「私の腎臓、使えないかな?」ドナーになるために法的な夫婦にもなったが…難病を抱える夫を看取った作家が語る“透析業界の問題”
文春オンライン / 2024年12月17日 6時0分
『透析を止めた日』(堀川惠子 著)講談社
「透析をまわせなくなったらどうしたらいいのか、調べてもまったく情報が出てこなかった。途方に暮れて、荒野に二人ぼっちの気分でした」
堀川惠子さんの新刊『透析を止めた日』は、元NHKプロデューサーの夫・林新さんの闘病を支え、その最期を看取った経験から、透析業界の問題に迫った医療ノンフィクションだ。
指定難病である多発性嚢胞腎を発症した林さんは、堀川さんが出会った時、透析を始めて8年が過ぎていた。週に3回、1回4時間の透析を続ける生活は、想像より遥かに大変だった。
「腕に埋め込んだシャントに太い針を刺し、そこから体中の血液を入れ替える。クリニックから元気に歩いて帰って来るので健康な人と変わらないように見えるけれど、止めたら死ぬという過酷な療法なんです」
移植希望登録をしていなかった林さんに堀川さんは、「私の腎臓、使えないかな?」と提案。ドナーの資格を得るため、法的に夫婦にもなった。
「突然倒れても、内縁の妻には連絡が入りませんしね。四の五の言っていられず夫婦別姓の信念を曲げました。彼は職業人生の仕上げに天皇制というテーマを準備していて、何としても番組を作らせてあげたいし、私もそれを見たかった。夫婦愛? それもありますが、仕事仲間として全うさせてあげたいという思いでした」
だが、結婚3年以上の夫婦でないとドナーになれない。検査結果なども踏まえ、林さんの母がドナーとなった。林さんは命を削るように番組を作り、堀川さんはそれを全身全霊で支えた。
9年間働いた移植腎は限界を迎え、再透析を開始するが、やがて透析をまわすのも辛い状態に。緩和ケア病棟に移りたいと希望するも、がん患者でないと入れないと断られた。
「どうすればいいのかお医者さんに聞いても『大丈夫、(透析を)まわせるところまでまわしましょう』と返ってくるだけ。透析患者はたくさんいるはずなのに、命の閉じ方がわからなかった。透析を止めてから亡くなるまで、夫は塗炭の苦しみを味わいました」
現在、日本で透析を受けている人は約35万人。巨大な医療ビジネス市場だ。だが、いや、それゆえにその市場から外れる「透析を止める」という選択肢の先にはまともな出口が用意されていない。そう感じた堀川さんは夫を看取った後、取材を重ね、闘病の記録を「第一部」に、取材の内容を「第二部」にまとめた。
「最初は暗中模索。私たちが置かれた状況が仕方のないものだったのか、もっと穏やかな最期を迎えるために他の選択肢はなかったのか、探るところから始めなければならなかったんです」
取材で見えてきたのは、透析患者の緩和ケアに寄り添ってきた医師の存在や、終末期における腹膜透析の有効性、「鹿児島モデル」と呼ばれる在宅での腹膜透析を支える医療体制だった。
「もしこの仕事をしていなければ、あんなに辛い経験は1日も早く忘れたいと思ったでしょう。実際に、第一部を書くのは本当にきつかった。でも、第二部では思考が完全に取材者に切り替わりました。第二部は前向きな内容ですし、何より、自分たちが苦しんだ時期にこの本があれば、私も読みたかった」
堀川さんは最後に、医療は敵ではないと強調した。
「終末期の緩和ケアを実現するためには、現場で頑張っているお医者さんや看護師さんたちの協力が必要です。同じように苦しむ透析患者の方にもですが、医療現場の方に読んでもらえたらと思っています」
ほりかわけいこ/1969年広島県生まれ。『死刑の基準』で講談社ノンフィクション賞、『裁かれた命』で新潮ドキュメント賞、『原爆供養塔』で大宅壮一ノンフィクション賞等、『狼の義』(林新氏との共著)で司馬遼太郎賞を受賞。
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2024年12月19日号)
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