「能登半島地震」で「阪神・淡路」の教訓が活かされなかった残念な理由 現場はボランティアに「長期間来てほしい」と言うが…
文春オンライン / 2025年1月17日 6時10分
自動車が通る通路も完全にふさがれてしまった(輪島市)
24年1月1日には能登半島地震が起きた。同年8月8日には「南海トラフ地震臨時情報」が発表された。これらに「阪神」の教訓は活かされたのか。災害が多発する時代だけに、備えの必要性はますます高まっている。明日は我が身だ。
「阪神」の被害で特徴的だったのは倒壊棟数の多さだ。兵庫県のまとめでは、同県内で53万8767棟の住家が損壊し、うち10万4004棟が全壊だった。
「能登」でも倒壊戸数の多さが際立っていた。石川県の発表によると(24年9月17日時点)、同県内の住家損壊は8万5594棟、うち全壊は6046 棟に及ぶ。被害が特に酷かった同県輪島市では損壊した住家の22%が全壊だった。
同市で取材すると、「この20年ほどに建てられた家は大丈夫だったが、あとは軒並みやられた」と話す人が多い。地元の大工らが指摘するのはベタ基礎の強さだ。地面を掘って鉄筋入りのコンクリートを構築し、その上に一体化させるようにして住家を建てる工法である。
「古くからの家を大切にして住んではいけないのか」という声も
現在の耐震基準は宮城県沖地震(1978年)を機に81年に改定された。「新耐震基準」といい、震度6強から7でも倒壊しないことが目安にされた。その後の「阪神」を受けて、木造住宅でも地盤調査が義務づけられるなどした。ベタ基礎が増えた理由と見られる。「阪神」の教訓は確かに功を奏したと言える。
だが、全壊が多かった地区で目立つのは、障子を取り外すと大広間にできる家の倒壊だ。冠婚葬祭で寄り合える昔ながらの家が今回の揺れには弱かった。当然、新耐震基準は満たしていない。新築家屋の耐震は強化されても、人々が実際に住んでいる家は壊滅的な被害に遭ったのだ。
「古くからの家を大切にして住んではいけないのか。そもそも能登半島では若い人が流出し、家を建て直す財力がない高齢者ばかりの地区が多くあります。安くて簡単に耐震力を上げる工夫こそ必要ではなかったか」と話す元自治会長がいた。
この元自治会長は、明治から昭和にかけての建築が連なる通りに住んでいる。約60軒のうち55軒が倒壊したが、自宅は半壊で済んだ。秘密は合板だ。「壁に張るだけで強度が違います。ホームセンターで買えるし、自分でも作業ができます。近くでは同じように合板を壁に張った家がもう1軒助かりました」と言う。
全国には合板による耐震力強化策を紹介している自治体もある。元自治会長は森林組合の役員をしていて詳しかったが、大災害が相次いでいるだけに、他にも安くて簡単に防災力を高められる方法を真剣に広報していく時代になっている。
「能登」では多くの家が潰れたことで“想定外”の問題も浮き彫りになった。「阪神」ではなかったことだ。倒壊家屋に人が閉じ込められているのに津波が押し寄せる。道路に倒れた家を乗り越えて避難する途中で津波に襲われる。これら被害の実態は今も明らかになっていない。
軒並み住家が倒壊した石川県珠洲(すず)市の宝立町(ほうりゆうまち)。70代の男性は「毎年、避難訓練に参加してきました。ただ、潰れた家の屋根を乗り越えて逃げる訓練まではしていませんでした。ところが、実際には倒れた住宅が道路に立ちふさがり、見上げる高さに足がすくみました」と津波に呑まれた自宅を前に話していた。
「能登」ではボランティアに「来るな」という呼び掛けがなされた
南海トラフ地震で甚大な被害が見込まれる高知県では、揺れで8万棟、地震火災で5500棟、液状化で1100棟、急傾斜地の崩壊で710棟の建物が被災すると想定されている。そうした地区に高さが最大34mの津波が押し寄せ、6万6000棟が損壊する恐れがあるという。気軽に考えていては逃げられない。
「阪神」は従来の災害対策を一変させたと言われる。しかし、それだけを教訓にしていては対処できなくなった。こうした問題は様々な分野で発生している。
例えばボランティア。「阪神」では多くの人が被災地支援に駆けつけ、「ボランティア元年」と呼ばれた。一方、「能登」ではボランティアに「来るな」という呼び掛けがなされた。道路の損壊が激しいうえ、水も便所も寝る場所もない。「足手まといになる」とされたのだ。
ただ、避難所などでは人手も食料も足りず、「決死隊で来てくれたボランティアに救われた」と多くの人が話していた。これをどう考えればいいのだろう。
災害ではボランティアが不可欠な存在だ。核家族化や高齢化が進んだ地区だと、被災者が自力で片づけることさえ難しい。だが、ボランティアは参加する人の善意に拠っている。しかも、集まる人数は被害の深刻さではなく、メディアの報道量に比例するのが通常だ。復旧の歩みが遅い輪島市では、ボランティアの受け入れを行っている社会福祉協議会の担当者が「長期間来てほしい」と訴えている。遠隔地への避難者が多く、ニーズの掘り起こしが進まないのだ。なのにメディアの報道は減った。世の関心も薄れている。
被災地への支援はどうあるべきか、「元年」から30年が経過して、ボランティアのあり方も見直す時期になっているのかもしれない。
147人が認定された「関連死」という悲劇
また、「能登」では災害関連死が多かった。圧死や焼死、水死など、地震による直接死は免れても、避難所の環境悪化などで亡くなる人が続出した。
関連死の考え方が生まれたのは「阪神」だ。921人(全死者数6434人の14.3%)が認定された。石川県では24年9月17日時点で147人(同374人の39.3%)。既に3倍近い割合になっており、避難生活の過酷さが透けて見える。悲しいことながら、「阪神」でなされた問題提起は今もまだ解決されていない。
被災地には目を背けたくなるような現実がある。「暗い話は聞きたくない」と耳をふさぐ人は多い。だが、知って備えなければ、いつかは降りかかる。「明日も他人事」が続くとは限らない。
◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『 文藝春秋オピニオン 2025年の論点100 』に掲載されています。
(葉上 太郎/ノンフィクション出版)
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