早稲田大→アメリカ“超名門大学院”卒業→ニューヨークで悠々自適な生活…ライブで「いじめ」告発の元アイドル(25)が語る、金融エリートになった現在地
文春オンライン / 2024年12月22日 11時0分
アメリカの名門校・UCバークレーで卒業生代表スピーチを行うonodelaさん(写真=onodelaさんのXより引用)
〈 ライブ中に「いじめ」告発→アイドル脱退→アメリカ“超名門大学院”合格…大炎上した早稲田卒の元アイドル(25)が明かす、“生きづらかった”学生時代 〉から続く
2019年7月、ステージ上でメンバーと運営からの嫌がらせを告発し、中指を立ててアイドルグループ脱退を宣言した、onodelaさん25歳(小野寺ポプコから改名)。当時、その様子を撮影した動画がネットで大きな話題となった。
そして2024年5月。彼女は再び大きな注目を集めることになる。アメリカの名門校・カリフォルニア大学バークレー校(以下、UCバークレー)の卒業式で卒業生代表スピーチを行う動画がまた“バズった”のだ。
衝撃的なアイドルグループ脱退から、アメリカの名門大学院を卒業するまで、彼女はどんな人生を歩んでいたのか。今はどんな生活をしているのか。onodelaさんに話を聞いた。(全3回の3回目/ はじめから 読む)
◆◆◆
大学3年生の頃、UCバークレーを目指し始めた
――大学時代にアイドル活動や留学、就職活動なども経験されていますが、UCバークレーに入りたいと思い始めたのはいつ頃だったのですか。
onodela 大学3年生の頃ですね。金融工学を学びたいと思って。その分野ではUCバークレーが断トツでトップなので、一番上の学校に行きたいと思ったんです。
金融工学は簡単に言うと、株価などの金融資産の価格を、統計学やプログラミング技術などを使って分析する学問のことです。
――なぜ金融工学を学びたいと思ったのでしょう?
onodela 金融分野で女性が活躍するのが狭き門と言われるなかで、より最先端の金融を学ばないと、これからは出世できないと思ったんです。だから、大学3年生のときに金融工学の分野に進もうと方向転換をして。
2000億円規模のヘッジファンドでインターンも経験
――もともと金融教育に熱心なご家庭育ちで、知識もあったのですよね。
onodela 小さい頃から投資をやっていて、大学時代も金融を学んでいました。でも、金融工学で使う数学やプログラミングはやっていなかったんです。
だから大学3年生のとき、それまで築いていた人脈を活用して2000億円規模のヘッジファンドでインターンするようになって。そこでクオンツという金融工学を学びながら働いていました。
――UCバークレーに進学することも見据えて。
onodela それまでの自分の経歴だと、UCバークレーの金融工学分野に進学するのは難しいと思ったんですよね。金融工学を使う会社で働いた経験がないと、UCバークレーのプログラムを受けるのはほぼ無理だった。だから何とかインターンできるようにお願いしました。
ヘッジファンド勤務の男性との真剣交際
――大学3年生のときには、ヘッジファンド勤務の男性と真剣交際されていたこともあるそうで。
onodela 自分が金融工学を学んでいたから、それを職業にしていた彼が魅力的に見えたんですよね。金融工学について教えてもらうこともありました。
でも、自分の進路は付き合う前から決めていたので、その彼に影響を受けた、ということはないです。
――そしてその後、実際にUCバークレーに進学されたと。
onodela 単位の取得ミスで、2022年9月に早稲田大学を卒業して。2023年3月にUCバークレーに入学しました。
UCバークレー入学前にフランス留学した理由
――UCバークレー入学までは何をしていたんですか。
onodela フランスの料理学校に留学していました。実は私、料理をするのが一番の趣味なんですけど、それまでなかなか料理をする時間がなくて。UCバークレーに入ったらまた忙しくなるから、その前に一度だけ、自分の一番の趣味に時間を使いたいと思ったんです。
――とはいえ、学費などお金もかかりますよね。
onodela 学費は100万円くらいしました。そのときすでに投資とかである程度稼いでいたから、自分でお金を出して行ったんです。両親も、自分で学費を負担するならOKと認めてくれて。
――そこで、好きな料理を学んで。
onodela そうです。あとは将来、料理を強みにしたクルージング会社を立ち上げたいと思っていて。そのためにも料理を本格的に学びたかったんですよね。
――なぜクルージング会社なのですか。
onodela たぶん、子どもの頃からストレスを抱えすぎたせいです。クルージングで世界を回りながら、船の上でダラダラ過ごしたいという願望があります(笑)。
――ご家庭が教育熱心だったとおっしゃっていましたね。
onodela 両親は常に「一番いいところを目指して」という感じで。UCバークレーを受けるときも、特に父親からのプレッシャーがありました。
親からのプレッシャーでうつ病に…アメリカに行ってから精神的に落ち着いたワケ
――高校時代にうつ病と診断されたそうですが、その後、ご自身の心身の状態とどのように向き合っていましたか。
onodela 大学時代も何度か心療内科に通っていました。大学院進学の試験を受けるときも、親からのプレッシャーで少しうつ病っぽい状態になって。
アメリカに行ってからは、UCバークレーの敷地内にある心療内科に通うようになったんです。で、そこの先生に「うつ病は治療すれば治せるものだから」と言われて。
それまでは治らないと思っていたけど、アメリカに行ってから、うつに対する日本とは違う考え方を教わったので、それがとても助かりました。
その先生はうつ病のこと以外にもいろいろと教えてくれました。それまでは「自分は絶対こうならなきゃいけない」みたいな固定観念を持っていたけど、そういう考え方も直してくれて。本当にありがたいなと思っています。
――アメリカに行ってから、精神的にも落ち着いた。
onodela アメリカに行って親から離れたことで、それまで抱えていたストレスがなくなりましたね。離れて暮らすようになってから、両親と仲が良くなりましたし。
もしメンタル的に落ち込んだとしても、「落ち込んでしまう自分はダメだなあ」と思うのではなく、すぐに心療内科の先生に話を聞いてもらうようにして。自分でうつ症状を治そうとせず、プロの方に任せるというか、手を貸してもらいながら向き合っていました。
うつで苦しんでいた時期もあったけど、今はフラットな目線を持てるようになった
――アメリカに行ってから生きやすくなった?
onodela そうですね。中高時代は、自分を押し殺さないと周りに受け入れてもらえないと思っていました。
でもアメリカで文化も言語もまったく違う人たちと出会って、一緒に勉強したり旅行したりチルするのが楽しくて。ありのままの自分を受け入れてもらって、居場所を作ってもらえました。
日本も含めたアジアの国は文化的な背景もあって、一体感が強くて集団生活を好むように思います。一方で、アメリカは昔から個人主義。周りの人や社会と常に関わっているのではなく、自分も相手も関わりたいときだけ関わればいいみたいな考え方なんです。それが自分に合っていたなと思います。
――アメリカ生活を通して、ご自身が変わったと感じますか。
onodela 前より余裕を持って物事を考えられるようになりましたね。だんだんと穏やかになって、フラットな目線を持てるようになりました。
今までうつで苦しんでいた時期もあったけど、それは自分の状況を客観視できていなかったのが理由だと思っています。常に客観視できていれば、余計な悩みを持たなくて済むかなと。だから今は、世界で一番客観的な人をめざしています(笑)。
UCバークレーの卒業式で卒業生代表スピーチをすることになった経緯
――2024年5月にUCバークレーを卒業する際、卒業生を代表してスピーチする姿が大きな話題になりました。
onodela あれは、卒業生なら誰でも応募できるんです。だから私も志望理由を添えて応募して、選ばれました。
――なぜスピーチをしようと思ったんですか。
onodela いい経験になるんじゃないかなと。就職活動で話すときのエピソードにもなると思って。あとは、自分なりに良いことを言える自信があったので。
――ちなみに、スピーチではどんな話をしたんですか。
onodela 「UCバークレーに入るまで、金融業界のトップの人たちと話したりするのは想像もできなかった。でも、このプログラムのおかげでいろいろ視野が広がって、本当に成長しました。これから私たちは、将来の金融業界のリーダーとして、常にイノベーションを考え、リーダーシップを胸に抱きながら進んでいきましょう」みたいな話をしました。
――SNSを中心にスピーチ動画が日本で拡散されました。反響はいかがでしたか。
onodela 今まで私のことを知らなかった方からも「本当におめでとう」と言ってもらえて、うれしかったです。
「自分を最高の状態にしておかなければならない」今も大切にしている父親からの“教え”
――ヘッジファンドでのインターン、UCバークレー進学、そして卒業生代表スピーチ。行動力がすごいですよね。
onodela 行動力とはちょっと違うかもしれないんですけど、お父さんから教えてもらったことがあって、それをモットーにしているんです。
――お父さんからはどんなことを教えてもらったのでしょう。
onodela 例えば大学に入るとか、会社に入るとか、そういうチャンスがあったら、そのチャンスを手に入れるために、ずっと前から準備して自分を最高の状態にしておかなければならない。
そうすればチャンスが目の前に現れたとき、自分から取りに行けると。それをモットーにしているから、常に自分を一番いい状態にしていようと考えています。
――でもいざチャンスが目の前に来たら、怖気づいてしまうときもありませんか。
onodela 常に準備して、自分の“土台”を作り上げておくのが大事だと思っています。そうすれば、もしチャレンジしてうまくいかなかったとしても、その土台が自分を支えてくれる。それに、その土台があるから、怖がらずに挑戦できる。
両親の教育に窮屈さを感じて生きてきましたけど、父のこうした教えにはかなり影響されましたね。
現在はニューヨークにある投資関係の企業に就職…アメリカで悠々自適な生活を満喫
――SNSでは、onodelaさんの生き方や考え方に「かっこいい」という声もあります。
onodela もし本当に私のことをかっこいいと思ってくれているのなら、ちょっと恐れ多いです(笑)。私自身は、SNSでの発信はエンタメのコンテンツとして楽しんでほしい、という感じですね。
――現在は「WEBザテレビジョン」で連載も持っていますよね。
onodela 実は文章を書くのも趣味で、子どもの頃は作家になりたいと思っていたんです。だから、連載のお話をいただいて嬉しかったですね。
アイドル時代から人を楽しませたいと思っていたから、今度は文章で人を楽しませられるようになりたいです。
――UCバークレー卒業後はどのような生活を送っているのですか。
onodela ニューヨークにある投資関係の企業に就職しました。でもアメリカ縦断の旅をしたり、自由に生きてます。友達もけっこういて、ワイワイ楽しい毎日です。
大学を卒業したら学生時代のように遊べなくなると心配してたんですけど、全然そういうこともなく。逆に、大学を卒業してお金も持つようになったから、学生時代よりもっと楽しく遊べるようになりました。
――先ほどクルージング会社を立ち上げたいと話していましたが、今後、起業するという選択肢も?
onodela クルージング会社を立ち上げる夢は今もありますし、いくつか会社を持ちたいです。
もし私の連載に反響があったら、書籍を出したり、作家としてのキャリアも歩んでいきたいと思っています。
ただ、いまの生活が十分楽しいので、夢が叶わなかったとしてもあまり気にならないですね。自分のメンタルを穏やかに保つことを一番大事にしながら、残りの20代を楽しんでいきたいなと思っています。
(「文春オンライン」編集部)
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