「石丸話法」「進次郎話法」「カマラ話法」…彼らのメッセージが中身よりも“話法”が注目されてしまうワケ
文春オンライン / 2025年1月12日 7時0分
©AFLO
「〇〇話法」という言葉が流行っている。政策よりも候補者の決め台詞や切り返しの方が人々の記憶に残りがちで、メディアもそちらの方が盛り上がる。これは何も日本に限った話ではなく、米大統領選関連でも定型話法やそれを揶揄する投稿ばかりが流れてきてうんざりする。
質の低いミームが量産されるワケ
おそらく、メディアに表れる言葉はいずれ全てが定型の短文と化し、ミームになってしまうのだろう。ミームとは集団内の模倣行動を指す。要は、言い回し等が広く拡散すること。芸人の一発ギャグ、ネットスラング、突っ込みの決め台詞。定型化して広まると、誰もがそれを使うようになる。問題は、ミームの広まりが社会に何をもたらすのかである。
ヤフーニュースとコメント欄を例に考えてみよう。コメント欄はなぜ盛り上がるのか。沢山「いいね」がついたコメントが自分の予想の範囲内だと安心するからだ。元記事は殺到するコメントのための釣り餌でしかない。わざと批判コメントを誘い、コメントでPVを稼ぐ収益構造が記事媒体に存在しているため、その微々たる売り上げを狙って質の低いお決まりのミームが量産されるのである。
ミームの特徴は模倣の連鎖による増殖と一般化であり、そこでは個が埋没している。初めは風刺や皮肉の意図があったかもしれないミームも、増殖するとすぐにその価値を失う。「それってあなたの感想ですよね」がその最たるものだ。だが、こうした風潮を嘆いてみせる大メディアもしっかりミーム化している。朝日新聞が最近よく炎上するのは、ネットに阿(おもね)ったタイトルをつけたりコメント機能を活用したりして、自らバズるためのミーム化を狙っているからである。
では、何がミームとなりやすいのか。常に人々の共感を呼ぶのは妬み、嘲弄、怒りである。嘗ての2ちゃんねるのように、時には傷を舐め合い、時には仲間内で誰かを馬鹿にし合う名もなき弱者の空間が、大通りへ出てそこを占拠してしまったのである。
それが政治の世界にも及んでいるのが今の実情だ。SNSが日本で急速に広まった2010年代はまだ、政治家はテレビの方ばかり向いていた。ネット選挙の重要性が高まり、投稿を拡散するサクラが雇われ、バズらせることが目的になると、ミーム化そのものを狙った発信が増える。相手候補を貶す際にも半ば組織的にミーム化が行われるようになった。
日本はマウント傾向の文字メディアと親和性が高かった
興味深いのは、米国のネット選挙の現在の姿である。2016年の米大統領選におけるSNSの世論操作がおどろおどろしい陰謀論であったのに比べ、2020年は恐怖を煽ることが目的となり、現在は両陣営が相手を馬鹿にするキャンペーンを行っている。相手を馬鹿にしてマウントを取るというのは、先ほどの2ちゃんねるの文化そのもの。世界的にXのユーザー数が突出する日本は、そもそもそうした数を恃(たの)むマウント傾向の文字メディアと親和性が高かったのであろう。
各陣営の支持者は、ミーム化を狙って候補者の定型フレーズを拡散する。彼らにとって、相手陣営のミームは常に腹立たしく、愚かで不快なものでしかないからそれを嘆くのだが、自陣営も同じような人を嘲弄する手法でミームを拡散していることにはなかなか気付かない。2008年に大統領に選出されたオバマ氏は、今から考えれば美しい理想ばかりを述べる人だった。それが現代人にはもう表層的にしか見えないのである。
政治は常にキーワードを用いる。CHANGE!とMAGAの間には単純さにおいてさほどの違いはない。だが、人々は美しい文章を話す政治家の話を聞くよりも、短文で拡散するミームにばかり関心を割くようになってしまった。
ミームの本質は定型表現の模倣による個の埋没である。従って、能動的で攻撃的なミーム以外にも、集団に受け入れられたい、責任を逃れたいという理由で用いられるミームもある。昔、大学院で教わった比較政治の教授に、「発表させていただきます」という言葉を学生が使うと「誰がするのかを不明確にするような言葉を使うな」と叱る人がいた。
主体を見失わせる話法はメディアにも社会にも横溢している。テレビ人がよく使う、「世間が許さない」とか「という声もありますが」等の責任逃れには、多数派でありたい欲望とともに、個が屹立することを許さない社会への阿りがある。弱い個はミームへと集結しやすい。何が正解なのか。どういう質問をすべきか。彼らにとっては初めから集団に受け入れられる結論だけが重要なのである。ミームはまさにそのためにある様式だ。
石丸氏から伝わってくること
「石丸話法」は、こうした主体の埋没した話法で話すメディア人に対する彼なりの強い抗議だったのかもしれない。石丸氏を見ていると、思考停止した定型表現や硬直した既得権益等への強い怒りが伝わってくる。だが、同時に彼自身にも自説に対する他の解釈を許さない生硬さがあった。石丸話法は、質問者の前提を受け入れず常に自分のメッセージに落とし込む話法だが、それが模倣され拡散することで、メッセージの中身よりも話法が注目されてしまったのである。
印象は異なるが、「進次郎話法」も「カマラ話法」も切り取りを避け、自身のメッセージに聞き手を集中させるために編み出した話し方だった。ただ、彼らの場合は失言せず、言い過ぎないことを目指しすぎて、しばしばトートロジーに陥る。メディアミームに対抗して身を固くしているうちに自らもミーム化し、またミーム的な批判を浴びる。ミームに対抗する者はミームしか生み出せない。
メディアや大衆が聞きたいことはいつも初めから定まっている。ミームの海に誰も彼もを溺れさせてみんなで安心するためである。ミームと離れて生きることがミーム化から身を護る術であり、仮に誤解され炎上したとしても心の裡を素直に表現し続けなければならない。
◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『 文藝春秋オピニオン 2025年の論点100 』に掲載されています。
(三浦 瑠麗/ノンフィクション出版)
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