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完売回続出、この冬最大の話題作に躍り出た衝撃のドキュメンタリー『どうすればよかったか?』はなぜ大ヒットしているのか?

文春オンライン / 2024年12月19日 6時0分

完売回続出、この冬最大の話題作に躍り出た衝撃のドキュメンタリー『どうすればよかったか?』はなぜ大ヒットしているのか?

 1本のドキュメンタリーがミニシアターを席巻している。平日昼間でも完売・満席が続いているその映画は『どうすればよかったか?』。医師の家庭で、ある日、娘が統合失調症を発症。そこからの家族の姿を息子が長年にわたり記録した映画だ。公開間もなく口コミで衝撃が拡がっての大反響。何がいったい凄いのか? ジャーナリスト・相澤冬樹は劇場に走った。

◆◆◆

 どうすればよかったか? 専門医に診せるべきに決まってる。でも、どうやって? 医師である両親が「病気じゃない」と姉の受診を拒んでいるのに、家族で最年少の僕はどうすればよかったんだ……。

カメラに収められた家族の秘密

 凄い映画が出てきた。その凄みは冒頭から現れる。正月を家族4人で祝う食卓。めでたい席にそぐわない無表情な姉の顔。スクリーンはすぐに暗転し、暗闇の中から何やら異常に興奮した叫び声が響いてくる。これはあの姉の声なのか?

「どうして家から分裂症が出なきゃなんないの?」

 ぞっとしながらも目が離せない。そのまま監督の一人語りへと入っていく。つかみとしてこれ以上のものはないだろう。一瀉千里に家族の壮絶な物語へと没入し、気が付くと1時間40分余の作品があっという間に終わっていた。

両親は医師であり研究者だった

 冒頭の音声は、両親が頑なに認めようとしなかった姉の統合失調症(かつての精神分裂病)について、弟の藤野知明監督が記録にとどめようと録音したものだ。当時はまだ大学生だったが、やがて映画界に進んでから、姉のありのままの姿とそれを隠したがる両親の撮影を始めた。不審に思われないよう家族の行事を企画しカメラを回すという形で。だから家庭内の“秘密”を映像に収めることができた。

 両親は医師であり研究者でもあった。なのに姉の理解不能な言動について「病気ではなく病気のふりをしているだけ」と不合理な説明を繰り返す。精神科医に診せるべきだと監督が訴えても受け入れず、話し合いを重ねるたびにストレスが高まっていく。監督が姉に話しかけても、両親が横から答えを先取りする場面が繰り返し出てくる。なぜ姉に答えさせないのか、観ていて非常に気になった。監督も「親がすべて先回りして答えを出すのが一番よくない」と母親に語る。

玄関の扉を鎖と南京錠で縛り付ける

 しまいに両親は玄関の扉を鎖と南京錠で縛り付ける。姉を自宅から出さないため。それこそが“異常行動”だという自覚はない。現代の「座敷牢」だ。精神科病院で繰り返し報道される虐待とも重なる。精神疾患に対する偏見と差別が象徴的に表れている。

 これほどの状況でも“暴力”がないことに救いを感じる。医療を受けさせないことも家に閉じ込めることもある種の“暴力”ではあろうが、殴る蹴るといった身体への直接の加害は一切出てこない。奇矯な行動をとりつつも暴力は振るわない姉。その病気をなかったことにする両親。そのありようにカメラを向ける監督。それぞれに「お互いへの愛」があるからこそ、ギリギリのところで家族のドラマが成り立っている。

 やがて母親は認知症になり、不審者が毎日家に忍び込むという妄想にとらわれる。不審者から守ろうと夜ごと姉の寝室に入り込む。深夜に起こされ意味不明の叫び声をあげ続ける姉。究極の修羅場で監督はひたすらカメラを回す。家族の真実を記録に残すことが、不条理を耐え忍ぶために必要だったのだろう。

なぜ娘に治療を受けさせなかったのか?

 この状況が両親の頑なな考えを変えたのか。姉はついに精神科を受診し入院する。発症から実に25年がたっていた。投薬治療を経て3か月後に退院すると……治療が合うかどうかは人によると思うが、姉は実に劇的な変化を見せた。人としての感情を表に出し、会話が成立するようになる。もちろん、その後も姉の妄想による通報で警察官が駆け付けるなど、長年にわたる症状はそう簡単に消えないことも見せつけられるが。

 映画の終盤、監督は父親に真相を追及する。なぜ姉に治療を受けさせようとしなかったのか? 答えは事実に向き合っているとは言い難い。しかし90代の父親に50代の息子が真実を知りたいと問いかける姿は終盤最大の山場だ。

 この時監督は、撮りためてきた映像を作品として公開することについても意向を尋ねた。父親もこうした息子の意図に気づいていたのか、すんなりと了解し、映画の制作が動き始める。出来上がった作品は監督の家族に限った物語ではない。困難に直面した家族を前に同じように「どうすればよかったか?」という思いを抱いている人、他人事とは思えないという人は少なくないはずだ。だからこそ、深刻なテーマにも関わらずミニシアターは公開初日からほぼ連日満席が続いている。高齢者から若いカップルまで年齢層も幅広い。

誰にでも起きうる問題として突き刺さる

 姉は昔から成績優秀で、両親と同じ医師の道を志したが医学部合格まで4回受験を重ねた。やがて在学中に症状が現れる。「病気ではなく病気のふりをしている」という両親の説明は、姉が自分たちの育て方に不満を抱いているという自覚があったからだ。にもかかわらずその後も医師国家試験を受けさせようとし続けた。そんな事情も背景にあるのではと感じたが、映画は「発症の理由」には踏み込まない。統合失調症がどういう病かにも立ち入らない。あくまで「どうすればよかったか?」。

 その痛切な問いが、誰にでも起きうる問題として僕らに突き刺さる。だから心を揺さぶられる。エンドクレジットが始まっても席を立ってはいけない。最後の最後にもうワンカット残っている。治療を受けられないまま25年を奪われた姉の人生が切ない。“ある”ことを“なかった”ことにする罪深さを痛感する。

『どうすればよかったか?』
監督・撮影・編集:藤野知明/制作・撮影・編集:淺野由美子/2024年/101分/日本/製作:動画工房ぞうしま/配給:東風/©2024動画工房ぞうしま/ポレポレ東中野、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開中

(相澤 冬樹/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)

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