「若い世代はLINEで『あけおめ』。郵便の出し方を知らない」応募ハガキが激減した全国コンクール“ハガキでごめんなさい”が示した日本社会の変化
文春オンライン / 2024年12月21日 10時50分
2024年12月20日、実行委員会から西村委員長、徳久副委員長、事務局の南国市観光協会から安岡事務局長、担当の竹中さんの4人が集まり、最終選考を前にした第一次選考を行った=南国市観光協会撮影
漫画家の故やなせたかしさん(1919年~2013年)が故郷の「地域起こし」のためにと発案し、高知県南国市の後免(ごめん)町の住民が続けてきた「ハガキでごめんなさい」全国コンクール。言いそびれた「ごめんなさい」を「ごめんの町」にハガキで送ってもらう取り組みだ。第21回を迎えた2024年度は、12月26日に最終選考が行われる。
ところが、応募数が激減してしまった。20年以上続いた催しのかつてない苦境。すぐに思い当たる原因はハガキの値上げだが、果たしてそれだけが理由なのか。関係者の話を聞いていくと、日本社会の深いところで進行する「変化」が見えてくる。
「来年はやなせ先生のテレビドラマが放映されるというのに……」
「このままだと100通ほどにしかならないかもしれません」
コンクールの事務局が置かれている南国市観光協会。担当職員の竹中瑞紀さん(31)がため息をついた。
「来年はやなせ先生のテレビドラマが放映されるというのに……」。観光協会の安岡知子・事務局長(41)は言葉が出ない。
やなせさんと妻の暢(のぶ)さんをモデルにしたNHK連続テレビ小説『あんぱん』が2025年春に始まる。そうした話題性に注目が集まり、応募が増えるかと思いきや、よもやの激減だった。
2024年10月末、南国市観光協会へ取材に訪れた時の会話である。応募の締め切りは11月末と、1カ月後に迫っていた。
過去5年間の応募数は第16回1927通、第17回2333通、第18回1849通、第19回1772通、第20回1688通。
例年ならダンボール箱にどっさり届いている時期だ。しかし、あまりに少ないので小さな菓子箱に入れるしかなく、それでも隙間だらけで振ったらカサカサと音がしていた。
「なんとかして応募を増やしたい」と思っても宣伝費がなかった。無料で公募情報を載せてもらえるウェブサイトにお願いしたり、四国各県の記者クラブにプレスリリースを送ったり、地元の『高知新聞』に募集記事を書いてもらったりして、ラストスパートをかけた。
それでも締め切りまであと2日という時点で確認すると、「300通ちょっとしか集まっていません」と竹中さんはうなだれていた。前年度の5分の1以下というレベルだ。
最終的にどうなったのか。今年度はギリギリになって届いた枚数が驚くほど多く、計1094通が寄せられた。
最低記録の更新は避けられたが、それでも激減
過去約20年間で最も少なかったのは、やなせさんが亡くなった翌年度の第14回(2014年度)で904通。最低記録の更新は避けられたが、それでも激減には違いない。コンクールの「今後」に大きな不安を残した。
考えられる理由の一つは、郵便料金の値上げだ。2024年10月1日から、63円だったハガキが85円になった。
「コンクールには年金生活の高齢者からも多く寄せられます。物価高で生活が苦しくなっているのに値上げになったので、応募を控えた方が多かったのかもしれません」と、徳久衛(とくひさ・まもる)さん(64)は話す。
徳久さんは後免町の住民らで結成した「ハガキでごめんなさい実行委員会」(西村太利委員長)の副委員長だ。生前のやなせさんとは、南国市で最も親しく交流し、コンクールも中心になって運営してきた。
「年賀状じまい」も近年の流行に
ただ、徳久さんは「値上げだけでは説明がつきません」と語る。
ハガキは7月から募集し始めたので、9月までに送れば値上げ前の料金で済んだ。値上げが本格的にダメージを及ぼすのは来年度からと見ており、「もっと厳しくなると予想しています」と唇を噛む。
では、何が影響したのか。徳久さん、安岡事務局長、担当の竹中さんの話を聞いていくと、様々な要因が見えてきた。
まず、第一にハガキ離れ。
このところ、郵便料金の値上げを契機にした「年賀状じまい」が話題になっている。
徳久さんの本業はクリーニング会社の会長だが、「『もう年賀状を止めます』というハガキが秋口から届き始め、仕事関係ではほとんどの会社が今年で年賀状を止めてしまいました」と話す。
経費削減の面もあるだろうが、「年賀状じまい」は近年の流行になっている。今冬は社会面のトップ記事で報じる地方紙もあり、こうして社会現象化してしまうと、流れは止められない。
安岡事務局長は「最近では余った年賀状で応募する人も見なくなりました」と話す。
「唯一出すハガキが年賀状だった」という人も多かっただろうに、このままではハガキが滅びてしまいかねない事態だ。
30代の竹中さんは「郵便の出し方さえ知りませんでした」
そもそも年賀状を出していなかった世代もある。30代になったばかりの竹中さんはそうだ。
「年始の挨拶は、グループLINEに『明けおめ』で終わりです。実は南国市観光協会に入るまで、郵便の出し方さえ知りませんでした」と告白する。
竹中さんが初めてハガキを目にしたのは祖母の家だ。
「幼い頃に棚をあさっていて発見しました。『これは何だろう』。未知との遭遇みたいな感じで、慌てて扉を閉めました」。その後もハガキや手紙に触れることはほとんどなかった。
就職してからは業務上必要なレターパックなどを利用するようになったが、「メールだとすぐ届くのに、なぜ何日も掛かる郵便を出すのか、しかもわざわざお金を払うのです。最初は不思議でした」と語る。
安岡事務局長は「竹中さんのような世代が増えたら、ハガキなんていつなくなってもおかしくありません。このスピード化時代に集配回数が減って利便性が低下していますし」と話す。同じ「三公社五現業」と呼ばれたかつての政府公営企業で、JRの地方路線が減便と利用者減という悪循環に陥っているのに似ている。
学校からのまとまった応募も年々減って
2003年度にコンクールが始まった時、やなせさんがハガキで応募してもらおうと考えたのは、「手軽だったから」(徳久さん)だ。しかし、約20年という歳月の技術革新と、郵政の経営方針のため、ハガキは手間が掛かり、高くて遅い通信媒体と認識されるようになった。
こうした状況を受け、郵便に触れる機会がなくなった子供達に、ハガキの出し方を教える手段としてコンクールを活用してきた学校もあった。「夏休みの宿題にしてくれた学校もあります」と竹中さんは語る。
「しかし、教員の中には私と同じように年賀状を出さず、ハガキの出し方も知らない世代が増えています。そうした教員が子供にハガキを出す体験をさせる必要性を感じるかどうか」と竹中さんは首を傾げる。
安岡事務局長は「学校からのまとまった応募は年々減っています」と寂しげだ。以前は100通、200通とまとまって応募していた近隣小学校からも、取材に訪れた時点では「1通しか届いていない」という惨状だった。
結果として、子供からの応募は大人より減り方が激しく、今年度は特にその傾向が顕著だった。昨年度の1090通から537通に半減した。
デジタル化が進んだ「ごめんなさい」の軽さ
徳久さんはこれらハガキを取り巻く環境に加え、「手で書く機会が減ったのも影響しているのではないか」と見ている。「実は私も会社の机に筆記用具を一切置いていません。稟議書はパソコンに送られてくるし、印鑑の代わりにサインを貼り付けるので、書く必要がないのです」と話す。
コンクールではそうした社会変化に対応し、メールで募集したことがある。
だが、「すごく味気のない内容が多く寄せられました。文面からなかなか感情が伝わってこないのです。これはダメだとすぐに止めてしまいました」と安岡事務局長が明かす。
どうしてなのだろう。
『アンパンマン』の生みの親のやなせさんが発案したコンクールだけに、ハガキに絵を描いて応募する人が多い。文字に工夫を凝らす人もいる。そのため、ハガキを見ているだけで楽しくなったり、泣けてきたりする。
徳久さんは「人の手が加わったハガキは、文字だけでも心が伝わります」と話す。
これを強く意識するのは高校生のテストを採点している時だ。
徳久さんはクリーニング会社の会長のかたわら、高校の国語科講師として教壇にも立っている。
「生徒が一生懸命に書いた答案用紙を見ていたら、上手な字であろうが、下手くそな字であろうが、それぞれの個性が伝わってきます。記述回答の欄には、何回も消して書き直したり、消した文字の跡が残っていたりして、こんなことも考えたのか、もう諦めたのかなどと、いろいろ想像してしまいます」
一方、社会でやり取りされる「ごめんなさい」はデジタル化が進み、SNSなどで伝えるケースが増えている。竹中さんは、こうした伝達手段の変化が「ごめんなさい」を変質させていると思うことがある。
「気軽に言えるようになりました。X(旧Twitter)などに『やっちまった。ごめんよ』みたいな乗りで簡単に投稿できます。相手が読もうが読むまいが、吐き出して懺悔(ざんげ)できるのです。もしかしたら、『ごめんなさい』自体が軽くなっているのかもしれません」
コロナ禍が変えてしまった人間関係
安岡事務局長も「LINEスタンプなどを張りつけて送信すれば簡単に謝れてしまいますからね」と話す。
私は「ChatGPTなどの生成AIに謝罪文を作成させ、そのまま張りつけてメールしたあとは知らんぷりの若手社員がいた」と憤慨するベテランに話を聞いたことがある。そうなれば、もはや「言いそびれた『ごめんなさい』」などとは無縁な世界だ。謝罪は気持ちのやりとりではなく、機械を介した通知になる。
そうした風潮も背景にあるのだろうか、徳久さんは「人間関係の変化」が応募に影響を与えているのではないかと考えている。最終的な引き金を引いたのは新型コロナウイルス感染症だ。
「感染防止のために他人と接触しないようにしようという社会運動が起きました。他人と深く関わらない生活に慣れてしまうと、もうこれでいいんだと思うようになります」
こうした傾向は以前から進んでいた。
「高校生の中にはスマホ中毒でないかというほど、スマホばかり見ている子もいます」と徳久さんは語る。結婚もマッチングアプリに頼る人が増え、人工知能(AI)が仲介してくれる。
人との関わりが薄れれば、「ごめんなさい」を言わなければならないような行為そのものが少なくなる。
地域社会や他人とどうつながっていくのか
徳久さんは、略称「ふてほど」が流行語大賞になったTBSドラマ『不適切にもほどがある!』を観る機会があった。令和と昭和が対比された物語だった。
「別に昭和がいいというわけではないのですけど、何か人間臭いものがありました。どろどろした人間関係も含めてです。それが一つのパワーになっていた時代でした」。人間臭さの喪失が、「ごめんなさい」の減少につながっているのだろうか。
ハガキの値上げや、ハガキ離れ、伝達手段のデジタル化に加えて、人間関係の希薄化と機械への依存。
応募ハガキの激減は、これら多くの変化が重なって、一気に表面化したのかもしれない。そうした面では、コンクールの苦境は日本社会の曲がり角を象徴する一つの現象とも言える。
「ただし、人間は一人では生きていけません。地域社会や他人とどうつながっていくか。皆で真剣に考えていく時期に差しかかっているのではないでしょうか」と徳久さんは訴える。
「コンクールではやなせ先生の提案通りに『言いそびれたごめんなさい』を募集してきました。しかし今回、改めて『ごめんなさい』が持つ意味について、ごめん町の皆で考えたいと思います。『だからこそ、このコンクールは今の社会に必要なんだ』という共通意識を持って発信していきたい」と力を込める。
「ごめんの町」で「ごめんなさい」を言う。
だじゃれで始まった催しが、日本社会に重い問いを発する。
(葉上 太郎)
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