「なんだテメェ! くだらない質問しやがって!」ドンとテーブルを叩いて激怒…神田伯山が明かすアントニオ猪木の記憶
文春オンライン / 2024年12月23日 12時30分
神田伯山 ©佐藤亘/文藝春秋
講談師の神田伯山の対談集『 訊く! 』が滅法面白い。
テレビ朝日アナウンサーの弘中綾香、脚本家の宮藤官九郎、俳優の中井貴一、寺島しのぶといった仕事の充実期を迎えた相手がずらりと並ぶが、伯山が対談した11人のなかで、ひとりだけ故人がいる。
アントニオ猪木だ。
「猪木さん、とても格好良かったです。私と対談した時は、対談場所である部屋の前まで車椅子でいらっしゃったんですが、私が視界に入る手前まで来るとパッと立ち上がり、そこから歩いて来られた。そして深く一礼。体調がどうであろうと『アントニオ猪木』としてファンを裏切らない。そのサービス精神に胸打たれました」
対談中にアントニオ猪木が激怒!?
対談が行われたのは、コロナ禍が始まる前の2019年。猪木が亡くなったのは2022年10月だ。すでに体調を崩していた猪木だったが、伯山との対談は晩年の貴重な資料ともなっている。伯山は猪木のサービス精神に感嘆したという。
「きっと、体調も良くなかったはずです。それでも、猪木寛至という『素』に戻られる瞬間が一時たりともなかったです。ファンを裏切ってはいけないという強い思い。これには感動しました。対談の途中には、こんなこともありました。最近、新宿末広亭の高座にも上がっていただいているプロレス実況の清野茂樹さんに、せっかくの機会だということで質問をしてもらったんです。そうしたら猪木さんが……」
本文から、その箇所を引用してみる。
清野 プロレスの実況アナもさせてもらっています、清野と申します。猪木さんはよく「怒りを見せろ」ということをおっしゃっています。若い選手にも、「もっと怒れ」と。そんな猪木さんが最近、何か怒ったことはありますか。
猪木 なんだテメェ!(ドンとテーブルを叩きながら)くだらない質問しやがって!
この時、この瞬間を、伯山はありありと思い出せるという。
「マジで清野さんはビビッてました(笑)。僕もびっくりしました。ピーンと空気が張りつめた感じ。そうしたら猪木さんが一拍置いて、『ずいぶんと迫力がなくなってしまいましたが……』とつぶやいたんです」
さらに驚かされたのは北朝鮮での話。1995年、北朝鮮の平壌で行われた興行は、力道山や拉致問題など様々な思惑が絡んだなかで行われたが、2日間でなんと38万人を動員。猪木は2日目にリック・フレアーと戦い、延髄切りからの体固めで勝利した。
「プロレスをまったく知らない人たちを38万人も集めて、大歓声を巻き起こしたわけです。猪木さん、その時のことを『言い方はアレですけど、自分の手のひらに数十万の観客を乗っけたような感じで』とおっしゃったんです。スケールは違いますけど、寄席芸人のベテランのような、お客様を手玉に取っていく感じが伝わってきました。正真正銘のエンターテイナーです」
イベントで『1、2、3、ダーッ』をやると100万円
だがこの対談、途中で思わず笑ってしまう箇所もある。
「私が噂に聞いていた『1、2、3、ダーッ』をイベント出演などでお願いすると100万円というのは本当なんですか? と質問したんです。そうしたら、『ビンタも100万なんじゃないかな』と答えてくれるという(笑)」
対談から5年が経過しているが、伯山は別れ際の猪木と交わした会話も鮮明に記憶している。
「最後に、猪木さんは『伯山さん、今度は一緒にうまいもの食べに行きましょう』と誘ってくださったんです。うれしかったですね。しかも、それが社交辞令じゃなかった。体調が悪いのに、私が行きたいですといえば、ちゃんと時間を作ってくださる雰囲気でした。残念ながら実現はしませんでしたけど……。最後の最後まで『アントニオ猪木』としての姿を見せて下さったことが、本当にうれしかったです」
このとき、伯山と猪木は初対面だったが、最後に猪木は胸襟を開いている。
本音を「話してしまう」対談相手たち
この対談集が不思議なのは、なぜか、対談相手がふだんはメディアに話さないようなことまで伯山に「話してしまっている」ことだ。
「北方謙三先生との対談では『伯山、お前、他人に興味ないだろ』と、バッサリ言われました(笑)。それなのに結果的には、なぜか本音を引き出せたかな、と思います。どうしてかと考えていくと、私自身が功成り名を遂げた人たちの歴史、ヒストリーに興味があったからかもしれません。そこで相手の方と『調和』が起きて、普段はなかなか口にしないことまで、話してくださったのかなとも思います」
「ダークな本音」、たとえばテレビ朝日の弘中綾香アナ。
「いま読み直してみると、弘中アナの発言、危なっかしいんですよ。『せっかくテレビ局に入ったので。テレビって広い意味で考えたら、大衆を扇動することができるじゃないですか』とか(笑)。危なっかしい発言はこれだけじゃなくて、よくぞこの原稿をテレ朝の広報が通したと思います。テレ朝としても推してる時期だったと思いますし、本人も野心満々だった時期の感じが出ていると思います」
中村勘九郎が明かした父との葛藤
歌舞伎役者の中村勘九郎は、父である十八代目中村勘三郎が亡くなってからの葛藤を吐露している。
勘九郎 父を好きな人が、中村ファンになってくれた。で、僕が父ゆかりの演目とかをやるじゃないですか。もう、全然です。
伯山 全然……というと。
勘九郎 まず、僕のやることに気持ちがついてきてくれないですから。
勘九郎はまた、勘三郎が亡くなってからの不遇についても触れており、こうした発言は、歌舞伎に関連するメディアでは絶対に読むことができない。
伯山も伝統芸能の世界に生きる者として、勘九郎の話には感じるところがあった。
「勘九郎さんはお父さまである十八代目勘三郎さんの背中を追ってらっしゃる。私が思うに、師匠から芸を受け継ぐということには“遺産”と“負債”の両面があると思っています。一般的には遺産の方に目が向けられますが、寄席演芸の世界では師匠が亡くなると、精神的にも、芸の面でも解放される方が中にはいます。
勘九郎さんの場合、お父さまとは、当たり前のことですがニンが違う。解放されてもいいじゃないか、と僕なんかは思ってしまうんですが、平成中村座やコクーン歌舞伎を引き継いでいく使命もある。そういうあらゆる呪縛を背負いながら舞台に立つって格好いいと思いました」
「お前は猫背を直せ」と言われた松之丞は…
伯山自身は、講談を受け継ぎ、次世代へつないでいく立場の人間として、「継承」をどう捉えているのだろうか。
「2017年から、お正月に連続物を読ませていただいています。年明けにも『清水次郎長伝』を5日間連続で読みますが、正月早々、お客さまもいろいろなことを犠牲にして会場に集まるという、たいへん負担の大きな会となっております(笑)。
でも、私がこうして連続物に取り組んでいるのも、一門の歴史が関係しています。大師匠にあたる二代目の神田山陽は『十話も二十話も続く連続物なんて、もう誰も聞かないよ』と一話完結の読み切りにシフトしたんです。ところが、私の師匠である神田松鯉は講談の本質は連続物にあると考え、嫌がる師匠から話を教えてもらった。つまり、師匠を否定した『鬼っ子』だったからこそ、今の講談があるわけです」
伯山も、神田松之丞と名乗っていた頃は講談の先生たちからの助言を素直に聞かなかったと振り返る。
「松之丞、お前は高座での猫背を直せ、と散々言われました。でも、直さなかったです。余計に猫背にしてやろうと思ってました(笑)」
よりによってクリスマスイブにイベントを
不惑を過ぎた伯山、12月11日から20日まで新宿末広亭で主任を務めた12月中席も連日満員。ただし、苦戦中のイベントもあるとのこと。
「よりによってクリスマスイブに、練馬文化センターで、猪木さんに凄まれたアナウンサーの清野さん、それに力道山未亡人の田中敬子さんをゲストに招いてプロレスのトークショー 『神田伯山&清野茂樹クリスマストークショー 〜力道山未亡人を迎えて〜』 をやります。これがですね、びっくりするほど売れてない(笑)。たしかに、恋人たちはどこかでイチャイチャしてるでしょう。仕事がいそがしい人は、仕事納めに向けて必死にPCに向かっている頃でしょう。でも、来てください。いろいろプレゼントも用意してますから。
力道山が着ていたのと同じデザインのようなガウン、これは10万円ほどする特注品で1名様にプレゼント。いまなら当選確率が高いです(笑)。それにゆかりのあるくつべら、力道山の愛好した『ジョニ黒』こと、ジョニー・ウォーカーの黒ラベルも3名様にプレゼント。それに私がある理由で封印していた講談、『グレーゾーン』も久しぶりに高座で読ませていただきます」
(生島 淳)
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