〈賛否あるビデオ判定技術〉サッカーVAR判定は命を守るために必要だ
文春オンライン / 2024年12月25日 11時0分
写真はイメージ ©GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート
外国人とサッカーをしてみて、「人類はざっくりと2種類に分類できるのではなかろうか」と感じたことがある。審判を、ルールを尊重しようとする人間と、その裏を掻こうと考える人間である。
忘れられないのは、若かりし頃、CKでの一場面である。わたしはGKだった。近くにブラジル人の相手FWがいた。つかつかと歩み寄ってきた彼は、わたしのスパイクめがけてツバを吐きかけた。唖然としているうち、ゴールが奪われた。我が師匠でもある日系ブラジル人のご意見番は、言葉を失っている弟子に言った。
「相手のスパイクにツバ吐いちゃいけないってルール、ないでしょ?」
ご存じの通り、サッカーという競技においては、相手をつかむこと、倒すこと、蹴ることなどが禁止されている。なぜか。それが卑怯な行いだから。感情をコントロールできないのは紳士らしくないから。オフサイドという行為が反則なのは、相手陣内での待ち伏せが紳士らしくないから、ということで説明がつく。数あるスポーツの中でサッカーのルールがもっとも少ないとされるのも、紳士たるもの、自分で考えればやっていいことか否かはわかるだろ? という英国らしい前提があるからでもある。つまりは、マナー。
ところがサッカーがドーバー海峡を越えてからは、この競技に独自の解釈を持ち込む人たちが現れた。ルールの抜け穴を探し、審判の目を盗もうとする人たちだ。ラテンの国々ではそうした発想や行為が「マリーシア」「マリッツィア」などと呼ばれ、称賛されるまでになった。
マラドーナと言えば「神の手」。明らかなハンドで奪ったゴールを、アルゼンチンの人たちはまったく恥じていない。むしろ、よくやった。うまく出し抜いた。世紀の誤審に激怒するイングランド人を、彼らは嘲笑(あざわら)いさえした。
テクノロジーでそうした誤審をなくそうとするVAR(Video Assistant Referee)の導入は、だから、ルールを、審判を欺こうとする人たちからすると邪魔者以外の何ものでもない。彼らがVARに批判的なのも、まあわからないではない。
ただ、サッカー発祥の地であり、マリーシアとは縁がなかったはずのイングランドでも、実はVARに対する反発の声はある。プレミアリーグでもファンの6割以上が反対しているというデータもある。なぜ、やられることはあっても絶対に自分たちも神の手をやろう、などとは考えない国の人たちが、第二、第三の神の手を確実に防いでくれるシステムに反対するのか。
そこには、サッカーファン、というか、スポーツファンの特質が表れているように思える。つまりは、保守性。
'92年のバルセロナ五輪において、初めてGKへのバックパスが禁止されたとき、賛成の声をあげた識者はほぼ皆無だった。GKによる時間稼ぎを減らし、エキサイティングな場面を増やそうとの狙いから導入されたこのルールによって、サッカーは確実に進化し、娯楽性も高まった。にも関わらず、導入当初は不要のルールだの、サッカーの精神に反するだのと、世界中から総スカンを食らったような状態だった。もちろん、草サッカーのGKだったわたしも激烈な反対派だった。新しいものに無条件で反発したくなる性質が少なくともわたしにはあるが、時を経て、間違っていたのがどちらだったのかは言うまでもない。
第二の神の手が起きたとしたら
ただ、現行のVARに関しては、早急に解決しなければならない問題もある。それは、時間の問題。人間の目だけに頼っていた時代とは比較にならないぐらい正確な判定が下されるようになった一方で、サッカーの試合時間は確実に延びた。以前は追加時間が「5分」とでも表示されようものなら、スタジアム中がどよめいたものだが、いまは10分、15分の追加時間も珍しくなくなった。全世界的にタイムパフォーマンスを重んじる層が増えている昨今、試合時間の増加はファン離れを招きかねない。
もっともこの問題に関しては、案外あっさりと解決されることになるかもしれない。現状のVARはテクノロジーを道具とし、最終的な判断は人間の手に委ねられているが、すべてをAIに任せるようなシステムになれば、時間は間違いなく短縮されるからである。どうせだったら、そのシステム自体を日本企業が開発してくれれば、サッカー史に名を刻めるのに――というのはともかくとして。
もちろん、そうなったらそうなったで、ファンや識者の間からは何のかんのと反発する声は上がるだろうが、個人的には、この流れはもはや後戻りできないしするべきでもない、と考えている。
想像していただきたい。第二の神の手が、これから先の未来に起きたとしたら。そしてそこにVARがなかったとしたら。審判は命の危険にさらされる。
VARを推進しようが廃止しようが、全世界がSNSでつながっていることにかわりはない。放送技術も進化し、以前であれば映し出せないような場面までくっきりと映像で確認できるようになった。スタジアムでは、無数のスマホが試合を見守っている。そんな中で、ジャッジを下した当人以外には明らかな誤審が起きてしまったら――。
というわけで、時間がかかりすぎる、カネがかかりすぎて発展途上国や下部リーグでは導入が難しい、など問題が多々あることは承知しつつも、わたしはVARの導入と推進に賛成する。
もし我らが代表チームの誰かが神の手をやらかしたら、確実に気まずさを覚えてしまうであろう人間の一人として、あるいは騙した方より騙された方が悪いとか、過去に審判買収の疑いを強く持たれたりとか、マナーという概念が我々とは明らかに違っていたりとか、そういう国々と戦っていかなければならない国のサッカーファンの一人として、猛烈に賛成する。
◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『 文藝春秋オピニオン 2025年の論点100 』に掲載されています。
(金子 達仁/ノンフィクション出版)
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