「利用者はカネの成る木」「この人は認知症だから大丈夫」介護業界の“負のスパイラル”が引き起こした過酷すぎる「現場のリアル」
文春オンライン / 2025年1月5日 8時0分
©AFLO
2025年は590万人の団塊世代が75歳以上の後期高齢者となる。そのようななか、特に東京を中心とした関東圏、関西圏、愛知県や北海道など人口が集中する都市での介護人材の不足が目立っている。厚生労働省は24年7月、26年度に介護職が全国で約25万人不足するとの推計を発表した。
介護人材の不足は、あらゆる場面で社会問題を引き起こしている。
厚労省の「国民生活基礎調査」によると、同居して介護を行う世帯のうち、高齢者同士の「老老介護」の割合は、63.5%(22年調査)にも上っている。介護職員の高齢化も進み、訪問介護員においては約3割が、60歳以上だ。既に高齢者が高齢者を介護する時代が訪れているのだ。
「介護離職」の数も増え、22年では10万6000人というデータもある。特に働き盛りの50代以上が看護や介護のために仕事を辞めざるを得ない状況が目立っており、事態は深刻だ。
「うちの社長は、利用者をカネの成る木だと言ってました」
当然、介護の現場にも異変は起きている。介護労働安定センターの「介護労働実態調査」(23年度)によると、介護人材の不足により「利用者の受け入れ抑制」「各職員の時間当たりの業務負担の重さ・余裕のなさ」「介護の質の低下」などの影響が出てきているというのだ。
大阪市浪速区。「ドヤ」と呼ばれる日雇い労働者向けの簡易宿泊施設が建ち並ぶ街の外れに、古びた九階建ての集合住宅が建つ。その一室に、訪問介護と訪問看護を行う民間の介護事業所がある。同社の元職員はこう話す。
「うちの社長は、利用者をカネの成る木だと言ってました」
なぜカネの成る木なのか。元職員によれば、寝たきりの高齢者にろくな介護をせず、日常的に「訪問記録」に虚偽の内容を記載し、やってもいない介護をやったことにして介護保険を不正請求しているからだと話した。
詳細は拙著『実録ルポ 介護の裏』(文春新書)にも記しているが、こうした不正請求事件の報道は今でも後を絶たない。なぜかと言えば、複雑な介護制度や、国や行政の管理体制の不備などのために、介護事業者が利益を上げにくい構造が出来上がっているからだ。だからと言って不正に手を染める行為は問題外だが、国や行政は現状に対して手をこまねいている。前出の元職員はこう話す。
「市が定期的に施設の実地指導をしていますが、記載漏れがないかなど書類をチェックする程度。書類だけで不正を見つけることなど不可能です。しかも、実地指導の日程が数カ月前に市から予告されるため、それまでに書類の改竄(かいざん)もできます。実際に会社は予告があると、書類の辻褄合わせをしたり、実態と異なる書類を作成していました」
行政の担当者は私の取材に対して、「内部告発でもないと不正を見つけるのは難しい」と吐露し、「他の自治体でも概ね同じだろう」と語った。
転倒した入居者を「この人は認知症だから大丈夫」と…
一方、サービスの質の低下も懸念される。関東郊外で働く女性の介護士は、こんな証言をした。
「入浴介助の際、クレームを言えない方や認知症の方などに、1枚のタオルを3人に使いまわしていたこともありました」
「夜中に入居者さんが部屋の外を歩いていて、エレベーターホールで転倒してしまい、腕が変な方向に曲がってしまった。救急車を呼びましょうと古株の介護士に言うと、『この人は認知症だから大丈夫』と言うんです。本人は忘れるから、室内で勝手に転倒したことにすれば大丈夫だと」
これらの例は氷山の一角に過ぎない。事業者が「人手が足りないから余計な仕事を増やすな」「面倒を起こすな」と、過剰なまでの経費削減を職員に徹底させる結果、虐待が日常化しているのだ。
政府も対策を進めている。
24年6月に閣議決定された「規制改革実施計画」の中に、介護職の業務範囲についての記述がある。これまで医師や看護師、薬剤師が行っていた専門的な知識・技術を必要としない行為を明確化し、介護職員が代わりに行う「タスクシフト」ができるようになれば、ケアが円滑になるのではないかという主旨の議論が交わされてきたのだ。PTPシート(錠剤やカプセルが包装されたもの)からの薬剤の取り出し、お薬カレンダーへの配薬等の行為など、医行為でない範囲を明確化する議論が続けられており、25年までに結論を出すとしている。
介護職員の待遇面についても、政府は25年度に2パーセントのベースアップを目指している。同年度からは訪問介護の現場で外国人労働者の受け入れを拡大する方向だ。
40年度には約57万人という途方もない数の介護職が足りなくなると推計
だが、これら政府の対策には、いくつかの不安材料も見える。
医療と介護のタスクシフトが実施されれば、円滑なケアというメリットが期待できる一方で、介護職員の更なる業務負担にならないだろうか。物価が上昇する中で介護職員のベースアップは十分といえるのか。訪問介護の現場に外国人労働者が増えると、サービスの質が担保できるのかなど、不安や疑問は挙げればきりがない。
いずれにしても、25年も介護を巡る環境は危機的な状況から脱することはできない。最新のデータでは、40年度には約57万人という途方もない数の介護職が足りなくなると推計されていることからも、このままでは高齢者の介護が立ち行かなくなるのは誰の目にも明らかだ。
介護事業者の経営難が不十分な職場環境や待遇を生み、さらなる人材不足を招く。少ない人手で現場を回そうとすると、サービスの質が低下して利用者が被害をこうむる――。介護業界は負のスパイラルに陥っている。
◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『 文藝春秋オピニオン 2025年の論点100 』に掲載されています。
(甚野 博則/ノンフィクション出版)
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