「いじめをするようなキャラではなかった」小山田圭吾炎上騒動で考える事実確認を怠った“メディアの罪”
文春オンライン / 2024年12月31日 11時0分
©dpa=時事
昭和を代表する映画監督・市川崑氏が、映画『炎上』を発表したのは1958年のこと。原作は三島由紀夫氏の傑作小説『金閣寺』だ。クライマックスでは究極の美に取り憑かれた主人公が寺に火を放ち、美しく聳え立つ建物が夜空を焦がして炎上する――。それから数十年、「炎上」という言葉は、火が燃え広がるという本来の意味だけではなく、「インターネット上のブログやSNSで、批判や誹謗中傷などを含む投稿が集中する状況を表す」ものとして、人口に膾炙している。
「1億総発信時代」と呼ばれる現代では、日々、炎上騒動が勃発している。たとえば2024年8月には、タレントのフワちゃんが、Xで不適切な投稿をしたとして大炎上。芸能活動の休止に追い込まれた。パリ五輪期間中は、選手への誹謗中傷で溢れかえった。柔道の阿部詩選手は、敗退した際に号泣しただけで批判を浴びた。このほか、企業や政治家、そして一般人、被害を数えれば枚挙に暇がない。
当事者が自殺に追いやられたケースもしばしばある。ジャニー喜多川による性加害問題では、性被害を告発した元タレントの男性が「嘘つき」などと謂われなき誹謗中傷に苦しめられ、23年10月、自ら命を絶った。漫画『セクシー田中さん』の著者・芦原妃名子氏は、ドラマ化にあたっての原作改変を巡る炎上騒動のさなか、24年1月、遺体で発見された。
時として人を「死」に至らしめる炎上。中には理由が曖昧だったり、「嘘」が含まれていることもある。俳優・歌手の星野源氏は、24年5月、インフルエンサーに憶測で虚偽の不倫情報を流され、一時、ネット上は騒然となった。すぐに本人と事務所が「事実無根」と否定したことで鎮火し、後にインフルエンサーは証拠もなく発信したことを謝罪した。
小山田圭吾氏のいじめ問題
この最たる例が、21年の夏に起こった東京五輪開会式の音楽担当の1人、ミュージシャン・小山田圭吾氏の炎上騒動ではないだろうか。
コロナ禍で五輪が開催されることには、国内でも批判が多かった。また、開会式を巡っては、演出チームに解散・辞任が相次ぎ、東京五輪組織委員会への不満の声もネット上に溢れかえっていた。そのような中で7月14日、開会式の演出を担当するクリエイター陣が発表になった。すると翌日、Xで匿名のユーザーが、小山田氏が過去に雑誌で、同級生に対するいじめを武勇伝のように語っていたとポストしたのだ。確かに『ロッキング・オン・ジャパン』『クイック・ジャパン』の2誌で小山田氏は過去のいじめについて言及していた。前者には〈全裸でグルグル巻にしてウンコ食わせてバックドロップして〉などと見出しが付いている。そしてこの話が一気に拡散され、「いじめ自慢を許すな」との声がネット上を埋め尽くす。メディアも連日取り上げ、7月19日、小山田氏は開会式の音楽担当辞任を発表した。
「圭吾はいじめをするようなキャラではなかった」
私も当初、「なんて酷い人間なんだ」と思った。そこで小山田氏の同級生を探して話を聞いたのだが、複数人から「雑誌のインタビューを読んだが、圭吾はいじめをするようなキャラではなかった。内容に違和感がある」旨の証言を得た。もしかして雑誌の内容に嘘があるのではないか――そう考え、小山田氏に手紙を送ると、幸運にも取材に応じてくれたのだ。すると彼は、確かに一部の行為は実際にはあったが、自分がしてはいないいじめを、さも自分が行ったかのように書かれてしまったと答えたのである。事実と違うことを書かれてしまったことについて小山田氏は、当時の雑誌のインタビュアーに不満を伝えてもいたという。
取材を続けると、『ロッキング・オン・ジャパン』の見出しになった“いじめ”の現場に居合わせた同級生を2人、見つけることができた。事件が起こったのは、中学3年の修学旅行の宿泊施設。2人によるとバックドロップなどをしたのは、小山田氏とは別の同級生だという。排泄物に関してはまったく別の話だった。つまり見出しは「嘘」だったのだ。
デジタルタトゥーは残る
ではなぜこんな記事が生まれたのか。なぜ小山田氏はしてもいない他人のいじめを語ったのか……その経緯を取材し、私は24年7月『小山田圭吾 炎上の「嘘」 東京五輪騒動の知られざる真相』という1冊の本にまとめた。そこで感じたのは、メディアが無自覚に便乗することで、取り返しのつかない炎上へ発展するということだ。小山田氏は炎上中に声明文を出し、雑誌での発言を謝罪すると共に、〈事実と異なる内容も多く記載されております〉と記した。自分たちがいじめの根拠としている雑誌の内容に疑義が呈されているのであれば、メディアは同級生に取材をするなど、事実確認の努力をするべきだった。当初、ネットだけで話題になっていた騒動が拡大したのは、毎日新聞など大手紙が雑誌記事のみを頼りに「いじめ告白」を報じたことがきっかけだった。そこにテレビも乗っかり、手の付けられない事態となり、小山田氏の元には殺害予告が舞い込んだ。もしあの時、メディアが独自の取材をしていたなら、結果は違っていた可能性もある。
炎上の最大の罪は、後にその内容が「嘘」だと明らかになっても、デジタルタトゥーとして残ることだ。当事者は炎上した過去を抱え、社会復帰を目指さなければならない。小山田氏は音楽活動を何とか再開できたが、彼の過去を批判する書き込みはまだ残っている。
小山田氏は取材の際、炎上の背景や理由を検証するメディアも中にはあることに触れ、「そういったことが積み重なっていくことで、今後、『炎上ってやっぱり何かおかしいよね』という社会的なコンセンサスが、徐々に構築されていくのではないでしょうか」と語った。
炎上に加担した自覚のあるメディアは、いまからでも遅くない。検証記事を出すべきだろう。それが炎上に対抗する、唯一の手段なのだから。
◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『 文藝春秋オピニオン 2025年の論点100 』に掲載されています。
(中原 一歩/ノンフィクション出版)
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