「訓練学校とは名ばかりで」婚外子を産んだ罪を償わされている…若い“不良娘たち”を収容する矯正施設の搾取と虐待
文春オンライン / 2024年12月23日 11時0分
『ほんのささやかなこと』(クレア・キーガン 著/鴻巣友季子 訳)早川書房
誰の中にも善き人間になりたい願いがあるはずだ。そんな気持ちがとりわけ高まるのがクリスマスだろう。なぜ贈り物をするのか? それは相手に喜びを与えたいという善意、他者への愛そのものではないか。
舞台は1985年のアイルランド。地方の小さな町に妻と5人の娘と暮らすビル・ファーロングは、石炭販売店を営んでいる。この時代のアイルランドはひどい不景気で失業率も高く、人々の生活は苦しい。
ビルは裕福ではないが、堅実な商売を続けている。上の娘たちは町で唯一の名門女子校に通っているし、クリスマスが近づけば夫婦でケーキを作り、娘たちへのプレゼントをどうしようか相談もできる。
そんな12月のある寒い日、丘の上の女子修道院に配達に行った彼は思わぬ出来事に遭遇する。若い娘たちが礼拝堂の床を両手両膝をついて磨いているのだ。しかもそのみすぼらしい姿の娘たちの一人から、ここから連れ出してほしいと助けを求められる。
彼女たちは修道院の運営する訓練学校の生徒のようだ。だが学校とは名ばかりで、実際には婚外子を産んだ「不良娘たち」を収容する矯正施設で、赤ん坊を奪い、罪の贖いとして洗濯所で苛酷な労働に従事させていると噂されている。
娘たちの不幸な境遇にひどく動揺するビル。父としてそこに自分の娘たちの姿を重ねてしまうからか? いや、それは彼の生い立ちとも決して無縁ではない。
彼の母も未婚の母だったのだ。女中だった母は16歳でビルを出産する。だが雇い主の裕福な夫人は、世間の目を憚らず母子を屋敷に受け入れる。住み込みの農夫も彼を可愛がる。父親が誰かはわからないままだが、ビルは幸運にも母から引き離されることなく周囲の愛情に包まれて成長した。
クリスマスが近づいたある日、彼は再び修道院に配達で訪れ、石炭小屋に何日も閉じ込められた娘を発見する。恐ろしく汚れ、憔悴している。だが彼女は自分のことよりわが子の心配をする。「あたしの赤ちゃんのこと訊いてくれない?」
ここで何が起きているのか。ビルは修道院長と対話を試みる。だが彼には去り際にその娘に言葉をかけることしかできない。
クリスマス前の日曜日、自分が育った屋敷を訪れたビルに向かって発せられた何気ない一言が、彼の出生の秘密を明らかにする。それはあの若い娘たちの搾取と虐待という真実と同じくらい、つねに目の前にあったのだ。「母乳が浸みだしてブラウスを汚している若いあの女性を、そのまま置いてきてしまった」
ビルの中で何かが変わる。そのとき彼の足を修道院に向かわせるものは、人間の持つ「最良の部分」だ。ビルのみならず、この作品を読む私たちを包み込む温かい喜びは、人間への愛と信頼を回復させてくれる最高のクリスマスプレゼントだ。
Claire Keegan/アイルランドの作家。デビュー作の短篇集でルーニー・アイルランド文学賞を受賞。以降も多数の受賞歴があり、今も世界で注目されている作家の一人。また本書はニューヨーク・タイムズ紙による「21世紀の100冊」に選出された。
おのまさつぐ/1970年、大分県生まれ。作家、仏文学者、早稲田大学教授。『九年前の祈り』で芥川賞。近著に『あわいに開かれて』。
(小野 正嗣/週刊文春 2024年12月26日号)
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