荷物は未着、鉄道は遅れ、ネットは異常に遅い…ドイツに渡った斎藤幸平が体験した「インフラ崩壊のリアル」
文春オンライン / 2024年12月20日 6時0分
斎藤幸平氏
EUの模範的存在だったドイツが窮地に立たされている。ロシアのウクライナ侵攻やイスラエル問題の対応に苦慮する中、難民の増大で社会不安が広がり、ポピュリズム政党が台頭している。この夏にドイツに拠点を移した哲学者の斎藤幸平氏と、日本で翻訳などを手掛けるドイツ人のマライ・メントライン氏が、ドイツの今について語り合った。
◆◆◆
「インフラ崩壊」を目の当たりに
マライ 斎藤さんは、ドイツのハンブルクに拠点を移したんですね。
斎藤 はい、ハンブルクの研究所に2024年8月から籍を置いています。そこで気候変動問題に取り組むための、新しい経済システムについて共同研究をしています。
マライ 同じ北ドイツのキール出身なので、斎藤さんが故郷にいる感じがして、嬉しいです。ドイツでの生活はいかがですか?
斎藤 ハンブルクの街は気に入っていますが、今、ドイツ各地で問題になっている「インフラ崩壊」を日常的に目の当たりにして、不便なことも多いです。10年ほど前、大学院時代をベルリンで過ごしましたが、当時と比べて、「ドイツってこんな国だったっけ?」と。研究用の資料が入った箱が4つもロストバゲージで届かなかったり、いつも鉄道が大幅に遅れたり、インターネットの接続が異常に遅かったり……。EUの中でも裕福な都市として知られるハンブルクでさえ、以前はなかった日常生活の支障が生じています。
マライ 鉄道の遅れはひどいですよね。私も9月にドイツに帰りましたが、ベルリンから1駅移動するのに30分もかかりました。
斎藤 一番困っているのは、外国人局が機能していないこと。来て1週間で滞在ビザを申請したのに、いまだに音沙汰なし。ビザなし滞在期限の3カ月を過ぎてしまいました。ビザがないので、EUを出ることができません……。
マライ ええ!? ビザが下りなくても大丈夫なんですか? やはりここ数年の難民の増加が影響していそうですね。
斎藤 周囲に聞くと、期限切れはわりとあるようです。シリア、アフガニスタン、イラクからの難民に加えて、ウクライナからも100万人以上受け入れているので、人手が足りていないのでしょう。ドイツといえば、ヨーロッパの中でも勤勉で、日本の国民性に近い真面目なイメージを持つ人が多いと思いますが、いまは日常生活のレベルにまでさまざまな歪みが生じています。
マライ インフラ崩壊の主な原因は、2005年から16年続いたメルケル政権が、内政を疎かにして公共投資をしてこなかったことです。彼女は日本で一本筋の通ったリーダーと思われていますが、外交ばかりやっていて、ドイツ国内では不満が募っていた。
斎藤 物価高騰も生活難に追い打ちをかけています。10年前私が留学していた頃、3~4ユーロで買えたケバブが、いまや8ユーロ! もちろん、給料は倍になってはいません。ハンブルクは富裕層が多く、アルスター湖には豪華なヨットがたくさんありますが、庶民の生活は苦しくなっています。
マライ 旧東ドイツの経済状況は厳しくて、東西ドイツの経済格差が、ますます大きくなっています。
斎藤 ハンブルクとドイツ東部の都市とでは、1人当たりGDPで2~3割は差があります。旧東ドイツでは就職先も少なく、若い人がどんどん西に出て行ってしまうので、高齢化と人手不足も深刻です。将来への不安を抱える中、ウクライナ戦争まで勃発して、ガス代や電気代が高騰し、ますます生活が苦しくなる。「自分たちは政府に見捨てられた」と感じている人は少なくありません。
極右政党が州議会で第一党に
マライ 積もりに積もった不満の矛先が、いまウクライナをはじめとする難民に向けられていますよ。ドイツ全体の国民感情としては、ウクライナを支援したい気持ちが強いと思うのですが、戦争が予想よりも長期化したことで、「難民支援に多額の税金が使われてしまい、自分たちの生活は一向によくならない」といった不満が、東部では特に高まっています。
それが如実に表れたのが、2024年9月に行われた東部のテューリンゲン州とザクセン州の州議会選挙でした。反移民・難民を掲げる極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)が、テューリンゲン州で第一党になり、ザクセン州でも1位に僅差の2位。極右政党が第一党になるのは、戦後初めてです。
斎藤 一方で、環境保護、平和などを掲げた「緑の党」の失速ぶりがひどい。テューリンゲン州、同じく東部のブランデンブルク州の州議会選挙では、全議席を失っています。
ただ、排外主義派の言うことには、デマもかなり含まれていると思います。私の子どもが現地の小学校に入る前、「学校は移民や難民だらけで、授業が成り立たないくらい。だから、あなたの子どもがドイツ語を話せなくても大丈夫」と言われました。ところが実際に入学してみると、ウクライナの難民やアフリカ系移民の子は一人もいないという……。
マライ そういうデマが真実味をもって語られてしまうほど、社会への不満や不安が大きくなっている。
本記事の全文は「文藝春秋 電子版」に掲載されています(「 混迷するドイツ、リベラル派の罪 」)。全文では、ドイツ東部を見下している西部リベラル派の現状、リベラル派が招くポピュリズムの問題、ドイツでベストセラーになっている意外な日本人著者の書籍などについて語られています。
(斎藤 幸平,マライ・メントライン/文藝春秋 電子版オリジナル)
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