「邦画は新鋭や若手監督の当たり年」評論家・芝山幹郎と森直人が選んだ「2024年のベスト映画」
文春オンライン / 2024年12月29日 6時0分
芝山幹郎氏(左)と森直人氏 Ⓒ文藝春秋
2024年に公開された映画の中で、特に心に残った作品は何か。評論家・翻訳家の芝山幹郎氏と、映画評論家の森直人氏が語り合った。
◆◆◆
芝山 アカデミー賞で4部門を受賞した『哀れなるものたち』は、濃密な傑作でした。ベスト10に入れた他の映画とは傾向が異なります。
森 他の作品の多くは比較的低予算で、ミニマムな設計。でも、これだけは完全にゴージャスな構築型。
芝山 自ら命を絶った妊婦ベラ(エマ・ストーン)が、天才外科医によって胎内の我が子の脳を移植され蘇生する。最初は赤子同然だったベラが世界各地を旅しながら、強靭で知恵の豊かな女性へと成長していく冒険物語です。ベラが訪れるリスボンやパリなどはどこもカラフルな迷宮ですが、それが全部セットです。
森 製作時期がコロナ禍と重なったせいか、今年は大作よりミニマムな作りの映画に秀作が多かった。その中で全編凝りに凝ったセットだったのは見事な逆転の発想です。
芝山 男女の性を超越して、根源的な自由を求めていく血湧き肉躍る冒険譚というか、荒行や武者修行に近いと思いました。エマ・ストーンの勇猛果敢な演技もパワフル。
森 この作品を見たあと、アラスター・グレイの原作『哀れなるものたち』も読んだんです。
芝山 私も読んだけど、映画のほうがよかった。視覚に訴えてくる。
森 ただ、あの原作が土台になっているのは大きいと思います。監督のヨルゴス・ランティモスはギリシャ出身ですが、前作『女王陛下のお気に入り』は18世紀英国の宮廷が舞台。英国モノと相性がいい。
芝山 たしかに。『哀れなるものたち』にも、『ガリバー旅行記』や『トム・ジョウンズ』のような18世紀英国文学の精神が溢れている。荒唐無稽な奇想を用いて、世界を輪切りにしようとする発想が図太い。
森 アラスター・グレイもそれらの奇想天外な一代記や旅行記の系譜を踏まえて原作を書いていて、その土台の上でギリシャの鬼才が映画を撮ったら、とんでもない作品が出来てしまった。
芝山 女性が解放され自立していく物語だから、下手を打てば説教臭くなるところですが、そうなっていない。目も耳も楽しませてくれる。
森 フェミニズム的観点からの評価も高いですが、ポリコレ優等生ではない。古典的にして最新鋭。それとランティモスは予算が付くほど良い作品を生み出す監督だなと(笑)。
芝山 大舞台になるほど力を発揮する大谷翔平タイプかな(笑)。
邦画は新鋭監督の当たり年
森 僕は昨年同様、日本映画応援隊として今年のトップ10に『ナミビアの砂漠』と『夜明けのすべて』を入れたので、語らせてください。
芝山 『ナミビアの砂漠』の河合優実は確かに面白い女優ですね。手足が長くて、口を半開きにしながら、上半身の力を抜いて歩く姿を見ると、森山未來を連想します。
森 今年の邦画は新鋭や若手監督の当たり年だったと思います。なかでも、今年の日本映画の顔といえば『ナミビア』の山中瑶子監督と、『夜明け』の三宅唱監督かなと。山中監督は97年生まれの27歳で、20歳のときに発表した『あみこ』という中編は粗削りながら強烈なインパクトがありました。個人的にもその頃から大注目だったので、本作がカンヌで国際映画批評家連盟賞を受賞したのは、本当に嬉しかった。
芝山 実は、『ナミビアの砂漠』にはそんなに惹かれなかったのですが……河合優実は時の人ですね。
森 河合さんは『あみこ』を見て「いつか監督の映画に出たいです」と山中さんに直訴したそうです。だから本作には監督と役者の熱い共闘関係が感じられます。『レディ・バード』や『ストーリー・オブ・マイ・ライフ/わたしの若草物語』を生み出したグレタ・ガーウィグ監督とシアーシャ・ローナンのような。
芝山 その化学反応も面白いですが、役者・河合優実には、京マチ子の動物性を発動してもらいたい。
森 その域に届けば最高ですね。『ナミビア』は、主人公のカナ(河合優実)が不安定かつ凶暴にもがいていく展開ですが、消費社会や男性性への風刺的な側面がある。ある種、野生動物のような彼女が、都市生活の抑圧の中でどうサバイブしていくかを試す思考実験にも見える。
芝山 彼女の「壊れる演技」を見ていると、ジーナ・ローランズの芝居も気にしているのかなと思う。大人びた役を得たら、もっと凄みが出るんじゃないでしょうか。
森 もう一つの『夜明けのすべて』は、始めから終わりまで戦闘状態の『ナミビア』とは真逆で、一見ボーイ・ミーツ・ガールっぽいけど、全然恋愛関係にならない。人間関係の争いがすべて非戦的に回避されていく。ワイズマン的な理想の共同体が創出されているとも言えますね。
芝山 評判は聞いていたのに、見る機会を逃しちゃって。
森 邦画ではやはり濱口竜介監督が国際的なスター監督になっていますが、『夜明け』の三宅唱監督はもう一人の雄でしょう。
※本記事の全文は「文藝春秋 電子版」に掲載されています(「 年忘れ映画ベスト10〈2024年は俳優の当たり年〉 」)。全文では、「究極のミニマリズム」が光る映画、70年代映画の空気感を再現した映画、「ハリウッド的明快」とは離れた光を放つ映画、80代以上の監督による新作などについても語られています。
(芝山 幹郎,森 直人/文藝春秋 2025年1月号)
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