「彼は将棋の神様みたいな存在です」優勝者は藤井聡太七冠と対局 45カ国から集結した“国際将棋トーナメント”をレポートする
文春オンライン / 2024年12月18日 11時0分
Aクラス優勝者 許諾さん
国際将棋フォーラム2024が、東京・千駄ヶ谷の将棋会館で11月7~9日に開催された。メインイベントとして行われた第9回国際将棋トーナメントには45カ国から51名の代表者が参加し、決勝は中国・北京代表の許諾(キョ・ダク)さんがアメリカ代表のマイケル・ワンさんを破って優勝を飾った。
様々な国の人たちが盤を挟んで向き合う姿は、普段は目にできない光景であり、将棋の国際化を感じさせる祭典だった。
上海の小学校では日本将棋の授業が行われている
「将棋を始めたのは20歳からですが、今は一番好きなボードゲームになりました。変化がたくさんあるのが面白いですね。普段は『将棋ウォーズ』『81Dojo』『将棋倶楽部24』の3つをやっています。今回優勝することができ、記念対局で藤井聡太さんと指すことができて嬉しかった。彼は将棋の神様みたいな存在です。中国では将棋が広まる上で、まだまだ伸び代があると思う。自分も貢献していきたい」(中国・北京代表 許諾さん)
日本の将棋は、世界でどれだけの人々に指されているのか。
チェスや囲碁に比べて、将棋は国際的な競技人口が少ない。そうした中でも、現在もっとも広まりを見せているのは中国だ。特に上海は盛んで、推定100万人が将棋のルールを知っているという。
NPO法人「将棋を世界に広める会」の山田彰理事長は、その理由としてある人物の功績が大きいと話す。
「許健東(キョ・ケントウ)さんという方が、上海の小学校に将棋を正規の授業のカリキュラムの一つとして取り入れさせました。授業を受けた子たちの内、どのくらいが続けているかわかりませんが、現在も数十万人の単位で指していると考えられます。子どもたちのレベルは非常に高いものがあり、今回もその教え子が参加していました」
オンライン対局の広がりが大きな影響を与えた
「将棋を世界に広める会」は1995年に任意団体として発足し、2000年にNPO法人になった。国際将棋フォーラムには組織的に協力していて、通訳や会場設営にボランティアを派遣している。山田さんは東京大学在学中に将棋部で活躍、その後は外交官として40年以上にわたって多くの国々に赴任、中南米局長などの役職を歴任した。
近年はオンライン対局の広まりにより、会員が知らない地域からも突然将棋を始める人たちが出てきているという。
「2017年の国際将棋トーナメントにはコートジボアールから選手の参加がありました。またブラジルでは古くから日系人を中心に将棋が指されていますが、『ブラジル将棋連盟』があるサンパウロとはまったく別の地方に、少数で将棋を指すグループが生まれている。彼らはネット対局を楽しみ、ポルトガル語の将棋ミニコミ誌を発行したりしています」
山田さんはインターネットの進展が、文化の普及、広報のあり方を大きく変えたと話す。
「将棋の海外への普及という点では、『81Dojo』の果たした役割が大きいと思います。多言語対応にしたことで、いろんな国の人同士が将棋を指すハードルを低くした。開発した川崎智秀さんは2008年からYouTubeに英語で将棋の動画サイト『How to play Shogi』を公開しています。ルールに始まり、定跡、将棋の歴史などまで紹介した。海外では将棋関係の本を入手するのも大変な中で、それまでになかった教材として画期的なことでした」
外国籍の女流棋士第一号となったカロリーナ・フォルタンさんが注目されたのも、「81Dojo」での対局がきっかけだった。2011年春頃、「『81Dojo』に強いポーランド人の女性がいる」と聞いた北尾まどか女流二段はその棋譜を目にする。「確かにアマ三段くらいの棋力はある」と思い、チャットで連絡を重ねた。そして、カロリーナさんの将棋への情熱に確かなものを感じた。
「将棋を指しに日本に来ない?」
北尾女流二段の誘いに、カロリーナさんはその年の6月、20歳の誕生日直後に初めて日本を訪れる。1週間の滞在で、棋士や女流棋士との研究会、食事会に参加し、将棋駒の名産地・天童にも脚を運んだ。翌年にはリコー杯女流王座戦の招待選手として来日、高群佐知子女流三段に勝利する。この経験がカロリーナさんに女流棋士を目指すことを決心させた。
将棋の国際化への課題
今回来日したフランス将棋連盟会長のファビアン・オスモンさんは、山田さんに大会の印象をこう話した。
「かつてはヨーロッパの一部の国や中国など伝統的に将棋をやってきた国と、それ以外の国の実力差は大きなものがあったが、非常に接近してきている。今まで将棋を指す人口がそれほどいないと思っていた国からも、強い人が出てきて素晴らしい将棋を指していた」
山田さん自身もトーナメントの様子を観て同じことを感じていた。ただそれで、必ずしも幅広い国で将棋人口が大きく増加しているとは言えないと指摘する。
「その国の競技人数が少なくても、今はネットを使って個人個人の実力をアップさせることができますから。国の広がりを持って大勢の子どもたち、大人たちが指すようになるには、まだこれから色々な努力と工夫が必要だと感じています」
オンライン対局が普及への効果が大きいのは確かだが、対面で指すことの大切さが浮き彫りになった面もある。ヨーロッパ将棋連盟の会長でドイツからきたフランク・レーヴェカンプさんによると、「コロナ禍で多くの将棋大会が開催されなくなり、その後に大人の大会は復活してきているが、子どもの部には参加者数が戻ってこない」という。これまでいた子たちが進学などで将棋から離れてしまい、その下の年代が対面で指す機会が得られなかったことが影響していると考えられる。
山田さんは言う。
「やっぱり対面で指すことで、将棋の楽しさを知ることもあるでしょう。それがなくなってしまうと、子どもたちは色々とやることが多く、一度将棋から離れてまた戻ってくるというのは、簡単ではないのかもしれません」
いま将棋界は世界に向かっている
今回来日した多くの選手たちは、大会後も自由対局を楽しみ、初めて向き合うライバルに目を輝かせていた。彼らは普段はネットでの対局が多く、対面でもプラスティックの駒を使っているそうで、木の駒と盤の感触がとても良いという声も聞かれた。
また今回の国際将棋フォーラムでは国際将棋トーナメントと並んで、「第2回都市対抗世界子ども将棋団体戦」の決勝が行われた。これは「将棋を世界に広める会」が招聘したもので、ベラルーシとドイツのチームが対戦し、ベラルーシが優勝を飾った。
対局後、両国の選手に将棋連盟から羽生善治会長と藤井聡太七冠と面会する時間が設けられた。立ち会った山田さんによると、子どもたちはとても感激した様子で、羽生会長から「何か聞きたいことはありますか?」と振られると緊張のあまり声が出なかったとのこと。代わりに引率者が質問した。
「将棋が強くなるためにはどうしたらいいですか?」
羽生会長は「これは藤井さんに答えてもらいましょう」と委ねた。藤井七冠は「自分は小さい頃は詰将棋の問題をよく解いていた。けれども、これが正解という勉強方法はないと思うので、自分が好きなやりかたを見つけるのが良いでしょう」と語りかけたそうだ。
子どもたちには、二人に会えたことが大きな思い出として残ったことだろう。
山田さんはこれからの展望についてこう話した。
「将棋連盟には英語のサイトを作っていただき、外国語の教材や情報発信をしていただけたらありがたいです。国際普及が進むということは、ある意味で将棋の市場が広がるということです。今将棋界は世界に向かっているということを、メディアを通して国内外に知らせていくことが大事だと思います。
そして広まっていく中では、いろんな変化が起こるでしょう。柔道はフランスやブラジルの方が日本より競技人口が多くなって、その間に柔道着の色やルールが変わったりしてきた。中には伝統の精神が失われたと言う人もいますが、私は嘉納治五郎が世界に柔道を広めるときに考えていたのは、それぞれの国のいわば文化風土に応じて若干の変化は当然あっても、根本にある精神が残ればいいということではなかったでしょうか。
今、各国で柔道を真剣に学ぶものは柔道が生まれた日本に敬意を持っている。柔道を通じて日本を好きになり、関心を持つようなことが生まれている。私は将棋も同様の道を歩むのではないかと思っています」
ヨーロッパで将棋が囲碁人口を上回る国 ベラルーシ
「好きな棋士は久保利明、大野源一、大内延介、大山康晴、菅井竜也。他にもたくさん知っていますよ。僕の得意戦法は中飛車です。将棋歴は8年ですね。チェスはオンラインでたくさんやったけど、将棋の方がずっと面白いよ」(ベラルーシ子どもチームメンバー バルコー・パブロ君)
1957年より続く「ヨーロッパ碁コングレス」は欧州最大の囲碁大会であり、毎年各国持ち回りで開催される。2週間ほどかけてリゾート地で行われ、見学者も含めて多くの人で賑わう。今年は1500人以上がエントリーした。1985年に始まった将棋の「ヨーロッパ選手権」は出場者が130人ほどの規模であり、期間や参加形式の違いはあるが、欧州では囲碁の人気の方が大きく上回るのが現状だ。
その中で将棋の方が囲碁人口よりも多い国が一つある。今回の国際将棋フォーラムにも参加したベラルーシだ。来日したセルゲイ・リセンカさんに話を聞いた。
「ベラルーシには将棋専門の道場があるんです。図書館に併設されたものや、ボードゲームなども楽しめるスペースではなく、将棋のためだけに作られた場所です。パンデミック前には200人ほどの会員がいましたが、現在は120人くらいになりました。社会全体でいえばチェスがもちろん人気がある。ソ連時代からの経験者が多いし、クラブもありますから。でも東洋のゲームの中では将棋が一番人気です。私が強調したいのは、将棋が囲碁よりも人気があるのは、日本とベラルーシだけということです」
外国人を阻む「言語の壁」と「指導対局の少なさ」
今回の国際将棋フォーラムで行われた「都市対抗世界こども将棋団体戦」は、準決勝までをインターネットで対戦し、決勝を日本で行なった。セルゲイさんは優勝したベラルーシのチームの引率者である。
団体戦は1チーム3名で行われ、ベラルーシのエースはバルコー・パブロ君(13歳)だ。
「国では将棋クラブや家で対面で指すことの方が多いです。プロに興味はないかって? うーん、それは考えてないです。いろいろと壁があるから。でもアマチュア強豪として、将来も続けていきたいです」
セルゲイさんは「彼はベラルーシのヤング世代NO.1です」という。彼のように有望な子から将来棋士が誕生すれば、将棋は世界へ大きく広まることになるのだが。
「海外の人が日本のプロを目指すのには、すごい壁があります。将棋に関する書籍、定跡本や詰将棋を取り寄せていますが日本語版しかありません。英語版があれば、もっとたくさんの人が読めるのですが。あと、プロの方と指導対局で指せる機会がもっと欲しいです。
現在ベラルーシには強いアマチュアレベル、四、五段の人は数人いるのですが、そこから奨励会、プロへと行く道が見えてこない。我々の中からヨーロッパ・チャンピオンは何人か誕生したのだけれど、そのレベルに到達した段階で、周りに対等に戦える相手がいなくなってしまう。彼らはもっと強くなりたいと望んでいる。そのためにも、プロの指導を肌で感じられたらと思っています」
セルゲイさんは「実は伊藤匠叡王と指したことがあるんですよ」と言った
これまでに海外から奨励会に入った例としては、2010年に将棋が盛んに指されている中国・上海からツアン・シンさん(当時14歳)が6級で入会した。外国居住者の試験合格は初めてのことだった。東京都内の支援者の家に下宿しながら学校にも通い、将棋の勉強を続けたが、20歳の年齢制限により退会になっている。
最後にセルゲイさんは「実は伊藤匠叡王と指したことがあるんですよ」と言った。2013年のヨーロッパ選手権・ワールドオープンの部で、当時10歳の伊藤匠少年が優勝したときに対戦したのだという。
「私は26歳でした。彼は小さいけれど、すごく強かった。今年、藤井聡太さんからタイトルを獲ったことは、もちろん知っています。あのときに彼と対戦できたのは光栄ですね」
写真=野澤亘伸
〈 「毎回100キロくらいの荷物を背負って…」将棋の棋士・女流棋士は、なぜ“海外普及”に情熱を燃やすのか 〉へ続く
(野澤 亘伸)
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