増える中国移民を結びつける“バーチャル・チャイナ”とは…愛国心が強いはずの中国人が祖国を捨てる「不穏な理由」
文春オンライン / 2025年1月2日 11時0分
上海 ©AFLO
中国経済の失速が報じられるようになって久しいが、公式統計をみると、中国経済は今も順調に成長しているように見える。中国の公式メディアは「問題はあるが、総じていえば、中国経済は依然安定して成長している」と主張している。
しかし、中国の人流をみると、明らかに異変が起きている。2023年、コロナ禍が終息し、海外旅行が徐々に自由化された。それを受けて、中国の富裕層と中間所得層の人々が大挙して海外へ移住しているのだ。
普通、経済が順調に成長している国であれば、その国民は大挙して海外へ移住しないはずである。さらに言えば、習近平政権は強国復権を呼び掛け、学校教育のなかで愛国教育を強化している。
国を愛する中国人はなぜ、祖国を捨てて海外へ移住しているのだろうか。
中国では、コロナ禍の3年で400万社の中小零細企業が倒産
コロナ禍は人類史上最悪の災難だった。しかし同時に、その災難にどう対処したかによって、その国の政府の統治能力を浮き彫りにした出来事だったとも言える。コロナ禍への初動対応について、多くの国の政府はウィルスに関する情報不足からパニックに陥り、感染の拡大を食い止められなかった。一方、中国政府は即座に厳しい行動制限や強制隔離措置をとり、感染の拡大を防いだとして世界から称賛された。
時間の経過と共にウィルスの毒性は弱くなり、ワクチンと治療薬も開発され、多くの国ではコロナ禍以前の生活が戻ってきた。そのなかで唯一中国政府は、隔離措置を弱めるどころか、大都市を中心にロックダウンを続けた。もっとも愚かだったのは飲食店などのライフラインも停止したことだ。
結果的に中国では、コロナ禍の3年で400万社の中小零細企業が倒産したといわれている。どの国も同じだが、中小企業はもっとも雇用に寄与するセクターである。これだけの中小零細企業がつぶれた結果、若者の失業率が大きく上昇することとなった。2024年に入っても、景気は一向に改善されない。同年6月に大学・大学院を卒業した学生で、内定を得たのは5割未満だった。
コロナ禍のもう一つの後遺症は、長らく続いてきた不動産バブルの崩壊である。景気の悪化によりマンションが売れなくなり、デベロッパーの多くは債務超過に陥った。若者失業率の上昇を受けて、一般家計は生活防衛に走っている。消費低迷が長期化し、マンションはますます売れなくなっている。不動産不況は予想以上に長期化する様相を呈しているのだ。
コロナ禍の後遺症が続くなか、北京大学の張維迎教授(経済学)は、「今の中国で生活に満足している人を探しても、なかなか見つからない」と述べている。
冒頭でも紹介した海外移住の詳細について触れていこう。
中国の“勝ち組”である超富裕層は、コロナ禍以前から多くの財産を中国国外に置いていた。彼らはアメリカなどの国の永住権を所持しており、いつでも出国できる準備は整っているが、ビジネスの基盤は中国にあるため、夫は中国国内、他の家族は海外という別居体制が一般的だった。だが、コロナ禍を機に中国の将来に希望が持てなくなり、一家で祖国を離れる決心をしたのだろう。
「アメリカへの不法入国者が道中で命を落とす確率は1%ぐらい」
超富裕層ではないが、比較的裕福な知識人は、早い段階でマンションなどの投資物件を売却。正規のビザを取得して、アメリカなどの国へ移住するパターンが多い。
マスコミで頻繁に報道されているのは、中の下に位置する所得層の人々のアメリカへの不法入国だ。彼らの多くは大学こそ卒業しているが、資産はそれほど所有していない。正規ビザを取得できないため、命懸けで不法入国を試みることになる。中国パスポート保持者にビザが免除されている中南米の国々を経由して、アメリカへと渡ろうとするのだ。現地の斡旋組織スネークヘッドの話によると、アメリカへの不法入国者が道中で命を落とす確率は1%ぐらいだという。
なぜ危険を冒してでも、海外移住を目指すのか。彼らは普段からスマホにVPN(仮想専用線)をインストールしており、海外のウェブサイトを閲覧している。そのうちに中国政府のマインドコントロールから解かれ、より自由な生活を手に入れようと考えて、中国を離れることを決心するのだ。
中華街から「バーチャル・チャイナ」へ
最も注目すべきは、中国の富裕層とエリート層が国外へと脱出した結果、今までになかった“ある集団”が形成され始めていることだ。
かつての中国移民は、それぞれの国にある中華街に入り込み、外部とコミュニケーションをとることはほとんどなかった。ところが現在の中国移民は、それぞれの国のメインストリームの社交界まで入り込む。それだけではなく、インターネットのネットワークによって世界中にちらばる仲間と結ばれ、「バーチャル・チャイナ」とも言うべき新たな社会を構築している。
このバーチャル・チャイナのパワーを決して過小評価してはいけない。今後、中国本土の景気がさらに落ち込めば、バーチャル・チャイナの存在感が相対的に強まる可能性が高いからだ。
海外移住する中国人のなかには、日本に来る者も一定数いるが、彼らによって新しいスタイルの中国語書店が開業されているのを目にする。中国国内で発禁処分になった本が手に入るだけでなく、定期的にサイン会やセミナーなどが開かれている。こうした知識と情報がネットワークを通じてさらに広がっていく。
独裁政治にめげない中国人のレジリエンス(強靱性)は「新たな中国」を創り出そうとしている。日本にとって、その新しい中国との接点がすでにできているのは、何よりのことである。
◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『 文藝春秋オピニオン 2025年の論点100 』に掲載されています。
(柯 隆/ノンフィクション出版)
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