日本が実現すべき「米国の国益を超えた民主主義」とは何か?《保阪正康氏が4カ条を提唱》
文春オンライン / 2025年1月1日 6時0分
占領軍を指揮したダグラス・マッカーサー
トランプ政権が再び誕生する2025年、日本はアメリカとどう対峙すべきなのかーー。昭和史研究家の保阪正康氏は、少年期に敗戦を迎え、米兵と直接触れ合ったことが自身の米国観に少なからず影響したという。保阪氏が自身の思い出を起点にして、戦後の占領政策や「普遍的な民主主義」について考察した。
◆◆◆
少年期に接したアメリカ兵の記憶
日本全国に占領軍が進駐するようになり、私の育った札幌と函館の間にある八雲という街の風景のなかにも、アメリカ兵たちは自然に存在するようになっていった。毎日、広場の一角に数人のアメリカ兵がやってきた。戦場で戦った兵士だけではなく、部隊に付き添う教誨師もいたかもしれない。彼らは、紙芝居のようなものを見せてくれた。内容はおぼろげにしか覚えてはいないが、キリスト教に基づくヒューマニズムの物語であったのであろう。彼らが来ると、私たちは走って広場に向かった。チョコレートやチューインガムなどをくれるのである。また、時には小学校の各クラスに長靴が5足ずつほど支給された。くじ引きで当たったときは嬉しく感じた。衣服も履物も不足していた当時、それらはありがたい救援物資だった。この光景は、日本の至る所で繰り広げられた日米和解の構図であったであろう。それは、子どもの心にまで溶け込んできたのである。
こういった少年期の体験は、アメリカに対する恩義として私のなかに記憶されており、長じてからアメリカの負の面を批判するときに、アンビバレントな心理を形成していく。私の世代が日米関係について歴史解釈をしようとするときには、自らの根底にあるこの心理を対象化することが必要になってくるのだ。アメリカへの向き合い方は私と異なっていたが、西部邁も、「日本支援の『ララ物資』なんて話になると、俺たちは弱いんだ」とよく口にしていた。
アメリカへのアンビバレントな心理は、単に私の私的な思い出話であることを超えて、アメリカそのものの自己矛盾の反映であるとも言えた。
東西冷戦が占領政策を変えた
アメリカが日本に説く民主主義は占領政策とともに大きく変容したのである。日本が降伏文書に調印し連合国軍の占領が決定した1945年9月2日から、サンフランシスコ講和条約が発効し日本が独立を回復する1952(昭和27)年4月28日までの日本占領期間は、二つの時代に画然と分かれていた。占領前期と占領後期に分けて考えると、日本に対する占領政策は見事に分断されている。
占領前期は、民主化、非軍事化という理念の徹底的な実現であり、戦前の日本の解体による戦後の再建であった。
占領後期は、東西冷戦の下、極東アジアにおける反共のための橋頭堡としての役割を日本に担わせることであった。
占領前期の民主主義を非戦思想とキリスト教によるヒューマニズムと評するなら、占領後期の民主主義は潜在的には軍事もともなう反共自由主義とも言うべき意味を持たされたと言える。まったく方向性は異なるが、共通するのは、「アメリカの国益に合致する民主主義」ということであった。時々刻々の世界情勢のなかのアメリカの恣意によるわけだから、占領政策には普遍性はないと考えるべきだったのである。
日本は占領を脱してからも、冷戦期はアメリカの後期占領政策の方向性の下に従属してきた。冷戦終結後も、政治、軍事、経済、文化に至るまで、アメリカの影響力は甚大であり、日本の意志的な選択を実現させることが困難な体質、そして巨大な力に依存する体質は変わらずにここまできた。その原点を現代史というスパンで考えるとき、戦後民主主義とされるものの実態がアメリカン・デモクラシーであったという現実を正確に理解してこなかったことが大きいのではないだろうか。
先に私はアメリカへのアンビバレントな心理を自ら対象化する必要について触れたが、それは、アメリカン・デモクラシーを検証したうえで、それが民主主義の本質とどう関わるのか、またアメリカン・デモクラシーという「アメリカの国益に合致する民主主義」を超える「普遍的な民主主義」を私たちがどう構想するのかという問いでなければならない。その道筋なしには、日本がアメリカと対等な関係を取り結び、自立した民主主義を身につけることはできないであろう。
では、「普遍的な民主主義」とはどのようなものか。近現代史を検証してきた私なりの視点で焦点を絞り、次の4点を挙げておきたい。
(1)基本的人権が自覚され、社会の共通意識になっている。
(2)市民という概念が共有され、国民、臣民という意識を超えている。
(3)基本的人権の意識が行き渡っていることを前提として、立法、行政、司法の三権が確立している。
(4)国際関係を軍事ではなく外交によって築こうとしている。
この4点を、「普遍的な民主主義」の条件としておきたい。この4条件を自覚し、実現しようとすることが、戦後民主主義という名のアメリカン・デモクラシーを超える「普遍的な民主主義」への道だと考えるのである。この4点から私たちは、近代史の中軸であった軍事主導体制を厳しく検証しなければならないし、戦後のアメリカに従属した日本のあり方、政治の方向性を確認し直す必要があるだろう。ここから歴史と現在を見つめると、私たちが真に批判すべきは何なのかが明確になってくるように思える。
その意味から、(1)についてあえて付言しておきたい。基本的人権とは、最も根源的な生存権に始まり、平等の原則、表現の自由、思想の自由、政治参加の自由などを指し、これらが、生を受けた瞬間から尊重される社会でなければ「普遍的な民主主義」は成り立たない。生を受けた瞬間から、ということは、子どもを育てる親や社会が基本的人権を認識していることが前提となり、そういった意識の循環や世代間の申し渡しが行われるのが民主主義社会であるとの理解にもなる。
※本記事の全文は、「文藝春秋」2025年1月号と、「文藝春秋 電子版」に掲載されています(保阪正康「 『親米保守』という大いなる矛盾」 )。
全文では、ペリーの来航から第二次世界大戦の終結に至るまでの日米間の関係、五箇条の御誓文にみる民主主義、アメリカ大統領選挙における民主党の敗因などについて語られています。
(保阪 正康/文藝春秋 2025年1月号)
外部リンク
この記事に関連するニュース
-
カーター元米大統領の理想主義、冷戦構造に翻弄…アラブ・イスラエル全面戦争回避は最大の功績
読売新聞 / 2024年12月31日 5時0分
-
米抑止力の復活「2025年を占う!」国際情勢
Japan In-depth / 2024年12月30日 14時13分
-
本当の保守とは“緩慢な革新” 民主主義がアメリカ国益主義になってはいないか【報道1930】
TBS NEWS DIG Powered by JNN / 2024年12月29日 12時42分
-
トランプ氏はなぜ勝ったのか ドーク教授の分析 その10 アメリカの左翼と日本の保守
Japan In-depth / 2024年12月19日 9時17分
-
トランプは「冷戦2.0」に勝てるのか?外交での3つの選択肢
ニューズウィーク日本版 / 2024年12月18日 16時31分
ランキング
-
1維新提唱の1人区「予備選」に壁 参院選、野党内の反応鈍く
共同通信 / 2025年1月3日 17時26分
-
2愛知県内の「特殊詐欺」被害額 過去10年で最悪に…去年1月から11月までに37億円超
CBCテレビ / 2025年1月3日 19時52分
-
3福島、津波被災の町に移住者増加 住宅価格が手頃、子育て支援も
共同通信 / 2025年1月3日 17時3分
-
4神戸の民家に男女3人の遺体 親族間でトラブルか 現場にはハンマー
毎日新聞 / 2025年1月3日 17時11分
-
5「クチャラー」から抜け出す簡単な3つの習慣 「音をたてて食べる」はウザがられる
J-CASTニュース / 2025年1月3日 16時0分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください