「光る君へ」にはまったファンにもお薦め…平安から近代まで活況を呈する時代小説
文春オンライン / 2024年12月23日 6時0分
大矢博子(おおや・ひろこ) 1964年、大分県生まれ。書評家、ライター。著書に『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』、『読み出したら止まらない! 女子ミステリー マストリード100』などがある。小説雑誌で連載を持つほか、CBCラジオにブックナビゲーターとして出演中。読書会の主催や翻訳ミステリの講座、大学での書評ワークショップなど、名古屋を拠点に活動している。
大矢博子の2024年歴史時代小説収穫10冊
『のち更に咲く』澤田瞳子(新潮社)
『 海を破る者』今村翔吾(文藝春秋)
『播磨国妖綺譚 伊佐々王の記』上田早里(文藝春秋)
『佐渡絢爛』赤神諒(徳間書店)
『きらん風月』永井紗耶子(講談社)
『月のうらがわ』麻宮好(祥伝社)
『惣十郎浮世始末』木内昇(中央公論新社)
『万両役者の扇』蝉谷めぐ実(新潮社)
『帝国妖人伝』伊吹亜門(小学館)
『檜垣澤家の炎上』永嶋恵美(新潮文庫)
※文章登場順
◆◆◆
平安から近代まで活況を呈する時代小説
時代順に行こう。まずは平安時代から澤田瞳子『のち更に咲く』を。藤原道長邸で働く下臈女房の目を通して当時のさまざまな女性たちの姿が描かれる。道長の嫡妻である倫子をはじめ、紫式部や和泉式部といった実在の人物から、下働きや盗賊に至るまで、自らの力で人生を切り開くことができなかった当時の女性たちの戦いと矜持が浮かび上がるのだ。
同時に、盗賊の正体を巡る時代ミステリーとしても秀逸。『源氏物語』とのつながりもあり、大河ドラマ『光る君へ』のファンには特にお薦めだ。
鎌倉時代からは、元寇を描いた今村翔吾『海を破る者』を挙げる。伊予の河野家を継いだ河野通有は弘安の役で〈河野の後築地〉と呼ばれる活躍を見せたが、彼のそばには人買いから買い受けたふたりの異国人がいた、という設定だ。
ここに描かれるのは、人が自分と異なるものを排除しようとする意識と、それが生み出す悲劇である。人と人を分断するものは何なのか。大きなテーマを孕んだ渾身の一作だ。
室町時代からは上田早夕里『播磨国妖綺譚 伊佐々王の記』を。播磨に暮らす法師陰陽師の兄弟がもののけと戦うシリーズ第二弾だが、陰陽師といえば平安京というイメージを覆す設定がまず興味深い。さらに地方の庶民たちの暮らしが描かれるのも本シリーズの特徴だ。この第二弾では特に、播磨や備中という舞台ならではの当時の産業に焦点が当たる。産業の発展が自然を壊していく、それまでの生活を脅かしていくという過程をこんな視点から描いた小説は初めてではないだろうか。
続いて江戸時代から五冊。歴史に材をとったものとして、まずは赤神諒『佐渡絢爛』。往年の産出量に翳りを見せ始めた佐渡金銀山を舞台に、落盤事故の謎や殺し、盗みといった事件を佐渡奉行の広間役が解き明かす。フィクションであるミステリー部分と当時の金銀山に絡む史実の融合のさせ方が見事だ。殺しや盗みの背景にあったものが、金銀山の問題とその後の展開に鮮やかにつながる。だからこの人物を配置したのかと膝を打った。
永井紗耶子『きらん風月』は、「尼子十勇士」の物語でも知られる戯作者・栗杖亭鬼卵とカタブツの元老中・松平定信の出会いを通して、政道に振り回される庶民の様子を描いている。生まれる場所も仕える主も選べない中で庶民は何にすがり、どう生きればいいのか。そんなときに糧になるのが学問であり芸術芸能なのだと鬼卵は説く。
時代ものからはまず麻宮好『月のうらがわ』を。母を亡くし、父と弟と三人で長家に暮らす十三歳の綾が、長屋の人々との交流を通して少しずつ大人になっていく様子を描く。父を支え、弟を育てるという大人の役割を与えられる一方、自分をもっと見てほしいという悲鳴のような子どもの心。そのせめぎ合いの描写が見事だ。醜いものや嫌なことは多々あっても、希望や救いも必ずあるのだと励ましてくれる一冊。
やっぱり上手いなあと思ったのが、木内昇『惣十郎浮世始末』だ。倹約令や疫病などで江戸の町に閉塞感が漂っていた天保年間を舞台に、定町廻同心の服部惣十郎が火付けの下手人を追う。さまざまな事件を通して描かれるのは、人は間違うことがあるという厳然たる事実だ。その間違いにどう向き合うのか、現代を鋭く照射する物語である。人物も魅力的なので続編が待ち遠しい。 芸道ものから挙げるなら、やはり蝉谷めぐ実『万両役者の扇』だろう。人気役者・今村扇五郎を巡る人々を主人公に据えた連作短編集で、ファンに始まり、小屋出入りの饅頭屋、木戸芸者、鬘師などを取り上げて、好きなもののために狂っていく様子を凄烈に綴った。役者とはまた違うそれぞれの〈業〉がねっとりと描かれ、これだこれだ、これが蝉谷めぐ実だとゾクゾクさせてくれる。
最後に近代から二冊。伊吹亜門『帝国妖人伝』は、作家を目指しつつも新聞の三文記事で口を糊する那珂川二坊が明治から昭和にかけて出会った事件の数々を連作で綴る形式だ。各話の事件は殺人あり密室ありと本格ミステリーのガジェットたっぷりだが、ポイントはそれぞれの編ごとに探偵役が変わること。事件の謎解きそのものより、それが誰なのかに驚かされる。通して読めば時代が俯瞰できる、楽しい仕掛けの一冊だ。
大正時代を舞台に、上流階級で暮らす妾の子の知略を描く永嶋恵美『檜垣澤家の炎上』は圧巻。知恵者の少女がその頭脳でのし上る痛快さの一方、背景にある軍需景気とその後の戦後不況、スペイン風邪の流行、大正デモクラシー、そして関東大震災といった時代の描写が主人公たちを翻弄していく。時代ものとしてもミステリーとしても成長物語としても読み応えたっぷりだ。永嶋恵美の、ここまでの代表作であり新機軸である。
〈 ウクライナ侵攻や地方再生もテーマに!? 現代社会が抱える問題解決のヒントを歴史時代小説で読む 〉へ続く
(大矢 博子/オール讀物 2024年11・12月号)
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