夫やパートナーはいないけど、子供は産みたい...婚活を諦めた女性(40代)がアメリカに渡って選んだ「選択的シングルマザー」とは?
文春オンライン / 2025年1月31日 6時10分
©graphica/イメージマート
夫もパートナーもいないけど、子どもは産みたい。そう希望する女性が、海外の精子バンクで精子を購入し、現地で不妊治療を受け、妊娠・出産を叶えるケースがある。このように、あえて結婚せずに母親になる女性のことを「選択的シングルマザー」と呼ぶ。
ゴールの見えない婚活や、“お守り”代わりの凍結卵子に見切りをつけ、母になることを目指し海外に渡る彼女たちの切実な事情とは。
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パートナーがいないまま出産を選んだ
「選択的シングルマザー」を選び、体外受精により自身で子どもを出産した40代前半の山野透子さん(仮名)。現在、保育園に通う息子を一人で育てている。透子さんが、パートナーもいないまま子どもを妊娠、出産することに決めたのは今から6年前のことだ。
頼った先は、アメリカにある、日本人女性向けの精子提供や卵子提供、代理母出産のエージェンシー(仲介業者)。なぜ透子さんは、結婚より出産を選んだのか、そしてなぜ海外に行く必要があったのか。
もともと透子さんは、女子高と女子大で気の合う女友達に恵まれた学生時代を過ごし、男性に頼ることや、男性に積極的に関わりたいという意識が希薄なまま社会人となった。
交際で“可愛さ”を求められる感じが楽しいと思えなかった
「男性とお付き合いをしてみたこともありますが、“可愛さ”を求められる感じが楽しいと思えず、いずれも長続きしませんでした」(透子さん)
だが、20代後半で立て続けに祖父母と父を病気で亡くしたことが大きなきっかけとなり、透子さんは「家族が欲しい」と切実に願うようになる。出産への特別なこだわりはなかったものの、子どもを育てたいという気持は漠然と抱えていたという。
そこで透子さんは「子どもを持つなら先に結婚しないと」と、婚活に精を出すが、この人と思う相手にはなかなか巡り合えなかった。
「結婚したら家事はよろしく」
「“結婚したら家事はよろしく”という前提の方が多かったり、相手の転勤によって自分が仕事を辞めることを求められそうになったりと、婚活中は常にモヤモヤしていました。自分の相手を見る目に問題があるのではと悩んでいたところへ、身近な夫婦にDV騒動が持ち上がり、“結婚相手を間違えると大変なことになる”と、次第に結婚への期待より恐怖が上回るようになってしまって。子どもができなくても一緒にいたいと思える人に出会える気もしなくて、婚活はやめることにしました」(透子さん)
結婚は諦められても、卵子の老化というタイムリミットは刻々と迫る。特別養子縁組も検討したものの、未婚者は条件外であることが分かり、出産への焦りが透子さんの中で募っていた。
未婚女性に立ちはだかる「壁」
「結婚は年を取ってからでもできるかもしれないけど、出産は今のうちしかできない」。こうして透子さんは、次第にパートナーがいない状態での出産を考え始めるようになった。
だが、透子さんのようなパートナーのいない未婚女性は、日本の医療機関で不妊治療を受けたくても、受けられないという大きな壁がある。日本の不妊治療施設は、厚生科学審議会の報告書に基づき、第三者の精子や卵子を用いた不妊治療は法律上の夫婦に限るところがほとんどで、パートナーのいない未婚女性に治療を提供する医療施設はほぼゼロに等しいからだ。
不妊治療にともなう「高額な医療費」と「衛生面の問題」
したがって、そうした人が不妊治療を希望する場合は、海外の安全な医療環境にアクセスするか、SNSなどを通して精子提供者を個人的に探すしかない。前者は高額な医療費が、後者は安全性や衛生面の問題が付きまとい、いずれも出産への“高いハードル”になっていた。幸い透子さんには積み立てていた貯金があったため、そのお金を海外での不妊治療に充てることができた。
「社会人当初から明確に目的を決めて貯金していたわけではありませんが、将来『お一人様』になる可能性が頭にあったことや、将来やりたいことができたときにお金で躊躇しなくてすむようにと積み立てていて、今がまさに使いどころだと思いました」(透子さん)
不妊治療を受けるため渡米を決断
こうして透子さんは選択的シングルマザーになることを決意し、アメリカで不妊治療を受けることにした。
透子さんが頼ったのは、アメリカの不妊治療専門のクリニックと連携し、日本人女性向けに卵子提供や精子提供、代理母出産のプログラムを提供する、カリフォルニア州にある「ミラクルベビー」だ。現地の医師や医療機関とのやり取りはすべて日本語で全面的にサポートしてくれること、受精卵を移植した後の妊娠率が、日本の治療成績と比べ80%(ミラクルベビーの統計による)と高いことが決め手となった(日本産科婦人科学会の2021年の報告によると、仮に40歳の場合、総移植あたりの妊娠率は29.8%)。
精子提供から妊娠までのプロセスについて、「ミラクルベビー」代表で現地在住の石原理子さんはこう説明する。
アメリカの専門医がリモートで問診
「まずはアメリカにいる体外受精の専門医が電話かウェブ上で問診を行い、患者さんになってもらうところから始まります。その後さっそく採卵サイクルに入りますが、女性には事前に日本の医療機関でホルモン値や水痘・風疹の抗体検査、卵巣・子宮のエコー検査などいくつかの検査を受けてもらい、その検査情報をもとに現地の医師が女性の身体が妊娠に適切な状態かを判断します。並行して当社が提携する精子バンクのウェブ上から、女性が気に入った精子を選び、購入してもらいます。女性の身体が妊娠に向け適切な状態であれば、現地の医師の指示のもと採卵に向けたスケジュールを調整し、それに合わせて渡航してもらう流れです」
その後の流れはこうだ。最初の渡航で約2週間現地に滞在し、現地の不妊治療施設で排卵誘発剤を投与して採卵し、その後体調の回復を確認したうえで一旦帰国となる。採取された卵子はあらかじめ選んでおいた精子と受精させ、胚盤胞にまで育った時点で染色体異常の有無を確かめる着床前検査を現地の医療機関で実施する。その検査で染色体異常が無いと判断された胚は、後日の移植のために凍結保存される。子宮の準備を整えながら再び女性が渡航し、凍結保存された受精卵を融解して子宮に移植し、帰国する。
必要費用は700万円以上
つまり採卵から移植までに必要な渡航は2回で、妊娠判定は帰国後、日本の医療機関で行う。ミラクルベビーを通し現地の体外受精の専門医がフォローするのは採卵から妊娠10週まで。費用は一連で生じる薬や医療費、精子バンクへの支払い、ミラクルベビーへの手数料などすべて合わせて、5万1000ドルだ(日本円にして700万円強)。
「当社が提供する生殖補助医療プログラムのなかでも7、8年前から精子提供と体外受精をセットにしたサービスへの依頼が増え出し、今は提供する全プログラムのうち7割を占めています。そのほとんどが透子さんのように選択的シングルマザーを目指す女性からの依頼です」
こう話す石原さんは、今は年に1~2回、日本に赴いて選択的シングルマザーを希望する方へ個別で相談会を行っている。ここ数年は、一度の相談会で設けている8枠の予約は、毎回すべて埋まるようになった。最近石原さんは、ミラクルベビーを利用する女性を前にして、つくづく感じていることがあるという。それは、精子ドナーを選んでいるときの女性の表情が、ものすごくいきいきと輝いていることだ。
母娘で相談会に来るケースも
「相談に訪れるほぼすべての女性が、卵子凍結や婚活をすでに経験されていますが、いくら卵子凍結をしても、パートナーができなければ使う機会はありません。婚活にしても、この人の子どもを産みたいと思える男性に巡り合えなかったり、お互いの条件に折り合いがつかなかったり、結婚してもすぐに介護が見えていたりと、理想的な相手と出会うまでの道のりは険しい。一方で、精子バンクで選んだ精子であれば、お互いの年齢や性格、事情を考えることなく、自分の意志で計画を進めることができます。これまで抱えていた閉そく感とは打って変って、子どもという希望に向かって女性のみなさんが主体的に関われるため、みなさんとても前向きな気持ちになりお顔も明るくなっていきます」
もちろん、アメリカに渡ったところで皆が成功に至るわけではない。ただ、受精卵を移植したあとの妊娠率や出産率に影響する着床前診断(体外受精で得られた胚盤胞を子宮に胚移植する前に、胚盤胞に染色体異常がないかを調べる検査)についても、日本では対象者が直近2回の胚移植で妊娠しなかった場合や、過去2回以上の流産歴がある場合に限られるのに対し、ミラクルベビーの連携医療機関では希望をすれば初回から実施してもらえ、ほぼ全員が希望し受けている。この着床前診断では正常胚を見つけることができるので、日本より効率よく時間を無駄にせず妊娠を目指すことが可能になる。
「アメリカの最先端の不妊治療を受けてダメなら諦めがつく、と前向きになる方も多いんです。最近では、あえて選択的シングルマザーを目指す娘を応援したいと、母娘で相談会にいらしたり、親が費用負担するケースも目立って増えてきています」(石原さん)
「朝起きたとき隣に子どもがいることがとても幸せです」
透子さんは、着床前診断を経て残った、たった一つの受精卵を移植したところ、無事に着床し、妊娠、出産に至った。この時生まれた男の子と、今は二人で暮らしている。
「毎日、夜寝る前と、朝起きたとき隣に子どもがいることがとても幸せです。あのとき行動しなければこの子がいない未来もあったんだなと思うと、しみじみ有難いです」と透子さんは話す。
険悪だった母も「全面的にサポートしてくれるように」
日中、子どもは保育園に預け、自身は時短勤務で働く。子どもの病気など突発的なことが生じた場合は、自治体の一時預かりを利用したり、実母に預かってもらっている。
「母には、選択的シングルマザーになるという気持ちが固まり、ミラクルベビーと契約する直前に自分の意志を伝えました。当初は猛反対され、渡航時は絶縁も覚悟するほど険悪で精神的にもどん底でしたが、いざ妊娠してからは全面的にサポートしてくれるようになり、今では子どもをとてもかわいがってくれています」
周囲から「結婚したの!?」と聞かれるも...
一方、職場の上司には、母子手帳をもらったあとに出産予定であることを伝えた。驚かれながらも結婚については特に聞かれず、透子さんもそれ以上は伝えずに済んだという。
「部署内の人たちには、安定期に入ってから全体ミーティングの場で出産や育児のために休暇を取得する予定があることを伝えました。部署以外の知り合いには、お腹が目立ち始めてから“結婚したの!?”としばしば声を掛けられましたが、その都度、未婚で産休に入る旨を明るく堂々と伝えました。皆さん優しいので驚きながらも大人な対応をしてくださり、復職後も含めて普通に接して頂けていて、職場では特に嫌な思いはしていないので有難かったです」
“自分の人生”として責任と覚悟を持てるかどうか
子育ても5年目に入り、透子さんは改めて自身の決断をこう振り返る。
「私の場合は、挑戦しても授かれずに多くの時間と労力とお金を失うだけになるかもしれない、将来子どもに出自のことで責められるかもしれないなど、その道を選んだ場合に考え得る最悪の可能性をすべて考え、それでも実現に向けて行動したいかどうかを何度も自問自答しました。子供の人生を巻き込むことも考慮した上で、“世間”や“普通”ではなく、“自分の人生”として責任と覚悟を持てるかどうか。これを主軸に考え抜いた決断であれば、どんな結果であっても、納得できるのではないかと改めて思っています」。子どもには、子どもの成長段階に合わせて出自について隠さず話していくつもりだ。
今、日本では、生殖補助医療について規定した「特定生殖補助医療法案」が議論の渦中にあり、今年にも国会で成立するとみられている。法案が成立すれば、第三者の精子や卵子を用いた不妊治療を受けられるのは、婚姻夫婦に限ると法律上規定され、透子さんのようなシングル女性が日本の医療施設で不妊治療を受けることは、絶望的となる。
ただし、法で規制しても、子どもを持ちたいという女性の気持ちにまで蓋はできない。時代とともに家族観が変容するなか、今後も透子さんのような未婚女性が、大金を犠牲に海外に渡り不妊治療を受けるケースは途絶えることがないだろう。日本で不妊治療を受ける権利、子どもを授かる権利をどこまで認めるか。子どもの福祉と併せ議論すべきときにきている。
(内田 朋子)
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