ウクライナ侵攻や地方再生もテーマに!? 現代社会が抱える問題解決のヒントを歴史時代小説で読む
文春オンライン / 2024年12月23日 6時0分
末國善己(すえくに・よしみ) 1968(昭和43)年、広島県生れ。明治大学卒、専修大学大学院博士後期課程単位取得中退。時代小説、ミステリーを中心に、幅広く文芸評論を執筆。全集やアンソロジーの編著も数多く手がける。日本推理作家協会会員。
〈 「光る君へ」にはまったファンにもお薦め…平安から近代まで活況を呈する時代小説 〉から続く
末國善巳の2024年歴史時代小説収穫10冊
『 海を破る者』今村翔吾(文藝春秋)
『雪渡の黒つぐみ』桜井真城(講談社)
『佐渡絢爛』赤神諒(徳間書店)
『万両役者の扇』蝉谷めぐ実(新潮社)
『緋あざみ舞う』志川節子(文藝春秋)
『惣十郎浮世始末』木内昇(中央公論新社)
『愚か者の石』河﨑秋子(小学館)
『茨鬼 悪名奉行茨木理兵衛』吉森大祐(中央公論新社)
『二月二十六日のサクリファイス』谷津矢車(PHP研究所)
『ソコレの最終便』野上大樹(ホーム社)
※文章登場順
◆◆◆
現代社会が抱える問題も時代小説にはヒントがある
2024年は元寇(最初の文永の役)から750年だった。今村翔吾『海を破る者』は、この元寇を題材にしている。今村は活劇が連続する派手な歴史小説を得意としているが、本書は承久の乱と内紛で没落した河野家を継いだ六郎が、なぜ人は争うのかを考える内省的なパートも多い。六郎は、巨大帝国の元が小国の日本を攻める理由を考えるが、これはロシアによるウクライナ侵攻と重なるだけに、本書のテーマは考えさせられる。
桜井真城『雪渡の黒つぐみ』は、今後が楽しみな新人のデビュー作である。主人公は、南部藩の間者で声真似が得意技の望月家に生まれた17歳の景信である。凄腕ながら間者が活躍できそうにない太平の世に不安を抱き、乱世を知る上司のパワハラを受けている景信には、若い読者は共感が大きいだろう。物語は、景信と伊達家の間者・黒脛巾組との暗闘を軸にしているが、史実を巧みに虚構の中に織り込む手腕も鮮やかだった。
赤神諒『佐渡絢爛』は、佐渡金銀山で現場に能面が残された怪事件が相次ぎ、それを新任の佐渡奉行・荻原重秀に先行して来島した間瀬吉大夫と、振矩(測量)師・勘兵衛の弟子の静野与右衛門が追うミステリーである。全国から人が集まり賑わった佐渡金銀山だが、産出量が減り衰退していた。それを、役人の意識を変えようとする重秀が上から、金銀山を再生するため難しい土木工事に挑む与右衛門が下から改革しようとする展開は、地方再生のヒントになるように思えた。
蝉谷めぐ実『万両役者の扇』は、森田座の今村扇五郎に魅了された人たちを連作形式で描いている。扇五郎贔屓の娘が現代と変わらない推し活を繰り広げる第一話はユーモラスだが、第二話以降は、芸のためなら常識も倫理も無視する扇五郎の執念と、それに飲み込まれた人たちが織り成すグロテスクな世界になる。本書は、放つ光で自らを焼くことも厭わない天才と、少しでも光ろうと懸命に働く凡人を対比しており、読者はどちらが幸福かを考えてしまうのではないか。
志川節子『緋あざみ舞う』は、船宿を営むお路とお律、視力を失い師匠の家に住み込み三味線の修業をしているお夕の三姉妹を主人公にしている。裏で盗賊をしているお路、お律が綱十郎一味と組んで狙った商家に押し入るサスペンスの中に、お律と武家の三男・小五郎の身分違いの恋の行方、姉妹とその関係者が紡ぎ出す人情などが織り込まれていて、市井ものとしても楽しめる。中盤以降は、姉妹による父の仇討ちが描かれ、それには巨大な陰謀もからむだけに、先の読めないスリリングな物語が楽しめる。
木内昇『惣十郎浮世始末』は、初の捕物帳とは思えない完成度である。北町奉行所定町廻同心の服部惣十郎は、薬種問屋で起きた放火殺人を追うが、解決できないまま、名家出身を名乗り怪しい護符を売る男による騙り、惣十郎が贔屓の三助による実母殺しの疑惑も担当するだけに事件が同時並行で起きるモジュラー型になっている。惣十郎が追う事件の背景には、信者を使ったインフルエンサーの犯罪、介護殺人といった現代と変わらない社会問題が置かれており、生々しい。
河﨑秋子『愚か者の石』は、明治中期の北海道樺戸集治監を舞台にしている。世の不正を正す運動に参加した東大生の瀬戸内巽は、樺戸集治監で二人を殺した山本大二郎と出会う。囚人に権利などなかった時代だけに、劣悪で非人道的な待遇には想像を絶するものがあるが、命令があれば不本意な仕事でも進めなければならず、不当な扱いをされても耐える状況は、組織の中にいれば程度の差こそあれ現代人でも直面する。その意味で本書は、働く意義、生きる意味、自由とは何かを問い掛けているのである。
吉森大祐『茨鬼 悪名奉行茨木理兵衛』は、伊勢国津藩九代藩主の藤堂高嶷に抜擢され藩政改革を進めた茨木理兵衛を主人公にしている。天明の飢饉で経済が低迷していた時代。理兵衛は、貧富の差を解消するために、豪農から土地を取り上げ貧しい農民に再配分する地割などを進めようとするが、その前に保守的な家老、既得権を持つ豪商、豪農が立ちはだかる。根回しを嫌い、強引に改革を進める理兵衛が敵を増やしていく展開は、改革をどのように進めるのが正解なのかを現代の日本人に突きつけていた。
谷津矢車が初の昭和史に挑んだ『二月二十六日のサクリファイス』は、二・二六事件を取り上げている。この事件は、皇道派と統制派の争いとして語られてきたが、著者は別の対立構造に着目し新たな視点で歴史を捉え直している。陸軍の問題点は、現代日本にも残っており、改革を急進的に行うべきか、漸進的に進めるべきかを問う視点は、『茨鬼』とも共通しており重く受け止める必要がある。
霧島兵庫が筆名を野上大樹に変えての第一作『ソコレの最終便』は、先の大戦末期、列車砲を大連港に運ぶ命令を受けた一〇一装甲列車隊の活躍を描いている。ソ連軍が迫るなか、補給も熟練兵も不足している装甲列車隊が、朝倉大尉の指揮と隊員の奮闘で危機を回避する展開は、正統派の戦争冒険小説になっている。迫力ある戦闘シーンを使い、動員された兵士が大量の死体に変えられる近代総力戦を批判した逆説も見事だった。
〈 今年はミステリーとしても当たり年…充実の歴史時代小説に胸を熱くする! 〉へ続く
(末國 善己/オール讀物 2024年11・12月号)
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