今年はミステリーとしても当たり年…充実の歴史時代小説に胸を熱くする!
文春オンライン / 2024年12月23日 6時0分
細谷正充(ほそや・まさみつ) 1963年埼玉県生まれ。書店勤務のかたわら書評などを手掛け、のち文芸評論家として独立。推理小説や時代小説の書評、解説を多数手掛ける。2018年より優れたエンターテインメント小説5作品を選出して「細谷正充賞」として表彰している。
〈 ウクライナ侵攻や地方再生もテーマに!? 現代社会が抱える問題解決のヒントを歴史時代小説で読む 〉から続く
細谷正充の2024年歴史時代小説収穫10冊
『香子 紫式部物語』全5巻 帚木蓬生(PHP研究所)
『惣十郎浮世始末』 木内昇(中央公論新社)
『赫夜』澤田瞳子 (光文社)
『火輪の翼』 千葉ともこ(文藝春秋)
『了巷説百物語』 京極夏彦(KADOKAWA)
『海を破る者』今村翔吾(文藝春秋)
『茨鬼 悪名奉行茨木理兵衛』 吉森大祐(中央公論新社)
『帝国妖人伝』 伊吹亜門(小学館)
『ソコレの最終便』 野上大樹(ホーム社)
『檜垣澤家の炎上』 永嶋恵美(新潮文庫)
※文章登場順
◆◆◆
歴史時代小説にとって収穫の多い年となった
今年も歴史時代小説の収穫が多い。まず挙げたいのが、帚木蓬生の全5巻の大作『香子 紫式部物語』である。『源氏物語』の作者の紫式部を主人公にした作品は少なからずあるが、本書には独自の工夫が施されている。紫式部の生涯の中に、『源氏物語』を丸ごと入れているのだ。だからこれほどの長さになったのである。現実とフィクションを、ガッチリと融合させた渾身の作品だ。今年のNHK大河ドラマ『光る君へ』を見て『源氏物語』に興味を持ったが、ハードルが高くて手を出せないという人は、本書を読むといいだろう。
木内昇の『惣十郎浮世始末』は、北町奉行所定町廻同心の服部惣十郎を主人公にした、作者初の捕物帳である。複雑な性格を持ち、独自の視点で真相に迫る惣十郎の名探偵ぶりが楽しい。その惣十郎を始め、彼の周囲の人々や、事件の犯人たちの人間像も、深く掘り下げられている。浮世(憂世)を生きる江戸の人々を堪能できた。
澤田瞳子の『赫夜』は、平安時代の富士山の大噴火を題材に、天災に遭遇した人々の人生を見つめている。国司になった主に従い駿河にやってきた家人の鷹取、土地の住人、官牧の人々、足柄山の遊女たち……。極限状態での人間ドラマが圧巻だ。また、坂上田村麻呂の蝦夷征伐を絡めて、ストーリーを豊かにしている点も見逃せない。身分の低い主人公の鷹取が、自分たちがちっぽけな存在だと理解しながら、それでも生きていかねばならないと思うラストには胸が熱くなった。
千葉ともこの『火輪の翼』は、デビュー作『震雷の人』から始まる“安史の乱”3部作の完結篇。主人公が力士を目指す娘というのに驚いたが、よく考えたら前2作でも女性が躍動していた。ここに作者の狙いのひとつがある。波乱に富んだストーリーと、その中から浮かび上がる主人公たちの想いも、見事に描き切っている。中国歴史小説の新たな書き手として、おおいに注目したい。
京極夏彦の『了巷説百物語』は、作者が愛する「妖怪」と「必殺」を組み合わせた、シリーズの完結篇。老中首座・水野忠邦の改革を巡り、ラストを飾るに相応しいドラマが描かれている。御行の又市を始めとする、お馴染みの面々と、これでお別れかと思えば寂しい。でも、きちんと完結してよかった。なお作者は今年、本書の他にも、『狐花 葉不見冥府路行』『 病葉草紙 』を刊行。京極時代小説のファンにとっては、嬉しい年となった。
今村翔吾の『海を破る者』は、没落した名門の当主が元寇に立ち向かう。主人公の河野六郎通有は、一族の内紛により凋落した伊予の名門の当主だ。その彼の脇に、高麗人と西域出身の男女の元奴隷を配しているのが今村流。この異国人の存在を絡めて、なぜ人は人と争うのか、どうすれば分かり合えるのかという問いが、何度も繰り返される。終盤の六郎の行動は、その問いに対する答えであり、作者の理想が託されているのだ。
吉森大祐の『茨鬼 悪名奉行茨木理兵衛』は、津藩藤堂家の藩政改革をまかされた茨木理兵衛が主人公。財政再建の秘策を実行しようとするが、それにより大騒動が起こる。本気で抜本的な藩政改革をしようとした先覚者なのか、いたずらに理想に走り藩を混乱させただけなのか。理兵衛の評価は現在でも定かではない。そのような扱いの難しい人物に果敢に挑み、重厚な歴史小説に仕立てた、作者の力量を高く評価したいのである。
伊吹亜門の『帝国妖人伝』は、近代史を背景にした連作ミステリー。山田風太郎にオマージュを捧げた作品でもある。今年は時代ミステリーの当たり年といいたくなるほど優れた作品が多かった。その中で本書を選んだのは、私好みの内容だったからだ。売れない作家を狂言回しにして、各話ごとに別々の実在人物が探偵役を務める。面白い趣向だが、後半になって、さらなる深い企みがあったことが判明。これが凄かった。
野上大樹の『ソコレの最終便』は、終戦間際の満洲を舞台にした鉄道冒険小説。特命を受けた101装甲列車隊が、国境付近の駅で立ち往生した巨大列車砲を回収し、2000キロの彼方にある大連港を目指す。製造から20年が経つ老ソコレ(装甲列車)に主人公たちが乗りこむなど、作者は冒険小説のツボをしっかり押さえている。活劇の魅力の他に、戦争の悲惨さと人間の愚かさも掘り下げられており、読み味は重厚である。
永嶋恵美の『檜垣澤家の炎上』は、作者の新境地といっていい。明治末期から大正を背景に、横浜の山手にある豪商・檜垣澤家に引き取られた少女を主人公にした、波乱万丈のドラマである。ヒロインの高木かな子は、檜垣澤家の当主と妾の母の間に生まれた娘。七歳で檜垣澤家に引き取られた彼女の、まるでサバイバルのような日常と、したたかな成長に夢中になった。ミステリーの要素もあり、リーダビリティは最強だ。
(細谷 正充/オール讀物 2024年11・12月号)
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