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美容師になろうと専門学校に入学してから、出版業界に足を踏み入れるまで…約10年の体験に映し出される“東京らしさ”

文春オンライン / 2024年12月22日 6時0分

美容師になろうと専門学校に入学してから、出版業界に足を踏み入れるまで…約10年の体験に映し出される“東京らしさ”

『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』(小原晩 著)実業之日本社

 小原晩さんの文章に通底するよさは、惑いを否定しないままに、昇華させているところにある。エッセイの題材となる私生活をつまびらかにひけらかしすぎず、内省しすぎず、なにより、不埒さを肯定している。同時代のエッセイストにはあまりいないタイプといえるかもしれない。

『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』には、10代の終わりからおよそ10年ほどの体験がえがかれる。高3で、母と同じく美容師になろうと入学した専門学校の実技の授業での出会い「夏の記憶に三人で居る」から、程なくして八王子の親元を離れ、寮暮らしのいっとき「渋谷寮の初夏」へと続き、都心での生活の幕が開く。そして出版業界に足を踏み入れて、心構えを説かれる「先輩」に至る。

 一篇一篇はごく短い。短歌が添えられていたり、なかったり。目次はほぼ時系列に沿っている。けれど、どこから読んでもすんなりこの人の世界観に馴染むことができる。林芙美子『放浪記』をめくる感覚と重なる。放埒さと生真面目さが矛盾せず混ざり合い、東京の刹那がきっちり表現されているところも、そう。

 東京らしさは夜の風景にありありと映し出される。

「夜は好き勝手やる大人たちで賑わう大きな公園で、私は静かに本を読む」とあって、一昔前のようではなくともやはり眠らない街だとわかる。実際に寝付けない晩、新宿の映画館まであえて化粧せずに歩いて向かい、鑑賞後にお手洗いに入って「大きな鏡に飾り気のない顔が映ります。くすんでいても、目に力がある、良いぞ」と、自らを鼓舞するときにも。そう、地縁のない都心でもなんとかやっていくには、力が必要。

 夜の場面が多いだけに、誰かと一緒にお酒を飲む機会も少なくない。とはいえお酒の、酔いの味わいよりも、表題作の唐揚げ弁当よりも仔細に、描写されるのは喫茶店のトーストだ。

 分厚いパンにチーズのたっぷり載ったトースト。香るシナモントースト。あまりのおいしさに3日続けてたべたというたまごサラダとソーセージのトーストサンド。

 トーストを前にした小原晩さんは、たいてい、ひとりでいて、素面で、過去を振り返りはしない。つんのめりそうになりながら駆け、お金や仁義、情などを引き受けたり投げ出したりの道中にはさまる、トーストをかじる時間にはたしかな小休止の明るさがある。

 このエッセイ集は、2022年に同タイトルの私家版として刊行された。独立系書店を中心に熱狂的に支持され、2年半のあいだに発行部数が1万部を超えたというのだからすごい。このたび、新たに17篇を加えた増補版として世に出た。今年は他にもたとえば、友田とん『『百年の孤独』を代わりに読む』、武塙(たけはな)麻衣子『酒場の君』など、私家版の商業出版が相次いだ。ついこのあいだの文学フリマ東京の盛況をみるに、来年以降にも期待大である。

おばらばん/1996年、東京都生まれ。2022年、自費出版(私家版)にて『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を刊行し話題になる。23年に『これが生活なのかしらん』(大和書房)を刊行。本書の単行本化に際し、書き下ろし含む17篇のエッセイが新たに収録されている。
 

きむらゆうこ/1975年、栃木県生まれ。文筆家。近著に『BOOKSのんべえ』(文藝春秋)、『私的コーヒーAtoZ』(はるあきクラブ)。

(木村 衣有子/週刊文春 2024年12月26日号)

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