銀座のクラブママから奈良の神社の女性宮司に...“異色のキャリアチェンジ”を果たした女性が明かす、水商売と神職の「意外な共通点」とは
文春オンライン / 2025年1月26日 6時0分
©原田達夫/文藝春秋
〈 29歳で北新地のオーナーママ→35歳で早稲田大に入学→ドバイで事業に失敗...異色の経歴を持つ女性宮司がふりかえる「“うつ”で電車に乗れなくなったどん底の日々」 〉から続く
銀座のママを経て、奈良県御所市にある駒形大重神社の宮司を務める“異色の神職”がいる。村山陽子さんは29歳で大阪・北新地に自分の店を持ち、学び直しで早稲田大学へ入学した。
50歳のとき再び銀座でママとなるが、神社に関心を抱き、國學院大学神道学専攻科へ通うようになる。二つとない経歴を持つ宮司だからこそ、「自分にしかできないことがある」。万葉の地、奈良の古社の宮司としてやり遂げたいことを聞いた。(全3回の3回目/ 最初から読む )
◆◆◆
銀座のママをしながら神職の道を...
――村山さんは銀座のママをしながら、國學院大学神道学専攻科へ通うようになります。神職の資格を取得するつもりで入学されたのですか?
村山さん(以下、村山) 「神職になる」としっかりとした意思を持って入学しました。先述したように、私は一度決めたら突き詰める性格。これまでがそうだったように、神社に強い関心を覚えるようになって、だったら神職の資格を取ろうと。私は2020年、54歳のときに神道学専攻科へ通い始めたのですが、いずれはお店をやりながら、神社のお役に立てたらと考えていたのですね。
――当初は、“ママをやりながら”を想定されていたのですか!?
村山 そうなのです。60歳までお店を続けたい思いもありましたし、いろいろな働き方が出来るのではないかなって。ただ、國學院大学に入って神職の資格を得るためには、出身地の神社庁の推薦が必要になります。これもご縁なのですが、中学校からの幼馴染が銀座のお店に来た際、「國學院大学を受けたいのだけど、神社庁の推薦が必要で」と話をすると、「知り合いに宮司がいるから推薦を取れるか聞いてみる」と相談に乗ってくれたのですね。お陰で推薦を戴くことができ、私は國學院大学で学ぶ機会を得ました。このときの幼馴染は、いま宮司をしている御所の方であり御縁を感じます。いざ通い始めると、銀座のお店、大学、そして神社での奉職、両立するのは大変でしたね。
コロナ禍の思わぬ恩恵
――奉職というのは、かみ砕いて言うなら教育実習的なことですか?
村山 私の場合は、似ているかもしれません。私は、茨城県龍ケ崎市にある神社へ通い、月に数回ほどお掃除をし、地元のお祭りでご奉仕しました。それ以外にも、たまにですが別の神社に助勤をしておりました。
――この特異な二足のわらじを、お店のスタッフの方は知っていたのですか?
村山 知っていました。「ママ、大学に通いながら神社のお手伝いもしているなんてすごい!」といった感じで応援してくれました(笑)。お店でお客様のご接待をしながら、ちょっと時間を見つけては更衣室に入り、勉強しておりましたが、正直、体は悲鳴を上げていました。ところが、コロナ禍の間はオンライン授業だったので、かなり負荷が軽減されました。リモートが普及していなかったら、神職の資格を取得出来ていたかは分からない……。
「宮司にならないか」と誘いが...
――そうした中で、 奈良県の国会議員秘書の方から駒形大重神社の宮司にならないかといったお誘いが?
村山 有難いことにそういったお話を戴きました。幼少期に、10年間奈良に住んでいたので、ご縁を感じました。ですが、奉職していた龍ケ崎の神社を辞める気は、全くなかったのです。当時私は、出仕という見習いの身分でした。神社は、上から「宮司」「禰宜」「権禰宜」「出仕」となっており、大きな神社ですと「権宮司」という身分もあります。いずれはこちらの神社で身分が上がり、そのままご奉仕出来ればと考えておりました。ところが、予期せぬことが起こり、大学の先生、神社庁、先輩方にも相談したところ、他の神社に移った方がようにではと勧められたのです。そうした状況の中、ずっと熱心に駒形大重神社の宮司にならないかとお声を掛け続けて頂いていたので意を決しました。長年、神社を守ってこられた氏子総代を始め、役員の方々も面接の際には出席されていたので、一人でも嫌だと思う方がいれば受けないつもりでした。ですが、受け入れて頂いた。本当に幸せなことですよね。
東京と奈良を行き来する生活
――60歳までお店を続けるつもりだったわけですから、大きな決断だと思います。
村山 コロナ禍になったとき、2020年4月の早い段階で、閉めるという判断も視野に入れていたのです。ただ、休日に1人で誰もいないお店の中で座って、ボーっと何時間も自問自答し、折角移転してお店も広くなり、理想の店作りが出来たのだから、もう少しスタッフと一緒に頑張ってみようと、また、資金の返済もありますし、出来るだけやってから閉めようと。時間はかかりましたが、お陰様で銀座のお店にかかった費用は、ちょうど先月に完済しました。ホッとしています(笑)。
――2024年4月に駒形大重神社の宮司に就任されて、半年以上が経過しました。
村山 今は、東京と奈良を行ったり来たりの生活が続いていますが、3年以内には自分のお給料が出るまでにしたいと考えています。
神社は宮司次第で変わるもの
――その点は気になるところで、例えばご祈祷やお守り、絵馬、あるいは賽銭などが神社の収益となり、その中からお給料が捻出されるということでよろしいのでしょうか?
村山 はい。ただし、元から神社の収益であったお賽銭は、今まで通り神社のものであると、分けて考えております。自分の分は自分で稼がなければいけないと思っているので、例えば新たに神社でイベントを開催したり、今までにはなかった駒形大重神社の授与品などを新たに作ったり、その収入で利益が出た場合です。全て、氏子総代始め役員の方々と相談しながら知恵を絞り、新しいアイデアを考え行動する事は楽しいですし、得意分野です。一番大切な事は、神様が喜んでくれること、その事を常に考えながらご奉仕しております。
――カフェが併設してあったり、ライトアップしたり、映えスポットを作ったり、神社によってさまざまです。私たちが思う以上に、神社には自由な気風がありますよね。
村山 そう思います。神社は、宮司さん次第で変わるものだと思うのですね。
「水商売と似ているなと」
――いっぽうで、お寺にも言えることですが、維持費を含めかなり費用がかかりそうです。
村山 その通りで、宮司になるにあたって装束なども数着あつらえたので、相当費用がかかりました。ですから、どんどん着ないと勿体ないのです(笑)。着物は正絹以外考えられないのですが、当初は、装束を正絹で作ることに躊躇していたのですね。というのは、宮司就任の記念品、東京と奈良の往復の交通費等々、当分の経費を確保しておかないといけない。ですので正絹ではなくポリエステルのような素材で作ろうと……それだって何十万円もする高価なものなのです。ところが、ある時挨拶回りの最中にポリエステルの装束の話となり、「これは宮司の立場としては、例大祭だけでも正絹でないと、影で言われるな」と思い、清水の舞台から飛び降りたつもりで正絹で仕立てることにしました。最終的には、この正絹の装束は、北新地時代からの40年来の御贔屓のお客様が、宮司就任祝いとして御奉納してくれたので本当に助かり感謝です。でも、ふと思ったのですが、着物にはかなり投資していたのに、どうしてここでせこい考えをしてしまったのか、あの場で装束の話が出たお陰で、きちんと準備出来て良かったと思いました。(笑)
「お仕えするのがお客様から神様に変わった」
――話を聞いていて思ったのですが、ママとしてのキャリアが間違いなく生きそうです(笑)。
村山 私もそう思っているのです。不思議な感覚で、宮司就任式は初めて自分のお店を北新地にオープンした29歳のときに覚えた緊張感や華やかさ、覚悟、そうした雰囲気とそっくりでした。少しでも多くの方に、駒形大重神社を知ってもらえる一つとして、普通の神社ではあまりないと思うのですが、胡蝶蘭を用意したのですね。当初は、神社の役員さん達の分くらいはと思って14鉢お願いしたのですが、仲の良い東京の生花店さんが、わざわざご夫婦でトラックに乗って届けてくれると言うのです。そこまでしてくれるのに14鉢では申し訳ないと思って、「何鉢積めるのですか」と聞いたら、「40鉢ぐらいは」と。氏子さんが故郷蘭用のテントを準備してくれて、他の花屋さんからもお花が届いたので、沢山の胡蝶蘭に囲まれて就任式を行いました(笑)。あまり派手にし過ぎてもとは思うのですが、ママのときの癖が出てしまう。でも、それは私の人生でもある。ですから、私は宮司になって、「お仕えするのがお客様から神様に変わった」と思う時もあるのです。私の役割は、1000年以上続いてきた神社を、次の1000年先にも残すために、その覚悟と思いを持って宮司としてご奉仕すること。次代に引き継いでくれる神職も育てないといけませんし、私にどこまで出来るかわかりませんが、そのつもりでお仕えしていきます。
――なるほど……めちゃくちゃ素敵な考え方です。
村山 実際、共通する部分が少なくないのです。神様に喜んで頂きたい、参拝者が増えればきっと神様も喜んでくれる。駒形大重神社に関わってくれる方々も楽しめる様な場所にしたいし、訪れた人にとっても清々しい神社だなって思ってもらえる様にしたい。私が宮司に就任した時、母から「やっと陽子ちゃんが、一番好きな仕事を見つけたのね、今までの経験が全て生かされる、地域の方々と協力し合って、このまま続けてくれた良いのになあ」と言われました。母がそんな風に思ってくれていた事が、ちょっと意外でした。
駒形大重神社の御祭神は、駒形神と滋野貞主命、学問の神、結びの神、穀物の神。本殿後ろには駒形山、山の神。そして、今年150年振りに改修された、境内摂社には八幡神社、春日神社、市杵島神社、神明神社、琴平神社が祀られており、多くの神様に守られている神社です。
参拝者の方々が、清々しい気持ち、良い気を受け取れた様に思える神社、そしてここからご縁が広がっていければ、こんなに嬉しい事はないと思っております。そうした神社になるよう、氏子崇敬者の方々と共に、進んでいきたいと思っております。
キャリアを変える上で大切なのは「準備ができているかどうか」
――縁の運気をもたらす神社、行ってみたくなります。それに、村山さんにあやかりたいという人は多いと思います。
村山 私は専攻科を卒業した後、大学院に3年通い、神道や神社について自分なりに勉強してきたつもりです。ですが、まだまだスタートしたばかりで、学ぶことが沢山あり、実力不足だと指摘されても仕方がありません。日々、勉強中です。就任式のときは、宮司が泣いたら元も子もないのに、感極まって泣いてしまったくらい(苦笑)。一方で、多くの方とのご縁もあり、宮司になったからこそ出来る事もある。先祖代々、神社を応援してくださる氏子さんが、摂社・階段・鳥居に続き、本殿内も約150年振りに改修する予定をしております。
来年は、新たな神事を執り行う予定で、その日に間に合うように、2月に「仮殿遷座祭」、3月に「本遷座祭」を執り行います。氏子崇敬者の方々、そして先輩方にご協力して頂きながら、例大祭始め、貴重な神事を執り行えている事は、本当に有難い事です。先述した松本市の深志神社の牟禮仁宮司様が、私の晴れ舞台でもある宮司就任式の祝詞を整え考えてくれたのです、何とも不思議なご縁だと有難く思っております。そして、未熟者だと自覚しながら、神様に素直な気持ちでご奉仕してゆきます。
――ママを経て学び直しで大学生に。事業を立ち上げ、再びママに。そして、今は宮司。“異色すぎる”とも言えるキャリアを歩んできた中で、村山さんは何を心がけてきたのか教えてください。
村山 仕事を変えることは、割と簡単なことだと思うのですね。私からすれば、一つのことを続ける方が難しいことだと思っています。ですから、キャリアを変えることはそんなに難しいことではないと思っています。一つのことを続けるというのは、ものすごく忍耐力を伴います。私には、その忍耐力はない。だから、変えてきたとも言えるのですが、変えるのであれば、そのための準備は欠かせませんよね。必要な準備と環境づくりが可能であるか――ということは心がけていたような気がします。
例えば、準備段階で誰かに迷惑がかかる様な事はしないです。自分できちんと準備出来るか、その問いに対して考える。そうすると、3年後、5年後、10年後が見えてくると思います。同時に、計画が明確になれば、最悪の場合も考えられる。最悪の場合になった際、どの様に対応するか、ここも始める前に決めています。そうすると、最後を決めているので、そこで覚悟は出来ているから何が起こっても大丈夫です。最悪の場合なんて滅多に訪れません(笑)。今の私は、70歳までは宮司をきちんと続けることを目標にしています。そのために何をしなければいけないか、1000年先に思いを寄せ、考え、行動し続けたいです。
(我妻 弘崇)
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