【祝101歳】「愛してるとかそういう言葉、大嫌い」佐藤愛子さんの意外な“ごひいき”
文春オンライン / 2024年12月26日 6時0分
佐藤愛子さん ©文藝春秋
――佐藤愛子さんは11月5日、101歳になった。お祝いを申し上げよう、そして石破茂首相のことを伺おう。そう思ったのは、佐藤さんがかつて石破氏を「私の『ごひいき』」と書いていたからだ。その理由もふるっていて、佐藤さんの人と時代を見抜く目に感服させられる。今こそ「101歳の時代感覚」を伺わねば。そう思ったけれど佐藤さん、ショートステイ先で骨折し、入院されているとのこと。そこで前号に続き、娘の響子さんと孫の桃子さんに語っていただいた。『 週刊文春WOMAN2025創刊6周年記念号 』より一部を抜粋して紹介する。
自分の状況にショックを受けた母
響子 肋骨と大腿骨を折りました。母が自分の状況にショックを受けて、「このことみんな知ってるの?」と言うので、その時点で「まだ誰にも言ってない」と答えたら、ホッとしていました。でも誕生日にお祝いをたくさんいただき、家にいないことを隠すわけにもいかず、「ショートステイ先で転びました」ということだけはお伝えすることにしました。
桃子 昼寝から起きると何時かわからないようになったのが始まりで、認知機能も徐々に低下してきています。
響子 娘が11月に本( 『佐藤愛子の孫は今日も振り回される』 コスミック出版)を出し、母の衰えをはっきり書きました。最近では深夜や早朝でも呼ばれることが続いていて。
桃子 私のことをわからなくなったりすることもありました。この前、病院の祖母と電話で話したのですが、小さい子に話すような声色になっていて、「桃子」でなく「桃ちゃん」のイメージになっているのかなと思いました。
エネルギッシュなままの母
響子 それでも母の中には活火山があって、常にエネルギーがわいてくる。細胞は衰えているのにエネルギッシュ。だから転んだりもするんです。この前、病院で「ご飯はどう?」と聞いたら、「こんなまずいもの、生まれてこの方、食べたことないね」って。ナースステーションの近くで、ですよ(笑)。
桃子 しかも耳が遠いから、声が大きい(笑)。
響子 桃子が髪をピンクにしたので、「また髪の毛、派手に染めたよ」と言ったら、「何やってるんだ」って。
桃子 いいじゃないか、別に(笑)。
石破さんの顔は真っ黒。もう大好きですね(笑)。
――さて“石破ごひいき問題”だが、週刊文春(2004年1月1・8日号)にこう書いている。
〈≪石破防衛庁長官も私の「ごひいき」である。長官のお顔は実に面白く、見ていて飽きない。(中略)じっと相手の言葉に聞き入るさまは、浄瑠璃人形のようにも見え、また一心に集中して主人の命令を待っている賢い大型犬を連想してしまうこともある≫(文春文庫『わが孫育て』より)〉
響子 顔が面白いから、好きなんです、母は。石破さんが選挙期間中に日焼けして、尋常ならざる黒さになったことがありましたよね(13年7月・参議院議員選挙)。もう焦げたみたいに黒くて話題になっていたけど、母も「何、この黒さ?」って喜んで見てました。
桃子 「犬のように聞く」というのは、おばあちゃんの好きな表現?
響子 賢い犬なんだよね、アホでなく。飼い主の目をまっすぐ見て考えているのがいいんだよ。しかも石破さんは外見に構わない感じだから、そこもいい。男のオシャレは嫌いだから。紅緑(佐藤さんの父、作家)譲りですね。紅緑は書生が顔にクリームを塗ったと知って、その書生を殴ったっていうんですから。
桃子 保湿ぐらいさせてあげても(笑)。
響子 男が見かけを気にしてどうするって、母はしょっちゅう言ってました。眉毛を整えた野球選手とかも嫌いで。石破さんはクリームも塗らず、髪は七三だか二八だかで分けて、顔は真っ黒。もう大好きですね(笑)。
小沢一郎さんの顔は好きじゃないよね。
桃子 小沢一郎さんも構ってなさそうだけど、ああいう顔は好きじゃないよね。
響子 小ずるい感じが出てるじゃない、顔に。人の話を聞いていても、さて自分はどうするかと考えている感じ。
桃子 一生懸命聞いてるようで、自分のことを考えている。その感じが嫌なんだろうね。
――前出の週刊文春では小沢氏にも触れている。〈(民主党)代表代行になったと新聞に出ていた。代行? どんな役目なのかよくわからない(後略)〉。この温度の低さに比べ、石破論は熱い。〈テレビ朝日のサンデープロジェクトはいつも片づけものをしたり、煮物をしながら聞いているのだが、石破と聞くとテレビの前に走って行ってしまう〉の後もまだ続く。
出演者の顔ばかりを見て、面白がっていた
桃子 祖母はテレビが大好きで、半年くらい前も国会中継をずっと見てました。わかってるかなと思っていたら、「いろんなタイプのハゲがいるね」って(笑)。本にも書きましたが。
響子 ニュースは新聞で読んで、テレビはワイドショーやバラエティ番組。「サンデープロジェクト」では議論そのものより、出演者の顔を見てたんだと思いますよ。
桃子 私も感じることですが、議論をしている人の一生懸命さって、おかしみがある。祖母はそれを面白がっていたんじゃないかな。
響子 議論は理屈ですが、母は理屈の世界には関心がない。だけど理屈を語っている人の人間性には関心があるんです。それって作家の目線だと思うんですよね。
桃子 そもそも政治には関心ないよね。
響子 20年くらい前、参院選の女性候補者に頼まれて、応援することになったんです。友人知人にその人の名前を伝えて勧めてたんだけど、投票に行った知人が「その人の名前ありませんでしたよ」って言ってきて。よくよく調べたら立候補してたのは次の選挙だった。「私が推薦してる人は何の選挙に出るんだろうね」って。(笑)。
――佐藤さんは折々に“時の人”としての政治家を書いた。田中真紀子氏もその1人。外務大臣に就任した直後に、氏が「新入社員が理想とする女性上司のトップ」に選ばれたことを書いている(東京新聞・01年5月23日)。〈田中女史を私は嫌いではない。友達としてなら面白くていい。だが「上司」ということになると、どうだろう? 長老に辛辣なことをいうように、部下に対しても辛辣にちがいないと思うからだ〉(『不敵雑記 たしなみなし』集英社文庫)。的確すぎる。
――佐藤さんは2番目の夫で響子さんの父(作家の田畑麦彦氏)が会社を倒産させたことで、莫大な借金を背負った。直木賞受賞作『戦いすんで日が暮れて』でその顛末を書き、最後の小説『晩鐘』の題材は田畑氏。「クロワッサン」では田畑氏について語っている。〈彼が起こした現象に対して怒りはするけれども、その本質的なところではね、彼は彼なりに一生懸命生きてるんだと思っていました〉
響子 そういうふうに思いながら、帰ってきた夫に水をぶっかける(笑)。それが母の活火山なんですよ。彼は悪い足を引きずって一生懸命金策に走っている、遊んでいたわけじゃない。そうわかっていても、活火山が水をぶっかけちゃうんです。
――「クロワッサン」はこう続く。〈そんなふうに話すと『晩鐘』の読者が“やっぱり佐藤さんはご主人を愛しておられたんだわ”とかって言うんですよ。もうムカついてね、何を寝言言ってるんだと〉
愛にもいろいろあるじゃないですか。
響子 愛してるとか、そういう言葉、大嫌いだから、母は。
桃子 祖母も嫌いだし、母も嫌いなんです。私も嫌いだし。
響子 安っぽい言葉じゃないですか。愛してるって言ってしまうと、一言で終わる。
桃子 説明するのを放棄して、放り込む言葉だと思う。
響子 ブラックボックスだよね。
桃子 愛にもいろいろあるじゃないですか。例えば祖母と祖父は同人誌仲間だったから、仲間愛みたいな愛はあると思う。それを男女の愛みたいに言うのはキモい。
響子 母は父のことを、「あの人は優しい人なんだよ」と言っていて、そういう思いはあったのは確かだけど。
桃子 「優しい人」と「愛してる」は全然別で。祖母は、「好きな人を好意的に評価する」ということもしない人だと思うんです。作家として、自分の感情と評価は分けなくてはいけない。そういう線引きはできる。
響子 エジプトで母がコーヒー占いをしたら、占い師が「彼女は娘を愛してる」って言ったんです。母はそのことを『娘と私のアホ旅行』で、「そりゃ娘だもの、愛しておるよ!」って書いていました。そういう感じですよ、母の「愛してる」に対するニュアンスは。
桃子 大事に思う。好き。幸せになってほしい。それって全部違うと思うんです。
響子 少し前、母のお見舞いに行った人が、「響子さん、今度病院から帰る時、お母さんにハグしてあげてください」って言うんです。キモッ! てなりました。生まれてこの方、誰ともハグしたことのない者同士のハグですよ? 母にしてみれば「何だいったい!?」ってことになりますよ。
●佐藤愛子さんがM-1グランプリを見て面白いと評したお笑い芸人や座右の銘について、そして佐藤さんが娘と孫にした“謝罪”などインタビュー全文は『 週刊文春WOMAN2025創刊6周年記念号 』でお読みいただけまます。
娘・杉山響子
すぎやまきょうこ/1960年生まれ。玉川大学文学部卒。両親の離婚後は、母の佐藤愛子と暮らす。
孫・杉山桃子
すぎやまももこ/1991年生まれ。立教大学文学部卒。現在は「青乎(あを)」として、映像や音楽作家として活動。著書に『 佐藤愛子の孫は今日も振り回される 』。
さとうあいこ/1923年大阪府生まれ。甲南高等女学校卒業。1969年『戦いすんで日が暮れて』で第61回直木賞受賞、2000年、65歳から執筆を始めた佐藤家3代を描く『血脈』の完成により第48回菊池寛賞受賞。2017年旭日小綬章を受章。
聞き手・文 矢部万紀子
写真・時事通信フォト、文藝春秋
(矢部 万紀子/週刊文春WOMAN 2025創刊6周年記念号)
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