人はどんな時自分語りをしたくなるのか。人生を語る読書会が幕を開ける――直木賞候補作『よむよむかたる』ロングインタビュー
文春オンライン / 2024年12月12日 6時0分
人はどんな時自分語りをしたくなるのか。平均年齢85歳の超高齢読書サークルの200日を描いて直木賞候補作となった『よむよむかたる』(朝倉かすみ)は、著者の母が通っていた読書会の光景がヒントとなり生まれました。幸福な時間が溢れだす、〈人生を語る読書会〉の秘密に迫ります。
個人的な思いを語る読書会があってもいい
――新作『よむよむかたる』は、北海道は小樽の古民家カフェで開かれる高齢者の読書サークルのお話ですね。ものすごく楽しく読みましたが、どういう出発点だったのですか。
朝倉 編集者の方たちとお話ししている時に、うちの母親の話になったんです。母親がもう二十年くらい読書会に参加しているという話をだらだらしていたら、「それを書けばいいじゃないですか」と。
――朝倉さんのお母さんといえば、前作『にぎやかな落日』の主人公、おもちさんのモデルとなった方ですよね。おもちさんの日常に読書会ってでてきましたっけ。
朝倉 でてきてないですね。『にぎやかな落日』には、あえてそういう知的な要素は入れないようにしたんです。
うちの母は七十歳になるかならないかの頃から、「年を取ってからお友達がいないと駄目だ」と言って、踊りとかカラオケとか、いろんなシニアのサークルに行き始めたんです。そのなかに読書会もあって、それだけが長く続いているんですよ。そしてとにかく、何があっても読書会にだけは必ず行こうとする。本当に「行かないと死ぬ」くらいの勢いで。そんなにまで行きたいのって何? ってずっと不思議に思っていました。
その読書会は、一人の作家の小説を全作読んでいくという集まりで、小檜山博という作家の文学を読んでいます。小檜山さんは今八十七歳で、読書会の参加者たちと同世代、苦しい暮らしの中で育った人なんですね。そういうところがみんなの琴線に触れたみたいです。
――その読書会を見学されたことがあるのですか。
朝倉 あります。図書館の中にある畳の部屋で、十数人でやっていましたね。一人ずつ朗読して、その朗読や小説の感想を言い合って、小檜山博って素晴らしいねと言ったり、それぞれの思い出を語ったりして。自分たちと小檜山博を褒めるという二大褒めの会でした。
――本作の〈坂の途中で本を読む会〉も、一人ずつ、少しずつ朗読しては感想を言い合っていきますよね。朗読するのが面白いなと思ったら、実際にそうだったんですね。
朝倉 朗読っていいなと思いましたね。まず人前で読む緊張感があるし、声に出すことではじめて気づくこともあるし。それに、前もって割り当てられると、何回も読む練習をするでしょう。繰り返し読んでいるうちに分かることもあると思います。
――視点人物は参加している高齢者ではなく、カフェの店主の二十八歳の青年、安田松生です。この設定にしたのはどうしてでしょう。
朝倉 老人の参加者の一人を視点人物にしたら、老人たちのことを通訳できる人がいないじゃないですか。私が母の読書会を見た時、すごくびっくりしたんですよ。「老人たちの読書会って、こういうやりとりをしながら進んでいくんだ!」みたいな新鮮な驚きがあったので、そのワンダー感を伝えてくれる人がほしかったんです。
――安田は新人作家ですが、ある出来事がきっかけで書けなくなっている。そんな彼を、喫茶店のオーナーである叔母の美智留が小樽に呼び寄せたんですよね。自分は夫の転勤で小樽を離れることになったので、安田に店を引き継がせたという経緯がある。
朝倉 彼は、私が思ういまどきの若い人のいいところを集めた感じの人ですね。お行儀がよくて、生意気な感じがなくて、でもちゃんと意見も持っている人。ジェントルで、臆病なところもある人です。
――小説の感想に耳を傾ける役まわりを、小説の書き手にしたのはどうしてですか。
朝倉 読書会で小説の感想を話すときに、小説そのものから離れて、個人的な思いを語り合うなんてくだらない、みたいな論調ってあるじゃないですか。でも、私はそうやって自分の思いを語り合うのもいいと思ってるんです。
あと、プロの書き手が本の感想を言う時って、ちょっと中身のあることを言わなきゃいけない感じがある。個人の思い出とは絡めづらいというか。でも、それって不自由なんじゃないかなと感じるんです。なので、そういうプロの書き手が、お年寄りたちの自由な感想を聞いたらどう感じるのかな、と考えました。
――安田がどうなっていくかも気になりますが、他にも、読書会二十周年記念事業に向けての準備、美智留の過去に関わる謎、安田に訪れる出会いなど、さまざまな要素が盛り込まれていますね。
朝倉 ちゃんとエンタメをやろうと思ったんです(笑)。今回、私にしてはかなり多くの要素を入れたと思ってます。
――いや本当に意外な展開も多くて面白かったです。さて、〈坂の途中で本を読む会〉のメンバーは六人。平均年齢は八十五歳、最年長は九十二歳のまちゃえさん、最年少はまちゃえさんの夫で七十八歳のシンちゃん、じつに個性豊かな面々ですが、どのように決めていったのですか。
朝倉 人数が多いと、私も読者も誰が誰だか分からなくなるので、これくらいがちょうどいいかなと。
まず、まちゃえさん夫婦と、元アナウンサーの会長は最初に決まりました。会長が元アナウンサーなら、ファンだった参加者もいるはずだとか、昔職場が同じで、男の人が女の人に片想いしているような要素もあったら楽しいかな、とか。
――作中、彼らのことは安田がこっそりつけた渾名で表記されて分かりやすかったです。小柄で白髪をお団子にした副会長がシルバニアで、ふくよかで彫りが深い会計係の渾名がマンマ。シルバニアと蝶ネクタイは元中学教師で、元同僚同士なんですよね。
朝倉 マンマが大きな人だからシルバニアは小さくてかわいい感じにして、などと考えていました。どの人も、なるべく若い頃から現在に至るまでが断絶していない、若い頃のことも自然と思い浮かべられるような感じの人たちにしたかったんですね。
「死」は最大の関心事
――基本的に、一章ごとに読書会一回分の様子と、周辺の出来事が語られていきます。彼らは数回にわけて一冊の本を読んでいきますが、その課題図書が佐藤さとるさんの『だれも知らない小さな国』。児童書の名作ですよね。私も小さい頃に夢中になりました。
朝倉 みんなだいたい知っている本だということ、読んだ人はたいていあの世界に憧れるだろう、ということで選びました。
私、小さい頃は児童文学をほとんど読んでいなくて、ここ何年間かで読み返したり、新たに読んだりしているんです。改めて『だれも知らない小さな国』を読んでみて、どこかに小さい人がいて、集まって何かやっているという雰囲気がやっぱり素敵だなと思ったんですよ。
――北海道に住む青年が、少年時代に秘密の場所でちいさい人を見かけるんですよね。大人になって、彼はもう一度その場所を訪れて……という。コロボックルの話なんですよね。
朝倉 私はあの本を読んだ時に、「これは『おみとりさん』だ」と思ったんです。
――コロボックルが「おみとりさん」という解釈は作中でも語られますね。「おみとりさん」とは、助かる見込みのなくなった患者のお看取りをしてくれる人で、〈資格のない、流しの付添婦らしい〉とありますね。
朝倉 「おみとりさん」というのは私が作った言葉なんです。友達のお父様が亡くなった時に、「その人が付き添うと、大変安らかに逝ける伝説の付添婦がいる」という話を聞いたんですよ。お年寄りたちの間の都市伝説としていいなと思って、ずっと頭に残っていました。
――自分が小さい頃に読んだ時は、そういう死に絡んだ連想はしなかったんですよ。なので、年齢を重ねて読むと解釈も変わるんだなと感じました。他にも、作中の「こいはいいぞ」という台詞は「鯉」と「恋」のダブルミーニングとして読めるなど、はじめて気づいたことがたくさんありました。
朝倉 たとえばオタクの人たちって、さまざまな角度から作品を解釈するじゃないですか。私はその空気感が好きだし、この読書会ともちょっと似ているのかなと思う。
あと、子供の時に、みんなで集まって「あそこに住んでいる人は、きっと子供を食べる人だよ」とか、すごい作り話をして盛り上がったりしませんでした? それで「大変だ!」とか言って、ピンポン押して逃げたりして。この読書会では、その延長というか、自由な発想を楽しんでいる気がする(笑)。
――正解を求めるんじゃなくて、自由に語り合える空気がいいですね。戦争に言及される部分を読んだ時は、みんな自身の戦争体験を語り始めるし。
朝倉 基本的に何を言ってもいいんですよね。それはもちろん、ある程度信頼関係があるからというのが前提にあります。さすがに今日急に集まった初対面の人たちの間では、ここまで素直に思ったことを発表できないじゃないですか。
――もう二十年続いている読書会ですからね。毎回のようにまちゃえさんが若くして亡くなった息子を思い出して泣いたり、時には参加者同士が衝突したりもするけれど、みんな仲がいい。
朝倉 読み返した時に、みんながむき出しでものすごく人間臭いと思いました。ただ、参加者同士は同じ生活圏内に暮らしてはいなくて、会うのもこの読書会の時だけ。逆に、これが同じ町内会の人同士で、ここにいる時以外の自分をよく知っている人ばかりの集まりだったら、ここまで自由にできないと思う。強すぎない繫がりで、互いのプライベートはあまり知らない人たちだからこそできるのかな、って。
――『だれも知らない小さな国』以外にも、過去の課題図書として石井桃子の『幼ものがたり』やエーリヒ・ケストナーの『わたしが子どもだったころ』といった、著者が自分の幼少期を語った本のタイトルが出てきますよね。それも参加者は自分の幼少期と重ね合わせて感想が語りやすかったでしょうね。
朝倉 語りやすいと思います。彼らより少し年上の作家が書いた、作家自身の小さい頃の話って面白いんですよ。どこか懐かしい感じがするし、言葉がきれいだし、私も好きでした。読み返してみて、やっぱり石井桃子さんって素晴らしいなと改めて思いましたね。
――読書会の選書って案外、そうした本や、児童書やYA(ヤングアダルト)がいいのかなと思いました。
朝倉 私もそう思います。子供向けに書かれた名作って、子供がいろんなことを考えたり思ったりできるように書いてあるから、大人が読んでもいろんな感想が出てくるんだなと思いました。それと、お年寄りにとっては文字が大きくて漢字が少ないというのもいい。
――ところで、途中で『よむよむかたる』と『だれも知らない小さな国』は、構造が似ているなと思ったのですが。
朝倉 今回は、『だれも知らない小さな国』を下敷きにしてプロットを決めていったんです。
――やはり。エンタメ性という点では、どういう要素を入れるのか、どのようにプロットを考えていったのですか。途中で意外なことが判明して、終盤には泣かせますよね。
朝倉 まず、この話がどこで終わるか分からないとだめだろうなと。だってちゃんと物語が閉じてこそエンタメでしょう(笑)。なので、読書会の二十周年記念事業というひとつのゴールを決めました。それと、『だれも知らない小さな国』を下敷きにすると決めたからには、女の子との出会いもひとつ入れなきゃいけない。さらにもうひとひねり効かせたいなと思って、まちゃえさんの息子のことや美智留の抱える事情も入れました。
――『だれも知らない小さな国』では、主人公が秘密の場所に小屋を建てるけれど、そこに道路拡張工事の話が持ち上がる。読書会も後半、大きな転機を迎えますね。
朝倉 そう。彼らにとって大変な危機を迎えるんですよね。それでみんなが、我に返る。つまり、こんなに楽しくやっているけれど、自分たちの先が長くないことに気づく。
連載中、編集者に「参加者たちの読みが、毎回死に繫がる話になっていきますね」って言われたのですが、これはお年寄りならではですね。やっぱり「死」はお年寄りにとって最大の関心事だと思う。
うちの母はいま八十八歳ですけれど、最近「いつ死ぬか分からないから、ティッシュは五個しか買わない」って言いだしてびっくりしたの(笑)。以前はいっぱいストックしていたのに、そんなことを言うんだ、って。
―― 一方、安田も少しずつ変わっていきます。彼がスランプになったのは、読者から盗作を疑うような手紙が届いたのがきっかけです。彼にはまったく心当たりがないのに。
朝倉 安田くんの気持ちはよく分かるんですよ。「パクりましたよね」と言われたら、なにを書いてもパクっている気がして、なにも書けなくなる。だって、他の人は分からないけれど、自分は自分の小説がどこからどう生まれたか分からないんです。夢みたいなものが浮かんで、書いているうちに正夢になっていく感覚で、ゼロから作っている気がしない。他の何かの影響を受けたのかもしれないから、「盗作だ」と言われたら、「そうかもしれない」と思っちゃいそう。
だから、私にもしそういう疑惑があがったとしても、やろうと思ってやっているんじゃないよってことは分かってほしいです(笑)。
――安田くんはそうして書けなくなったけれど、読書会への参加は彼にとって大切な経験となりますね。
朝倉 スランプとかイップスの時って、構えすぎて、こねくりまわしちゃうんですよ。いっぱいいっぱいで、怖くて、一歩が出なくなる。とにかく思ったことや感じたことが、すっと出てこなくなっているんですね。
そういう時に、読書会のみんなが思っていることを素直に言っている様子に触れたのは大きかったと思いますね。
プロットを立てると楽だと気がついた
――そうした、いろんなことが重なり合っていって、クライマックスは胸熱でした。
朝倉さんはもともとプロットをかっちり決めて書くタイプではなかったと思いますが、今回は事前に結構プロットを組み立てたんですか。
朝倉 驚くなかれ。今回は自分でもびっくりするくらい、しっかりとプロットを考えました。あくまでも当社比ですけれど。
というのも、それをやっておけば楽だって気づいたんですよね。以前は、ストーリーを進めながら描写に気を配ったりと、同時にいろんなことをやらなきゃいけなくて大変でした。でも『平場の月』で箇条書き程度のプロットを作った時に、うっすら気づいたんです。何を書くか決めておけば、文章表現だけに集中できるんですよね。
――山本周五郎賞を受賞した『平場の月』は、中年の元同級生同士の男女が再会して飲み仲間となるけれど、女性のほうが実はがんで……という。病気の進行状況があるから、話の流れを決めておかないといけない内容でしたよね。
朝倉 そう。事前に決めておけば、こんなに楽なんだなと分かって、今は長篇を書くとき、プロットに夢中ですね(笑)。
以前は、だいたいこういう流れになるのかな、というぼんやりとしたイメージで書き始めて、いろいろ考えながら書いて、書き終えた時には「なんとかなった!」って思っていました。でも、そんなんじゃ駄目だと思ったんですよね。年を取って体力が落ちてきたということもあるかもしれない。そんなにいっぺんに沢山考えられなくなってきたので。
――プロットを作らなかった時と作るようになってからでは、出来上がったものが違うと感じますか。
朝倉 感じますね。プロットを作らなかった頃は、こんなに要素をいっぱい入れられませんでした。自分で混乱しちゃうから。
私の非常におめでたいところなんだけれども、プロットを作る時、自分が書き切れるかどうかは考えずに要素を入れ込んでいるんです。だから、この先プロット作りに慣れてくると駄目かもしれない。「これは私にはできなそうだな」と思ったら、プロットにも手心を加えてしまいそうだから。今はまだ、「できるか分からないけれど、こういう話、面白くない?」と思いながら作っています。
――最近は五十代の男女を描いた『平場の月』、八十代のおもちさんが主人公の『にぎやかな落日』、そして今回の『よむよむかたる』と、主人公たちの年齢が上がっているのは偶然ですか。
朝倉 最近は高齢者が出てくる話や、時代小説のほうがしっくりきます。それは、自分が今使われている日本語の“ネイティブじゃない”感じがしているから。今の若い作家の小説を読むと、「本当にこんな言葉を使っているの?」って思うの。「本当に“バリュー”とか“ソーシャルグッドな”とか言うの?」って。そういう言葉を使うのは東京の人だけなのか、北海道でも使っているのか、そういうことも分からない。(二十代の編集者Kに向かって)会議で「ソーシャルグッドな」(社会貢献的な、の意)とか言っています?
編集者K うちの会社では言わないです。
朝倉 「しごでき」(仕事ができる人、の意)は普通に使ってる?
編集者K それは使います(笑)。
朝倉 そういうのが分からないの。
――さきほど、時代小説がしっくりくるとおっしゃっていましたが。
朝倉 今、「小説宝石」で「けんぐゎい」という時代小説を書いているんです。違う時代を舞台にしたほうが自分が暴れられるような気がして。
江戸時代の、ダークファンタジーといえばいいのかな? 違うかもしれない(笑)。
――不思議要素が入っているんですか。
朝倉 入ってる。「本物のお前に目覚めよ」って主人公に呼びかける者がいるの。それがユニコーンなの。桐野夏生さんの『OUT』みたいなものを、お産婆さんでやりたいと思って生まれた作品なんですけど。……ってもう、何を言ってるか分からないでしょ?(笑)
――(笑)。どういう話なのか、もうめちゃめちゃ気になります。
朝倉 この間インフルエンザで休載しちゃったから、これから頑張らないといけないんだけれど、来年の秋には刊行したいと思っています。他には、六十代、七十代くらいの人の話も書きたいなと思っています。
――ところで、朝倉さんは作家としてでなく、読み手として読書会に参加したいですか。
朝倉 したいです。「私の推薦するこの本」みたいなプレゼンもしたい。ビブリオバトルみたいに戦いたくはないけれど。
――書評で書くのではなく?
朝倉 書評は物語全体に気を配って書かなきゃいけないから、とっても大変。でもプレゼンは、「このワンシーンがいい!」って強く言えば響くかもしれないじゃない?
――たとえばどんな本をプレゼンしたいですか。
朝倉 林芙美子の「小さい花」という短篇とか。小さな港町に、相撲取りみたいに大きくて、髪も短くて、男の人みたいで、お妾さんが何人もいる女の人がいるという話があるの。その人は甲斐性があって、お妾さんに料理屋をやらせていて、近所の連中もみんな「あの人はいいね」って褒めている。女性なのにお妾さんがいて、しかも商売をやらせるというのは男の真似事だから、決していいことだとは言えないけれど、そういう女性を周囲が褒めているのって、当時の女性たちが多様性を早くに受け入れていた象徴のような気がするんです。読書会があったら、「みんな読んでみれば」って発表したい。あと、山本周五郎の「薊」という、お武家の奥さんがレズビアンの話もあって、それも発表したいです。
――もしそういう会があったら、朗読はしますか。するとしたら、朝倉さんは淡々と読むタイプなのか、感情を入れて読むタイプなのか。
朝倉 私は結構やっちゃうほうだと思う(笑)。それと、自分のリズムは伝えたい気がする。他の人に自分の本を読んでもらうと、わりと遅く感じるんです。それが駄目というわけではないですよ。どちらが正解ということではなくて、ただ、私はそう思っている、というだけです。
――あ、私が思っているよりも朝倉さんの中では文章の流れが速いのでしょうか。どういう場面だと速くなりますか。
朝倉 『よむよむかたる』でいうと、冒頭の部分はすごく速いです。〈最初の老人は午前中にやってきた。〉から、〈「あれ? みんなは?」とあたりを見回す。〉までは、私の中ですごく速いんですよ。一息でいきたいくらい。だからあの部分は改行がないんです。
朗読する人って、読点を入れたところを正確に区切ってくださるんだけれど、それは、私としては目で読む時に読みやすいように入れているので、別にそこで息継ぎしなくてもいいんです。といっても自分の感覚を押し付けるのは嫌なので、朗読する人にはその人なりの表現でやっていただきたいですね。むしろ作家が朗読すると、聞き手のことを考えないから、すごく聞きづらい、自分勝手な感じになると思う。
――でも聴いてみたいです。朝倉さんが全篇朗読したものを、Audibleとかで出してくれたらいいのに。
朝倉 わあ、大変だ(笑)。
撮影:佐藤亘
朝倉かすみ(あさくら・かすみ)
1960年北海道小樽市生まれ。2003年「コマドリさんのこと」で第37回北海道新聞文学賞を、04年「肝、焼ける」で第72回小説現代新人賞を受賞し作家デビュー。09年『田村はまだか』で第30回吉川英治文学新人賞を受賞。19年『平場の月』で第32回山本周五郎賞受賞。他の著書に、『ほかに誰がいる』『てらさふ』『満潮』『にぎやかな落日』など多数。24年9月に最新刊『よむよむかたる』を刊行。
(瀧井 朝世/別冊文藝春秋)
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