1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 社会

「住民票は市役所が抹消している」現金3400万円を遺して孤独死した女性の“謎多き過去”…記者がつきとめた“驚きの新事実”――2024年読まれた記事

文春オンライン / 2025年1月5日 11時0分

「住民票は市役所が抹消している」現金3400万円を遺して孤独死した女性の“謎多き過去”…記者がつきとめた“驚きの新事実”――2024年読まれた記事

写真はイメージです ©iStock.com

2024年、文春オンラインで反響の大きかった記事を発表します。事件部門の第3位は、こちら!(初公開日 2024/01/02)。

*  *  *

 2020年4月、兵庫県尼崎市のとあるアパートで、室内の金庫に3400万円を残して孤独死した「タナカチヅコ」さん。住所も名前もわからない身元不明の死者「行旅死亡人」として官報に掲載されていた彼女は、いったい何者なのか?

 ここでは、取材をした共同通信記者、武田惇志さんと伊藤亜衣さんの共著『 ある行旅死亡人の物語 』(毎日新聞出版)より、一部を抜粋して紹介する。(全2回の2回目/ 1回目 に続く)

◆◆◆

メモを取る手が追いつかない

 パソコン画面越しの太田弁護士はマスクのせいで素顔が見えなかったものの、関西弁の心地いいイントネーションもあってか、親しみやすそうな雰囲気を感じた。少なくとも、マスコミ相手にネタを誇張して自分の名を売り込もうとするような人物ではなさそうだ。

 通り一遍のあいさつを交した後、私はすぐに本題に入ろうとしたが、「自分は現在、家庭裁判所の指揮下で動いているから、記事にする際は相談してほしい」と最初に釘を刺された。それぐらいの条件で済むなら当然、吞むべきだろう。承諾し、太田弁護士が口を開くのを待った。

「タナカさんはね、官報に出ていた錦江荘っていうアパートに長いこと住んどるんですよ。どのくらいかというと、昭和57年(1982年)3月からですから」

「かれこれ、40年ぐらいですかね」

「ええ。せやのに、住民票がなくなってて。名前と住所が書いてある年金手帳は自宅から見つかったんですが……」

 年金手帳には氏名が「田中千津子」とあり、「昭和20年(1945年)9月17日生まれ」

 となっていた。

労災事故、広島、沖宗、3人姉妹…次々に開陳される事実

 田中さんがおよそ40年も同じ住居に住んでいたというのは、転勤族の記者からすると驚きである。アパートは名前からして古めかしいし、長い老後を暮らすのに居心地が良いとは思えない。あれだけの大金があれば引っ越し先だって容易に見つかるはずだ。それに、住民票がなくなっているとはどういうことだろう。疑問が次々と浮かんだが、まずは一番気になっている右手指の欠損について尋ねた。

「労災事故で右手指を失くされたんです。ただ、治療した病院でカルテがあったのもわかっているのに、本籍地がわからないから、死亡届が出せないんですよ。だから氏名不詳になっているというわけで。

 40年近く同じところに1人で住んでいて、最後は亡くなっている。ようけ金庫の中に現金入れて、ですよ。でも、どこの誰だかわからない。

 こちらで調べると、広島のご出身かもしれないんですね。部屋の片付けを丁寧にしたら、印鑑が出てきまして。それが、『沖宗』という印鑑。オキムネと読むと思うんですけど、たぶん旧姓じゃないかなって。すごく珍しい名字で、全国にも何人かしかいないんですよ。ネットで調べたら、広島に多い名字だということでした。

 警察もそのへんは調べたらしいんですよ。労災事故で治療した病院のカルテで、医者だか看護師だかと話したメモが出てきて、その中にも『自分は広島出身で、3人姉妹』やと話していたそうです」

 次第にメモを取る手が追いつかなくなってきた。労災事故、広島、沖宗、3人姉妹……。

 次々に開陳される事実をメモするのに手いっぱいで、口を挟む余裕もなかった。

大家も姿を見たことがない男の存在

「錦江荘に入居した、昭和57年(1982年)当時の賃貸借契約書も残っていて、それにはタナカリュウジ、『田中竜次』(仮名)さんという名前で契約しているんです。錦江荘の住所に、借り主としてです。勤務先も書いてあるんですが、今はなくなっていて、たどり着けない。住民票もなくて、田中竜次さんがいつ死んだのかもわからない。

 それにね、錦江荘の大家が93歳の女性で、アパートの1階で暮らしておられるんですが、何十年も前から、田中千津子さんはお一人で暮らしていたと言っているんですよ。『竜次さんなんて、おらんで』って。ずっと1人だと。

 家賃は毎月、手渡ししていたそうなんですが、竜次さんなんて見たことないと言うんですね。契約した昭和57年当時は、大家さんのご主人がご健在でいらしたから、『主人が契約したときには、竜次さんっておったんかなあ』と首をかしげている。なんでこんなことになるのか、僕も非常に疑問です」

 だんだん不気味な話になってきた。

 田中千津子さんがアパートに入居した40年前には、夫かどうかは不明ではあるが、とにかく男性がいたようである。それにもかかわらず、すぐ下の階に住んでいる現在の大家は男性の姿を見たことがないというのだ。そんなことはありえるのだろうか。

部屋に残っていた労災申請の書類から病院を辿ると…

「身元なんですけど、労災事故の線からはたどれなかったんですかね?」

「製缶工場でアルバイトしていて、このときに指詰めの事故に遭われたのはわかっているんですけどね。この会社ももう、廃業していて存在していないんです。住所地は更地になっていました。地主でもあった経営者も、登記簿上の住所にはいらっしゃらなくて、尋ねあたらへんのです」

「そもそも労災に遭ったのはどうしてわかったんです?」

「平成6年(1994年)の4月に、指が機械に挟まれたという労災申請の書類が部屋に残っていたんです。

 それで、刑事さんも労災病院へ電話をかけてくれてて、さっきのカルテの話が出てきたそうなんです。『23歳まで広島にいた』との話もあったそうで。そこまでわかってんのに、たどり着かへんのですよ。どこの誰だかわからない。本籍地がわからない。それになんで住民票がないんか、変やないか。だって、労災の保険金だけで1000万単位のお金が出るはずでしょう。変でしょ、住民票さえあったら毎年もらえんのに」

 確かに、奇怪きわまりない話である。

 太田弁護士も話しながら、あらためて不思議さを嚙みしめているようだった。

住民票は「職権消除」されていた

「それも、自分から労災を断ったんです。平成9年(1997年)から、自分からいらんって、手続きしなかったんですよ。

 でも、たとえ世の中との関わりを絶ったとしても、誰でも病気にもなりますやん。それで、警察はかかりつけの医者や歯科医を探して、大阪の歯医者に通っていたというところまではつかんだ。その大阪の歯医者っていうのが、保険証なしで治療を受けられる特殊な歯医者さんでしてね。一回、何十万円もかかるんですよ。健康保険証がない人専用の歯医者です。田中さんは、医者に行っても保険証がないわけです。

 それで歯の治療を受けたとこまではわかったんですが、本籍地がわからないと身元は特定できないんですよね。現在は、国民総背番号制になりかけているだけなので、本籍地と名前と生年月日が必要なんです。

 生年月日も氏名もわかっていてね……住民票さえあれば紐付くんですが、なんらかの事情で平成7年に抹消している。ショッケンショージョしているんです、尼崎市役所いわくね」

市役所の中にあるデータは職員さえも閲覧できず

 ショッケンショージョとは聞き慣れない熟語だった。尋ねると、「職権消除」と書き、役所が自ら、職権で住民票を削除することだという。実態調査で住民票上の住所に住んでいないことが判明した場合などに、実行されるケースが多い。

「たとえそうでも、住民票の除票ってあるやないですか。引っ越しをして住民票が消除されたら、除票になりますよね。だけど、除票も保存期間を過ぎるとなくなってしまう。

 それでも市役所のデータの中にはあるはずなんですが、市民課じゃ見られなくなっているそうです。田中さんの住民票が職権消除された経緯についても、職員が閲覧できなくなっている。

 とにかく、労災の障害年金を断って、何をして暮らしていたのかわからへん。そんな状況の中、3400万ぐらいの現金を、見えるところにあった金庫に入れて、くも膜下出血で亡くなってね。死後2週間ぐらい経った状態で、大家さんが部屋に入ったら亡くなっていたのがわかったんですよ。でも、そこまでだったらまあ、ない話じゃないでしょう」

 ここまででも十分珍しい話だと思うが、まだ本題が先にあることがわかって、目眩がした。

 話の行き着く先が全く見えず、彼の語りにただただ、身を任せた。

探偵を入れて聞き込みをしたが…

「警察が部屋に入って、身元を特定できる書類がない。でも、ただ本籍さえわかればいいんです。たとえ1人で亡くなっても、携帯電話や電話帳(住所録)に同じ名字の人物が記載されていれば連絡して、普通はたどり着ける。しかし、この方はそうしたものが一切ない。

 普通、近くのスーパーとか行ったらレシートが出るし、領収書ももらいますやん。それもほとんどない。郵便も全然、残ってない。誰かが捨てたんちゃうかな、なんて。とにかく普通じゃない。何にもない。本人が捨てる意味がわからんし。あえてわからんように暮らしていたとしか……何が何だか全然わからない。40年ぐらい住んでて、下の階のおばあちゃんも全然素性を知らない。指がないことさえも知らなかったんですよ。

 右手の指が全部なかったら、お財布からお金出せないでしょう? 『気がつくんちゃいますか?』と大家に聞くと、『いつも封筒の中に、きっちりの金額を入れて渡してきた。一度、水道代が足らへんときに、その場で財布でも出せばいいのに、また部屋まで帰って、きちっと持って戻ってきた』と言うんです。

 近所の買い物についても、探偵を入れて聞き込みをしたんです。とにかく、誰か1人でいいんですよ。1人、親族の連絡先さえわかれば、あとはわかるんで。それさえわかればいいと思って、探偵を入れて聞き込みをしてもらったんですが……誰も知らない。

 普通じゃないぐらい、どこの誰だかわからん。警察もこんな例はないと言っていましてね。経験がない、と。変死事案でも、1人暮らしの人が亡くなるのは珍しくないが、ここまでわからんことはないという。

手がかりが全く出てこない奇妙さ

 もちろん、たまにはそういう方もいてるんですけどね。この人の場合は、お金を持ちすぎてる。年金手帳はあるけどもらってない。住民票ないんだもんね。

 一体、田中千津子って誰やねんと。さすがにこんな話、ないやろと思いませんか。

 3人姉妹っていう話もありますから、あと2人、きょうだいがいたとして、相続人がいるはず。僕の仕事は、財産が国庫に帰属するまでなんです。もし姪や甥が出てきたら相続人になってもらえるけど、もう国庫に帰属してしまったら取り返しつかへん。それで、もし後で彼らが出てきたときに『こんだけ頑張って調べましたので』と言えるように、探偵まで入れて調査したんですよ。裁判所は『警察が調べてるんだから、探偵なんかでわかるかい』という感じでしたが。普通に考えたら、年賀状とか何かあるんですよ。それで親族がわかって連絡取れたら、いけることがほとんどなんで。

 僕が相続財産管理人に選任されたのは、今年の2月15日です。もし3カ月前に選任されていたら、郵便転送をかけて年賀状からわかったかもしれないのに、とも思います。年賀状が来てたら、の話ですけど。とにかく、それぐらい悔しく思う気持ちで仕事を始めましたが、全然わからずで。手がかりが出てこないどころか、異様な感じがします。なんで労災保険を断ったり、年金を受け取らへんかったりしたんやろう。

 最近の自分の写真もない。携帯電話もない。留守電機能もない、古いプッシュ式の電話が1台あるだけで。それの請求書みたいなんは何枚か見つけましたが、生きてる間は全然、電話かけてなかった。1500円ぐらいの基本料を払い続けてるだけでした。普通の電話機やったら電話帳の機能があって、リダイヤルできるんだけど、その人のは古いプッシュ電話だからそれもできへんし。確認で電話局に履歴開示を求めても基本料しかなかったから、電話かけたことないんやなと思う。どこかから電話を受けていたのかどうかはわからないけど……それにね」

 太田弁護士は言葉を切り、何か銀色のアクセサリーのようなものを取り出して画面に映した。星形のマークが付いたペンダントだった。

(武田 惇志,伊藤 亜衣/Webオリジナル(外部転載))

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください