親が驚いたといった話は聞いていますか。

Lisa 両親は女の子がすごく欲しかったみたいなんです。で、お腹の子が女の子というのが確定している状態だったんで、「かわいい女の子が生まれてくればいいじゃん!」ぐらいの気持ちだったみたいですよ。

先天性四肢障害であることに疑問を持たずに育った

――出生時に先天性四肢障害を確認されて、病院側から両親に「今後、こうしたほうがいい」みたいな話が。

Lisa とくにそういう話も聞いてなくて。小学校の同級生で、私と同じ障害を持った子がいたんですよ。その子は、病院側から「指を伸ばす手術をしますか?」とか訊かれていたそうで、実際に手術をしていましたね。私は「指を伸ばしたい」とか考えていなかったので、このまんまでいましたけど。

――同級生は生まれてすぐに、指の手術を打診された?

Lisa じゃないです。小学校デビューしてからって感じですね。いまは言われるタイミングが変わってるかもしれないですけど。

――Lisaさんは、幼少期に先天性四肢障害であることに疑問を持たず。

Lisa そうですね。親から手のことを言われるわけでもなく、ナチュラルに育って。でも、服を着るとか、ボタンを留めるといったときには、親には補助してもらってましたね。

 まあ、小さい子だったらみんなそうですけど、後ろのチャックを上げるとか、そういったものは母にやってもらったりしてましたね。髪の毛を結ぶのも、保育園とか小学生の頃は時間がかかってしょうがないので、母にやってもらって。もちろん、いまはなんでも自分でできますけど。

保育園で「なんで、右手がないの?」と聞かれるのがウザったくて…

――保育園や幼稚園に入って、他の子に右手のことを言われたりは。

Lisa 入ったのが、女の子が3人しかいない保育園だったんです。男の子ばっかりだったんですけど、その子たちが女の子にすごく優しかったんですよ。だから、イジメとかもなく。でも、「なんで、右手がないの?」って、聞かれることは聞かれるんですよ。

 そう聞かれて、私は「いや、右手がないからってなんなの?」くらいの気持ちだったのを覚えていて。あと、あまりに聞かれるので幼心に「なんで、そこまで気になるの?」ってウザったく感じてたのも覚えてますね。

――幼い頃だと、「なんで、右手がないの?」と聞かれても答えようがないといいますか。

Lisa そう、答えようがないんですよ。「生まれつきだよ」って教えても、今度は「生まれつきって、なーに?」ってなるんですよ。でも、ちっちゃいとそんなことも説明できないじゃないですか。だから「生まれつきなのッ!」って、押し通すみたいな(笑)。

「イヤなことを言われたら言い返してやりなさい」両親の教育方針

――保育園での遊びは、どうしていましたか。

Lisa とくに、これができなかったというのはないですね。ただ、私は絵を描くことが大好きで。「お外で遊ぶ?」とか「ボール遊びする?」と聞かれても、「イヤだ、絵描く」みたいな感じの子だったので「何々ができなくて悔しい」みたいなものがなくって。

 あんまり保育園には行きたくなかったんですけど、それは手のことを聞かれるのが面倒だったのもあるし、おうちにいるほうが好きな子だったのが大きいですね。

――両親から、「右手のことを聞かれたら、こうしなさい」的なアドバイスはありましたか。

Lisa 右手のことを聞かれて、ウザったいなとか、イヤだなとか思ったり、ちょっとでもトゲのある言い方とかされたら、言い返してやりなさいって感じで育てられました。さらに、「できないことがあれば、人の倍努力すればできるから」ぐらいのスパルタだったし(笑)。変に励ますというのもなくって。

「だから、あなたの子は手がこうなったんだ」両親が激怒した出来事

――両親はそれを実践してましたか。たとえば、Lisaさんの右手を見て、なにかを言ってくる者には毅然とした態度を取っていた?

Lisa 食ってかかるほうですね(笑)。宗教が絡んじゃってる人がいて。「水子の霊がどうのこうの」って始まって「だから、あなたのところの子は手がこうなったんだ」みたいなことを言ってきたらしくて。

 その人はもともと友人だったらしいんですけど、さすがに両親は激怒して「二度と家に来んな!」ってドアをバーンって閉めたそうです。

――小学校に上がって、周囲からの見られ方は変わりましたか。

Lisa 小学校でもイジメはなかったですけど、体育の授業というものが出てくるじゃないですか。そこで「できないこと、意外にあるなあ」って。

 小学校の体育という場面で、そういったことを初めて知った感じですね。たとえば、鉄棒とか。縄跳びは、自分で縄跳びの縄を右手に結んで、ブンブン回して飛ぶことができたんですけど。

 そうやって、小さいなりに自分で工夫して、「よし、これでいけるぞ」っていろいろクリアしてたんですけど、鉄棒だけはほんとにダメだった。やっぱり、つかむことができないので。

 なので、先生に「できないから手伝って」とお願いして、体を持ち上げてもらってグルっと回って。

日常生活では、自転車に乗れないことが“困りごと”だった

――小学校以降は、体育の授業がネックだったと。

Lisa 一番のネックでした。あと、音楽の授業でリコーダーを吹くじゃないですか。みんなは普通のリコーダーを使ってるんですけど、私ともうひとりの手を欠損した同級生の男の子だけ、片手用リコーダーを注文して。

 それが、バカ高かったらしいんですけど。いろいろ部品が付いていて、リコーダーというよりクラリネットみたいな見た目でゴージャスなんですよ。

 学校以外で困ったのが、自転車に乗れないこと。手がない子でも、すっごい練習して乗れるようになった子って、まれにいますけど。私の場合は、家が完全にクルマ族で。

 小さい頃から、どこに行くにも車だったので、まともに自転車を練習する機会がなかったというのもあるんですよ。なので、友達と公園とか行く場合は、キックボードでガンガン走ってました。

――キックボードは、問題なく?

Lisa キックボードだと、わりと安心。体重をハンドルにかける感じなので、要はものを押さえるのに近いんです。あと、立ってるから、転びそうになったら足でダーンと支えちゃえばいいし。

 自転車は片手ハンドルだとバランスが取りにくいし、ブレーキをかけるにも右手を使わないといけないし。そういうところで支障が出てきたので、挫けましたね。ちっちゃいとき、補助輪付きの自転車で練習してたけど、ちょっとダメでしたね。

「指を伸ばす手術」を受けなかった理由

――同級生の男の子ですが、彼は手のことは気にしていない様子でしたか。

Lisa 私とは、ちょっと違う雰囲気でしたね。やっぱり、指を伸ばす手術とか大変だったと思うし。でも、その子のお母さんがすっごく明るい方で。欠損の子を持つ親同士というか、ちょっとしたコミュニティみたいな感じで、うちのお母さんとその子のお母さんが仲良しで、いまも親交があるんですよ。

 私は、その同級生の子とは仲間って意識も特になく。普通に、クラスメートとして接してましたね。その子は、手術で実際に指が伸びてました。体のどこかから皮膚を持ってきて繋げるんでしょうけど、健常の小指くらいまでの長さになってましたね。

――Lisaさんの家では、指を伸ばす手術について話すこともなかった。

Lisa 親から「手術しよう」とか、一切言われなかったです。あと、小学生の女の子の友達が「Lisaちゃんの手って、かわいいね」って言ってくれる子ばかりだったんですよ。

 で、当時から服装も派手だったので、右手もそのビジュアルの一部として認識されていたというか。「猫ちゃんの手みたいで、かわいいね」とか、そういう見方をされてましたね。

中学時代は先生から「どうして、あなたは右手を隠してるの?」と…

――手のことで、腫れ物的な扱いはされなかったわけですね。たとえば、運動会などで気を使われるとか。

Lisa これも小学校の話なんですけど、運動会でチアリーディングがあったんですよ。私、かわいいとか派手なのが大好きだったから、そういうのに積極的に参加して。また、そのチアリーディングが、自分たちで振り付けとか衣装を考えてもよかったんで、めちゃくちゃ楽しくやれて。

――中学校が辛かったそうですが、なにがあったのですか。

Lisa ファッションでも音楽でもアートでも、世界観がダークなものが好きだったんですよ。だから美術で絵を描くとダーク寄りになるし。カバンとか制服も、そっち寄りの感じでアレンジしたりして。

 私は単純に好きだから、そうしてるだけなんですけど、先生たちはそう思ってくれないんですよ。私に右手がないから、そのジレンマみたいなものが格好や絵に反映されてるんじゃないかって思っちゃう。

 袖の長いセーターを着てたんですけど、それは大好きなX JAPANのhideちゃんがそういうセーターを着てたから、めちゃくちゃ影響を受けて着てただけなんですよ。そうしたら、先生に「どうして、あなたは右手を隠してるの?」って言われたんです。

同級生からも「Lisaちゃん、ちょっと変わってるよね」と見られるように…

――右手にコンプレックスを抱えているように決めつけられた。

Lisa 風紀的に問題があると思ったのかもしれないけど、言い方としては「なんで、右手を隠してるんだ」なんですよね。いい先生ばかりだったんだけど、そこだけはどうしても引っ掛かったというか、理解ができなくて。右手のせいにされるのも含めて、「そういう表現をしてはいけない、こういう表現をすべきだ」みたいなところがあるなってすごく感じて。

 先生がそうやって私を見ちゃうと、生徒たちも「Lisaちゃん、ちょっと変わってるよね」ってなっちゃうんですよね。さすがに母も納得できなかったみたいで、私の生徒手帳に文句を書いて、それを先生に渡したら理解してくれましたけど。

 イジメとかはまったくされなかったし、みんなとも仲良かったんですけど、ちょっと浮いていましたね。

――ギターを始めたのは、hideさんに影響を受けて?

Lisa 小5あたりで、hideちゃんにバーンとやられて。あと、布袋(寅泰)さんも大好きで。最初はギターそのものというよりは、そのパフォーマンスとビジュアルの見せ方に魅せられたんですね。で、私もhideちゃん、布袋さんみたいになりたいと思って、「2人みたいになるなら、ギター弾かないと」っていうことでギターを始めました。

 お年玉を貯めて、白いストラトとアンプとかが一緒になってるアイバニーズの初心者用セットを買って。そのボディを、布袋さんのギターと同じように白黒ラインの模様に自分で変えて。

 バンドスコアを見ながら、hideちゃんの「ROCKET DIVE」とか「DICE」を弾いて。コードは、おじいちゃんが書いてくれたコード表を頼りに覚えていって。中3で、X JAPANの「紅」をマスターして。

ギターを始めた頃は、箱を右手にはめて弾いていた

――ギターを始めた頃、右手でのピッキングはどうされていたのでしょう。

Lisa 胃薬かなんかの箱を右手にはめて、箱の角でジャラ~ンと鳴らしていましたね。小5、小6までは、そうやって弾いていて、中1あたりでアクリルの板を曲げて、先にピックを付けた義手ピックを作ったんです。さらにベルクロとベルトを付けて、右手に装着できるようにして。それが義手ピックの1代目ですね。

――自分で作ったのですか?

Lisa いや、1代目は家族でいろいろ研究して、父が作りました。それ以降、ずっと父が作ってくれて、いまのやつは7代目なんですけど。材料も、ほんとホームセンターで買えるようなものばかりなんじゃないかな。材料費は4千円くらいですよ。

写真=山元茂樹/文藝春秋

〈 ガールズバーで「右手がないの、かわいいね」「写真を撮らせて」と…“生まれつき右手がない”義手ギタリストの女性(29)が語る、知られざる“欠損フェチ”の世界 〉へ続く

(平田 裕介)

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