『このホラーがすごい!』でもランクイン! “中国のスティーヴン・キング”の異名を持つ小説家の創作作法とは?
文春オンライン / 2024年12月13日 15時0分
中国屈指のホラー&ミステリ作家・蔡駿氏の来日に合わせ、11月2日に日本出版クラブ(千代田区神田神保町)でトークショーが開催された。
昨年日本で翻訳された蔡駿氏の長篇『 幽霊ホテルからの手紙 』(文藝春秋)と『忘却の河』(竹書房文庫)はともに『2024年版 このホラーがすごい!』にランクインし、中国を代表するエンターテインメント作家の実力を見せつけた。
蔡駿氏と同様ホラーとミステリの二刀流で活躍する三津田信三氏、ミステリ&ホラー評論の泰斗・三橋曉氏、『幽霊ホテルからの手紙』の翻訳者・舩山むつみ氏がその創作の秘密に迫る。
司会 開会に当たりまして、蔡駿さんから一言ご挨拶をいただきます。
蔡駿 まずはゲストスピーカーとしてご参加くださった三人の先生方にお礼を申し上げます。また、雨の中をこんなにたくさんのみなさんにお越しいただき、中国のミステリやホラーについて意見を交換できる場を持つことができて大変嬉しく思います。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
三津田 『幽霊ホテルからの手紙』と『忘却の河』を大変面白く読ませていただきました。日本ではこの二作はいずれも昨年翻訳され、2か月ほどの間に相次いで刊行されたのですが、私が驚いたのは『幽霊ホテルからの手紙』に較べて『忘却の河』はエンターテインメント性が大きく進化しているという点でした。
原本の刊行年を調べてみると、『幽霊ホテルからの手紙』が2004年で『忘却の河』は2013年、つまり間が9年開いていたんですね。この9年間のエンタメ作家としての成長といったものを、蔡駿さんご自身は感じていらっしゃいますか?
蔡駿 ご指摘の通り、この二つの作品はそれぞれ違う年に執筆されましたので、当時の私の年齢や時代の流れによって私の文学に対する理解や認識も変化してきたと思います。『幽霊ホテルからの手紙』は文学の伝統に則った耽美的な要素に重点を置いて書いたと思います。ですから作品の舞台も現実世界から隔離された場所に設定して、サスペンス的な作品に仕上げました。
一方『忘却の河』は、もっとストレートに現実社会に生きる中国人が直面する様々な困難を描いています。主人公は輪廻転生して生まれ変わってもなお復讐したいという怨念を抱いています。それはすなわち、現実の社会に対する批判を表しています。同時に、この作品では親と子、あるいは恋人同士の極限にまで達した深い愛を描きたいと思いました。
ミステリとホラーが融合された作風
三津田 蔡駿さんのこの二作にはホラーとミステリの要素が両方入っていると思います。私も常々ホラーとミステリを融合させた作品を書いています。私自身は順番からいうとまず謎解きのミステリが好きになったのですが、好きすぎるあまりにすべてが論理的に割り切れることが逆に物足りなくなって、一気にホラーにのめり込んでいったという読者歴があるのですが、蔡駿さんは作家になる前にホラーとミステリにどのように接してこられたのでしょうか?
また、ホラーとミステリの分野で好きな作家や作品を教えていただけますか?
蔡駿 数年前に三津田先生の『首無の如き祟るもの』を拝読して強い共鳴を感じました。先生の作品中に描かれた奇譚・怪談の物語と卓越した想像力に非常に惹かれました。最近も、三津田先生の中国語に翻訳された作品を拝読しているところです。
ほかにも日本のホラーやミステリはたくさん読んでいます。松本清張先生、森村誠一先生の作品もたくさん読みましたし、現在の人気作家の東野圭吾先生や宮部みゆき先生も読んでいます。昨日は舩山むつみさんに案内していただいて、町田市民文学館で開催されている森村先生の没後一年を記念する展覧会を見学してきました。
舩山 昨日は大変熱心にご覧になっていましたね。森村作品の中では『青春の証明』が一番お好きとのことでした。『幽霊ホテルからの手紙』の中でも森村作品の一部を引用されていました。
三津田 作品を書かれるに当たってホラーとミステリのバランスはどんな風にとっていらっしゃいますか? また私自身の話で恐縮ですが、私はミステリを書いているとやっぱりホラーも好きだからホラー要素を入れたくなってくるし、ホラーを書いているとミステリの要素を入れたくなってきて、結局ホラーとミステリが両方入っている作品ばかりになってしまうんです。
蔡駿 ホラーとミステリの二つのバランスに関してはかなり意識しています。私はホラーとミステリは題材として同じ作品に同時に取り入れられると思っていて、作品の執筆前に、これからどういったジャンルの題材を取り扱うのか、どういった作風に仕上げていくのか、小説を構想する段階でホラーとミステリの割合を決めておく場合が多いです。
ここ数年、私の作風は非常に多様化しています。今回、日本語に翻訳された『幽霊ホテルからの手紙』と『忘却の河』は、私の作風の中のほんの一部分に過ぎません。サスペンスとミステリの題材を純文学と結合させるような作品もあります。多様化している私の作品を、今後もっと日本語に翻訳していただければと期待しています。
三津田 蔡駿さんはいわゆる謎解きミステリ、読者に100%手がかりを与えて謎解きに挑戦させる、日本では本格ミステリと呼ばれていますが、そういった作品はお書きになっていますか? あるいはこれから書いてみようという気持ちはありますでしょうか?
蔡駿 私の場合は、登場人物の視点や立ち位置などを手掛かりにストーリーの構成を決めて物語を作っていきます。事件そのものの複雑さやトリック的な要素にはそこまでこだわりはありません。事件やトリックが複雑すぎると、逆に登場人物の存在感を弱めるのではないかという心配があるからです。ですが、私の作品の中には日本の本格派のトリック小説に近いものもあります。こちらも日本語に翻訳、紹介されて多くの日本の読者のお目に留まることを願っています。
三津田 最後にもう一つ伺います。好きなホラー映画の監督はいますか? お好きなホラー映画作品は? 私はダリオ・アルジェント監督が好きなんですが、ご存知でしょうか(笑)。
最新の映画化作品で脚本・監督をつとめる
蔡駿 映画の話となりますと、じつはつい最近、私が脚本を書き、監督もした『Xの物語』という映画がクランクアップしたばかりです。来年、中国で公開される予定です。この映画を製作するために長い年月をかけて準備してきました。さまざまなジャンルの映画を研究する必要があったからです。
日本の映画ですと、黒澤明監督の作品が好きでたくさん見ています。今村昌平監督の『復讐するは我にあり』にも強く感銘を受けました。三津田先生がお好きなイタリアの映画監督、ダリオ・アルジェントも何作か見たことがあります。登場人物の心理描写が巧みですね。昨年、アルジェント監督の『スタンダール・シンドローム』という映画も見ました。
司会 では続きまして三橋先生、お願いいたします。
三橋 日本では今、ホラー小説がブームになっていまして、今年の春には『このホラーがすごい!』という年間ランキングのムックも刊行されました。その年間ベスト20では、蔡駿さんの『幽霊ホテルからの手紙』が4位、『忘却の河』が13位にランクインしています。
今の日本のブームは、怪談実話やモキュメンタリー(フェイク・ドキュメンタリー)の流行と呼応しながら、徐々に盛り上がってきた感があります。最近の中国でもホラー小説をめぐる動きはありますか? もしあるならば、蔡駿さんはそのブームをどうお感じになっていますか? また、ご自身の創作はブームとどのような関係にありますか?
蔡駿 中国のホラー小説はご存知のように、欧米や日本の小説に多大な影響を受けて生まれたものです。僕個人について言いますと、初めて挑戦した長編小説『VIRUS 病毒』は、鈴木光司先生の『リング』シリーズに影響を受けて創作しました。もちろんアメリカのホラー小説の権威であるスティーヴン・キング先生の作品からの影響も執筆の理由の一つです。後に三津田先生の大作を拝読して刺激を受けた部分もあります。
中国の場合は新人作家が作品を発表するルートの一つとして、ネット小説と呼ばれるジャンルがブームになっています。私自身はそこには含まれませんが、ここ数年ネット文学にはホラーからミステリなど多彩なジャンルの作品が投稿されています。日本では「クトゥルーもの(H・P・ラヴクラフトが創作した架空の神話の影響下にある作風)」と呼ばれているジャンルの作品もあります。
日本文化の中国の文芸作品への影響
三橋 先ほど森村誠一氏のお話が出ましたね。『幽霊ホテルからの手紙』でも『野性の証明』に繰り返し触れていらっしゃいます。また、蔡駿さんが『青春の証明』が一番お好きと伺って、我が意を得たりと思いました。じつは私も『青春の証明』に感銘を受けて、森村作品を読むようになりました。
伝え聞くところによれば、近年、日本のエンターテインメントの作家が貴国でも読まれているとのことですが、作家として、また読者として、蔡駿さんが今、注目している日本人作家がいたらぜひ教えてください。
蔡駿 日本の推理小説は中国でもたくさん読まれていますので、中国の読者に与える影響力も非常に大きいと言えます。私も特に意識して思い出さなくても、たくさんの日本人作家の名前を挙げることができます。東野圭吾先生や宮部みゆき先生、島田荘司先生、伊坂幸太郎先生、乙一先生、葉真中顕先生などの作品は中国での人気が高く、売れ行きも好調です。
現状、中国における日本の推理小説の読者の数は、中国の作家の読者の数を超えていると思います。ですので、中国の文学作品が日本語に翻訳されて日本で刊行されることは、日本の文学作品が中国語に翻訳されて中国で出版されるよりもずっと難しいと思います。
三橋 『忘却の河』の中で、岩井俊二監督の映画『Love Letter』が取り上げられているのが大変印象的でした。岩井監督は自身の小説を中国と日本の両方で映画化したりもしています(『チィファの手紙』と『ラストレター』)。
蔡駿さんはご自身の作中で映画や芸能関係など日本の文化にたびたび触れていらっしゃいますが、日本文化のどのようなジャンルに関心をお持ちですか?
蔡駿 近代以降、中国に対する日本文化の影響は、1900年代に日本に留学した魯迅先生から、いま現在の日本映画や日本のテレビドラマ、漫画やアニメといったサブカルチャーまで非常に長い歴史があります。僕自身も少年時代から青年期まで多くの日本のアニメを見て、その影響を受けて育ってきました。日本の文化は、中国人全体の集団記憶の一部分として位置づけられます。
そういった文化背景のもとで、私も文学に興味を持ちはじめた時から日本文学に関心を持つようになりました。『幽霊ホテルからの手紙』の中には、日本の昭和初期の詩人、立原道造先生の詩を引用させていただきました。彼の詩は森村先生の『野性の証明』で知りました。私は今でも日本文学の動きに関心を持ち続けています。ホラーやミステリー、サスペンスだけではなく、村上春樹先生の作品も愛読していますし、大江健三郎先生のほぼすべての作品も拝読しました。
また、日本の最前線で活躍されている映画監督さんたちの作品、例えば、是枝裕和先生、北野武先生、濱口竜介先生たち、それからもちろん宮﨑駿先生のアニメ映画もリアルタイムで注目しています。
三橋 蔡駿さんの著作リストを拝見しますと、長編の他に中・短編も多数お書きになっていますね。舩山むつみさんも参加されている中国同時代小説翻訳会という中国語翻訳の勉強会が刊行している「小説導熱体」という同人誌に五篇が翻訳紹介されています。
いずれも大変興味深い作品でした。中でも一番最近刊行された第7号(2024年10月刊)に掲載された「赤兎馬の追憶」は、『三国志』に登場する軍馬の一人称視点から、関羽や貂蝉らのことを語っていくという話で、全篇に緊張感が漲った素晴らしい作品でした。
蔡駿さんは、短編を長編とは少し違ったスタンスでお書きになっているように感じたのですが、いかがでしょうか?
蔡駿 私が作品を書き始めた頃はすべて中•短編でしたし、ここ数年もまた短編小説をたくさん書いています。最近出版された『曹家渡童話』という作品集を入れて全部で六冊の短編集を発表しています。これまでに執筆した中短編小説の数は、全部で八十数作になるかと思います。
私にとって短編小説と長編小説は両方とも重要ですが、方法論としては両者はまったく別もので、違うロジック、違う考え方で書いています。
読者を引き込む独特の技法
舩山 『曹家渡童話』の「曹家渡」は上海に実際にある地名で、蔡駿さんが子供の頃育った街です。童話と言っていますが、ご自身の少年時代に材をとった作品集です。
蔡駿さんは読者を作品世界に引っ張り込むのがとても上手い作家だと思います。例えば「小説導熱体」の第2号で私が翻訳した「猫王ジョーダン」という作品は若い男性が語り手で、むかし自分が暮らしていた上海のある場所に引っ越してきます。読者には最初はある一人の男性としかわからないのですが、そのうち夜中に電話が掛かってきて「蔡駿さんですか?」と呼びかけられて、初めて作者本人だったことがわかります。読者は、「あれ、これは本当の話なのかな?」と思わされるわけです。
もう一つ、読者を引き込む技術としては、蔡駿作品には共通して登場する人物が何人かいるんです。『幽霊ホテルからの手紙』には主人公の小説家の親友として葉蕭という若い警察官が出てくるのですが、この人物はいろいろな作品に登場します。『幽霊ホテルからの手紙』の続編『荒村公寓』にも出てくるのですが、そこでは作家・蔡駿の従兄弟ということになっています。また、『幽霊ホテルからの手紙』に出てくる画家の高凡という人物もいろいろな作品に登場します(「高凡」はオランダの画家ファン・ゴッホからインスピレーションを得た名前。中国語では「ファン・ゴッホ」は「凡高」)。
特に葉蕭はあちこちの作品に登場するので、読者も葉蕭が出てくると、いつもの世界に戻ったような気がして安心するんじゃないかと思うんです。
蔡駿 葉蕭に明確なモデルはいないのですが、日常の世界で出会った何人かの人物からそれぞれの特徴を寄せ集めて作ったような人物です。ですから、各作品に登場する葉蕭は一人の同じ人物のように見えても、じつはいろいろな人間の複合体なんです。
舩山 それではここで、蔡駿さんの映像化作品のティザーをご覧にいれたいと思います。まずは「二十一天(二十一日)」という作品です。こちらはいま、中国の配信サイト「爱奇艺(iQIYI)」で配信中です。ショッピングモールが事故で崩壊して十三人が地下に閉じ込められ、救助隊に救出されるまでの21日間に一体何が起こったのか? これは少し前に蔡駿さんがお書きになった『地獄変』という作品が原作で、黒澤映画の『羅生門』のように、事件にかかわった人たちの証言が全部食い違うんですね。芥川龍之介の「藪の中」「羅生門」「地獄変」という三作品のモチーフを取り込んだ作品です。
ちなみに、この作品にも葉蕭刑事が登場します。
次は『幽霊ホテルからの手紙』の続編「荒村公寓」の映画化作品です。作家の蔡駿さんが執筆のために間もなく取り壊される予定の上海の洋館を借りて住んでいて、一方で蔡駿ファンの大学生のグループが荒村という田舎の村にある幽霊屋敷を訪ねるという、二つのストーリーが並行して語られていきます。先ほども言いましたが、ここにも葉蕭が蔡駿の三つ年上の従兄弟として登場します。
世界をつなげる橋渡しとしての文学
司会 それでは最後に、蔡駿さんから締めのご挨拶をお願いいたします。
蔡駿 まずは本日、たいへん充実した時間をみなさんと共有させていただいたことに、心から感謝申し上げます。登壇してくださった三津田信三先生、三橋暁先生、舩山むつみ先生、またこのイベントを主催してくださったみなさまにお礼申し上げます。
周知のとおり、今日の世界ではどの国も日々目まぐるしい変化を遂げています。異なる国、異なる民族の間は、ますます友好的な近しい関係になるだけでなく、逆にお互いがどんどん遠く離れていくような関係になっていることもあります。
旧約聖書に描かれた「バベルの塔」は、みんなでともに手を携えて行動すれば天まで届く塔を建立することができたのに、互いの諍いから神様は人類に異なる言語を与えたため、互いに相容れないもののように隔てられ、塔は完成しなかったと伝えています。しかし、ここにおいでの舩山むつみさんをはじめとする翻訳者と呼ばれる方々はそれに抗い、言語を翻訳することによって人々をふたたび融合し、新たなバベルの塔を作ろうとしています。
本日、通訳をしてくださった野原敏江先生は中国帰国者二世だとお聞きしました。野原さんご自身は戦争を経験した世代ではありませんが、80年ほど前のあの戦争によって、おそらく彼女を含めそのご家族、大勢の日本人と中国人、そして世界の歴史まで否応なく塗り変えられていきました。決して忘れることができない、人類全体の苦難の歴史でもあると思います。戦争とはどんなものなのか、日本人だから戦争をしたとか、中国人だから戦争をしないとか、そんなことではないはずです。人間だからこそ、人間の中にミステリがあるからこそ、そうしたことが起こり得るのではないでしょうか。人間の心と言動、魂までも記録する文学には、そのような過去、現在、未来、そして全ての世界をつなげる橋渡しの役割があると私は信じています。
海の向こう側にある中国にも、人類の生き方に対して深く思慮して創作する優秀な作家がたくさんいます。今回のイベントを通して、もっとたくさんの日本の読者に作品を読んでいただけたら嬉しく思います。リアルタイムの中国は本当はどのような国なのか、もっと日本の読者に知っていただくために、今後もますます多くの中国語の作品が日本に翻訳紹介されるように心から望んでおります。
(蔡 駿,三津田 信三,舩山 むつみ/文藝出版局)
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