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絞め殺した21歳女性の“亡骸にわいせつ”したことも…女性7人を強姦殺害「昭和最悪のレイプ男」がついに警察に見つかった理由

文春オンライン / 2024年12月15日 17時0分

絞め殺した21歳女性の“亡骸にわいせつ”したことも…女性7人を強姦殺害「昭和最悪のレイプ男」がついに警察に見つかった理由

写真はイメージ ©getty

〈 「言うことを聞かないと殺す」と脅しながら首を絞め、下半身の衣服を剥ぎ取り…2ヵ月で4人の女性を強姦殺人「昭和最悪のレイプ魔」恐るべき犯行手口 〉から続く

 食料、就職難につけこんで7人の若い女性を強姦・殺害…。人並み外れた性欲から、戦中、戦後まもない間にかけて、多くの女性を“食い物”にした小平義雄(こだいら・よしお)。

 これまで己の欲望のおもむくままに犯行を繰り返していた小平だが、ついにそれも終わりを迎える。狡猾な男が警察に捕まった経緯とは? そして取り調べで語った、世にもおぞましい犯行手口とは? 新刊『 戦後まもない日本で起きた30の怖い事件 』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全4回の3回目/ 最初 から読む)

◆◆◆

殺した女性の遺体にわいせつしたことも…

 1945年8月6日に広島、9日に長崎に原爆が投下され、14日に日本は降伏を要求する連合国のポツダム宣言を受諾。

 15日正午、ラジオから天皇陛下による玉音放送が流れる。

 当時、小平は妻子の疎開先である富山の不二越鋼材東富士製鋼所で守衛の仕事に就いていたが、9月21日に退社。富山の薬をかき集め東京で一儲けを企む。しかし、薬は思うほど売れず、憂さ晴らしも兼ね、また動き出す。

 昭和天皇がマッカーサー元帥をアメリカ大使館に訪問した翌日の同月28日、東京駅で友人を待っていた出版社経理事務員の松下ヨシ江さん(同21歳)に声をかけ、食料を餌に前回と同じ北多摩郡清瀬村の雑木林に誘い込んだ。

 異常な雰囲気を察し帰ろうとする松下さんを脅し、衣服が濡れるのを嫌がった彼女を「籠かつぎ」と呼ばれる体位で強姦する。が、行為の最中、すぐ側で栗拾いをしている子供の声が耳に入ったため、慌てて声が出ないように松下さんの首を絞め殺害。息をしなくなったのを確認してから、改めて屍姦に及び、現金300円と、彼女が物々交換のために持って来ていた縮緬洋服を奪い逃走した(松下さんの遺体は11月5日に発見されている)。

 その後、小平は富山に戻り、妻の弟が経営する運送会社を手伝った後、親子3人で上京。渋谷区羽沢町(現・同区広尾三丁目)に居を定める。しかし、性の衝動は収まることを知らない。

 年の瀬の12月29日、小平は栃木へ買い出しに行くため東武鉄道浅草雷門駅に向かった。そこで見かけたのが、母の疎開先である日光に行こうとしていた馬場寛子さん(同19歳)。いつものように、米が安く買える農家があると声をかけ、第二、第三の犯行場所にほど近い上都賀郡西方村の山中に誘い込む。暗くなったから帰ろうと言い出した馬場さんを殴りつけ強姦し、彼女のマフラーで首を絞めて殺害した。

ついに警察に身元が特定された小平

 鬼畜な犯行が終わりを迎えるのは1946年(昭和21年)8月17日。この日の午前9時ごろ、東京・芝の増上寺境内の裏山の草むらから全裸の女性の死体が発見された。首に手拭いのようなものが巻きつけられていたことから他殺と思われ、警察がさらに付近一帯を調べたところ、15時過ぎに現場から10数メートル先の草むらからも半ば白骨化した女性の死体も見つかった。

 白骨遺体の身許はわからなかったが、最初に発見された女性は、相撲の行司として有名な式守伊三郎(後の24代木村庄之助。本名:緑川義。1901-1973)の三女・柳さん(同17歳)であると判明。

 伊三郎の夫人から8月6日に行方不明届が出ており、新聞記事を見た夫人が警察に連絡、遺体を確認し、娘に間違いないと断言した。さらに、母親は娘を殺害したのは「小平」という男だと言う。

 小平と柳子さんが知り合ったのは1ヶ月前の7月10日ごろのこと。品川駅構内で小平が彼女に声をかけたところ、就職口を探しているという。小平は下心を隠しながら力になることを約束し、再び会って話をする日を取り決める。このとき2人は住所を交換し、柳子さんはそれを家族にも知らせていた。

 その後、彼女は病気になり約束の日に出かけられなかった。すると、小平が家に訪ねてきた。せっかく良い仕事を斡旋しようと思っていたのに約束の日に現れなかったので心配になって訪ねることにした、自分は進駐軍に勤めているので、軍兵舎で柳子さんを働けるようにする腹積もりだったという。前記したように、実際にそのころ小平は芝高浜町のランドリー兵舎で雑役夫を務めており、母親はすっかり信頼してしまう。

 そして、病気が治った8月6日、小平と柳子さんは品川駅で午前10時に会う約束を取り交わす。が、夜になっても彼女は自宅に戻らない。心配になった母親は教えられた住所に小平を訪ねた。小平によればその日も長らく待ったものの柳子さんは姿を現さなかったそうで、母親は引き上げるしかなかった。

 こうした経緯を知った警察は遺体発見から2日後の8月19日、小平(同41歳)を愛宕署に連行。同時に家宅捜索を実施し、柳子さんの持ち物であったパラソルを発見した。小平が犯行を自供するのは翌日のことだ。

あまりにもおぞましい犯行手口

 供述によると、柳子さんは8月6日午前10時、約束どおり品川駅東口に現れた。小平は巧みに嘘をつく。今日は米軍兵舎に出入りする証明書がない。丸の内のアメリカンクラブで紹介状をもらってあげるから、その前に腹ごしらえをしよう。

 2人して増上寺境内の裏山で弁当を並んで食べるうち、小平は豹変し関係を迫る。嫌がる柳子さんの横っ面をひっぱ叩き、問答無用で下着を脱がせたうえで強姦。

 その後、彼女の首を絞めて殺害したのだという。柳子さんの首が太かったので10分くらいは力を抜かず、そのせいか彼女の死顔は黒ずみ、「そりゃあ酷いものだった」と取調官に小平は言ってのけたそうだ。

〈 「わしの腰から下は獣ですよ」性欲に囚われ7人の女性を強姦殺人…死刑を言い渡された「昭和最悪のレイプ魔」が“最後に残した言葉” 〉へ続く

(鉄人ノンフィクション編集部/Webオリジナル(外部転載))

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