トランプは拘置所で“歴代の大統領初”マグショットを撮られ…その前日に起きたこと
文春オンライン / 2025年1月9日 6時0分
イラスト 澤井 健
「週刊文春」の町山智浩さんの人気連載『言霊USA』をまとめた最新刊『 独裁者トランプへの道 』。
トランプの返り咲き再選までの400日が詳しい現地ルポとともに詳細に報告されている。
第2次トランプ政権において「政府効率化委員」「国土安全保障長官」「厚生長官」にそれぞれ指名された、ヴィヴェク・ラマスワミー、クリスティ・ノーム、RFKジュニアは一体どんな人物か? 連載時のコラムを紹介する。
◆ ◆ ◆
「私のことはもうみんな知ってるだろ」
2024年の大統領選挙に向けて、共和党から出馬を表明している候補者の最初の討論会が、8月23日に行われた。
ステージに並んだのは8人。しかしトップランナーはそこにいなかった。共和党内で50%を超える最大の支持者を集めるドナルド・トランプ前大統領は「私のことはもうみんな知ってるだろ」と討論会を欠席したのだ。
支持率で2番手につけているのはフロリダ州知事のロン・デサンティス。だが、それでも支持率はわずか16%。その他の候補者はドングリの背比べ。
討論会はこれから何度も行われ、その後の世論調査で予備選に向けて人気のない順に辞退していく「勝ち抜き戦」。通常、一番人気の候補を標的にして自分をアピールするものだが、共和党ではトランプ人気がダントツなので、トランプを批判すると支持率が下がってしまう。
でも、下手にトランプを褒めると本選で勝てなくなる。アメリカ全体ではトランプの支持率はそう高くはないから。なにしろジョージア州の選挙管理委員会に対する恐喝罪をはじめ4度刑事起訴されている前大統領なのだ。
トランプの副大統領だったペンスも出馬しており、討論会の司会者は「選挙でトランプの敗北を認定したペンスは間違ってないと思いますか?」と質問。さすがにほとんどがYESと回答。そりゃペンスは憲法に従っただけだから。でも、それで彼は議会に乱入したトランプ支持者にリンチされそうになった。
トランプのジョージア州の州務長官に対する恐喝は電話の音声がしっかり残っているので有罪確実と言われている。「もしトランプが有罪になって、それでも共和党の大統領候補になったら、彼に投票しますか?」と司会者が質問した。
「トランプは21世紀で最高の大統領だ」
「はい!」と真っ先に手を上げたのは、「トランプは21世紀で最高の大統領だ」と公言するヴィヴェク・ラマスワミーだけ。でも、他の候補も会場(みんな共和党員)を見まわしてから、おずおずと手を上げた。「トランプはアメリカ一嫌われた大統領」とまで言っていたニッキー・ヘイリー元国連大使と、ありゃ、なんと殺されそうになったペンスまで! いったん上げた手を下ろしたクリス・クリスティ前ニュージャージー州知事には会場からブーイングが浴びせられた。これじゃ、トランプが勝つんだろうなあ。
そこにいないトランプにびくびくしながらの討論会で、候補者たちは38歳で政治的経験ゼロの実業家ラマスワミーをスケープゴートにした。
ラマスワミーの両親はインド移民。オハイオ州に生まれ、ハーバード大学で生物学を学び、イエール大学の法科大学院を出た優等生。イエール在学中からヘッジファンド投資家として働き、数百万ドルを稼いでいたラマスワミーは、2014年にバイオテクノロジー会社を設立し、2023年の資産は、ビジネス誌フォーブスの推定によると6億3000万ドル。
ラマスワミーの名前を世間が知ったのは『Woke, Inc』を出版した2021年。多様性やエコロジーに“Wokeした(目覚めた)”企業の偽善を暴くノンフィクションで、Black Lives Matter(黒人の命も大事)運動を支援しながら、アジアの労働者を搾取してスニーカーを作っているナイキや、フロリダでデサンティス州知事の「ゲイと言わないで州法」に反対しながら、ゲイを抑圧する中国でビジネスするディズニーなどをネチネチと批判し、右翼のスターになった。
討論会でトランプ主義者のラマスワミーは「何もかも大統領の責任ではない」と言って、前副大統領のペンスから説教された。
「ヴィヴェク君。君は知らないだろうが、私はずっとホワイトハウスで働いていたんだがね、大統領は国が直面するあらゆる問題に責任があるんだよ」
どっちも大富豪
次にラマスワミーが「ウクライナをロシアから守るのをやめよう」と言うと、元国連大使のニッキー・ヘイリーが「あなたは親米国家より殺人者を選ぶんですか。あなたは外交政策について何も知らないんですね」と鼻で笑った。
ラマスワミーが「僕のことをテレビで観ている人は、『あのやせっぽちのヘンテコな名前の男は誰なんだ?』と思ってるでしょうね」と言うとクリス・クリスティが噛みついた。
「それはオバマ元大統領が演説で言ったことのパクリだ! こんな、ChatGPTみたいな発言ばかりの男の話はもうたくさんだ!」
ChatGPTは、ネット上のデータを集めて作文をデッチ上げるAIサービス。
そしてラマスワミーが「気候変動はデマです」と言うと、会場からもブーイング。かつて共和党は党を挙げて気候変動を否定していたが、さすがに夏になると40度以上の猛暑で人が死に、冬には常夏のフロリダやテキサスに雪が降って凍死者まで出る今では嫌でも認めざるを得なくなったか。
サンドバッグになったラマスワミーだが、討論会後の世論調査では支持率がぐんと上昇。思えばトランプも2015年に共和党の予備選に初めて登場した時は、ラマスワミーみたいに共和党の候補者たちから「政治家じゃないだろ」と袋叩きにされたが、得意の毒舌で片っ端から返り討ちにして指名を勝ち取った。どっちも大富豪だし。
さて、そのトランプは翌日、ジョージア州の拘置所に出頭して逮捕され、20万ドル払って保釈された。拘置所では歴代の大統領で初めてマグショットを撮られた。前科10犯のヤクザみたいな目つきでカメラをにらんでいる。受刑者番号はP01135809。
(まちやまともひろ 1962年生まれ。映画評論家。米カリフォルニア州バークレー在住。BS朝日「町山智浩のアメリカの今を知るTV In Association With CNN」は毎週木曜日22時30分〜放送中。当連載2021年夏からの1年分をまとめた単行本『アメリカがカルトに乗っ取られた!』(小社刊)が発売中!)
〈 「冷血!」「人でなし!」「副大統領候補の目はないな」…トランプ側近に大ブーイングが起きた“意外なワケ” 〉へ続く
(町山 智浩/週刊文春 2023年9月14日号)
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