「金王朝は崩壊間近か」金正恩の“神格化”に着手した北朝鮮を苦しめる「4つの敵」
文春オンライン / 2025年1月13日 6時0分
金正恩総書記 ©EPA=時事
近年、北朝鮮の危機が最も叫ばれたのが1990年代半ばだった。1994年から1998年にかけ、災害に伴う大規模な食糧難が発生。1994年7月に金日成(キムイルソン)主席が死去し、欧米社会に「北朝鮮崩壊」を予測する声が高まった。金日成氏の後継者、金正日(ジヨンイル)総書記は軍がすべてに優先する「先軍政治」や市場経済の一部導入などを実施し、何とか危機を脱した。
今、金正日氏から代を継いだ金正恩(ジヨンウン)総書記と北朝鮮は「4つの敵」に苦しんでいる。いずれも、四半世紀前の危機を脱するために支払った対価と言えるものだ。
北朝鮮を苦しめる「4つの敵」
第1の敵は、四半世紀前と変わらない日米韓など自由主義諸国だが、それほど難敵とは言えないだろう。スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によれば、北朝鮮は2024年1月時点で約50発の核弾頭を保有する。韓国を狙う戦術核ミサイルの発射訓練も繰り返している。冷戦時代の再来という僥倖にも恵まれた。中国は米国に対抗するカードとして北朝鮮の崩壊を望まないし、ウクライナに侵攻したロシアは北朝鮮から大量の砲弾を購入している。外圧によって北朝鮮が崩壊することはない。
それ以外の敵は厄介だ。第二の敵は「金主(トンチユ)」と呼ばれる新興富裕層だ。1990年代の「苦難の行軍」で、北朝鮮の配給制度が一部を除いて崩壊。金主たちは代わりに発達した市場で金を儲け、運輸や建設、漁業など様々な事業に進出している。
北朝鮮当局は、金主がロシアのオリガルヒのように政治に影響を与える事態を懸念している。2010年代後半から市場の営業時間や取扱品目に制限を加えたほか、2022年に各地に糧穀販売所を設置した。市価より若干安い値段でコメなどを販売し、市民の利用を奨励している。
この結果、山間部など流通網が弱い地域で餓死者を出したほか、北朝鮮の経済成長が鈍化する事態を招いた。今後も市場統制を強化すればするほど、市民の不満は高まるだろう。
第3の敵は「地方」だ。北朝鮮は建国以来、「革命の首都」と呼ぶ平壌の繁栄を第一に考えて来た。平壌市民には特別の「公民証」が発給され、地方の市民は許可証がなければ、平壌に入ることを許されない。地方の農産品や鉱物、水産物などはすべて国が収奪する。
国に期待感もない代わりに忠誠心もない
地方では、一生を生まれた場所で過ごす人も珍しくない。電気、水道、ガスなどが整備されておらず、文化的な生活は望めない。「自動ドア」「エスカレーター」「動く列車」を見たことがないという人も多い。地方では国に期待感もない代わりに忠誠心もない人が増えている。
危機感を覚えた金正恩氏は2024年1月の朝鮮労働党政治局拡大会議で、1年間に20カ所の地方に新たな産業工場を建設する事業を10年間続ける「地方発展20×10政策」を決定。同年7月に中朝国境地帯で発生した大規模水害では、被災者1万5000人余りに、新たな住宅が建設されるまで平壌に滞在することを認めた。
ただ、新たな産業工場が建設されても、原材料や工場を運転する電気や水、生産品を運ぶ交通網などの問題が解決されていない。被災者を一時的に救済しても、河川の整備や山林の緑地化など根本的な災害対策事業の見通しは立っていない。
そして、最も恐ろしい第4の敵は「若者」だ。苦難の行軍の後に生まれた人々は今、30代になろうとしている。配給という国の恩恵を知らずに育ったほか、中国や韓国などの影響を強く受けた人々だ。苦難の行軍では、人々は食料を求めて国内をさまよい、北朝鮮当局もそれを黙認した。中には中国まで足を延ばした人々もいて、中朝間の密貿易が増える一因を作った。若い世代の人々は、密貿易でもたらされた韓国や米国の音楽、映画、ドラマなどに親しんで育った。若い人々に、北朝鮮当局による「北朝鮮は地上の楽園」という宣伝文句は通じない。
韓国に飲み込まれるという恐怖感
北朝鮮はこうした事態を憂慮し、様々な手を打ってきた。2020年に反動思想文化排撃法、2021年に青年教養保障法、2023年に平壌文化語保護法を立て続けに制定。米国や韓国などのドラマを視聴したり、広めたりする行為を処罰するほか、韓国の言葉や服装を真似ることも禁じた。
また、韓国外交部は2023年12月、北朝鮮が在スペイン大使館など7つの在外公館を閉鎖した事実を明らかにした。外交官らが外国の情報や文化を北朝鮮に持ち帰る事態を憂慮した措置とみられる。
そして2023年末、金正恩氏は韓国を「敵対的な二国家の関係」と位置づけ、平和統一政策を放棄した。韓国を敵と位置付けなければ、北朝鮮市民が韓国の影響を受け続け、いずれ韓国に飲み込まれるという恐怖感が背景にある。
新たな神格化事業に着手
同時に、北朝鮮は、金正恩氏が2024年1月に40歳になったことを契機に、新たな神格化事業に着手した。朝鮮中央通信は2024年5月、正恩氏の肖像画が党中央幹部学校で掲示されている様子を報道。同年6月には正恩氏が描かれたバッジを着用した幹部たちの姿も伝えた。
だが、こうした政策は人々の反発を買う可能性が極めて高い。貧困にあえぐ北朝鮮で、「統一は生活苦から逃れる最後の手段」と考えている人が多いからだ。自由を奪われることへの反発もある。韓国政府は、2023年に韓国入りした脱北者が、前年の3倍にあたる196人だと説明。うち、半数を超える99人は20~30代という。
北朝鮮は建国以来、民主的な選挙をしてこなかった。権力核心層の忠誠心は強いが、一般市民の支持はほとんどなく、不満がガスのように充満している。かつてコンドリーザ・ライス元米国務長官は「ルーマニアのチャウシェスク政権は強固な権力を誇ったのに、演説の途中で一人の女性が『チャウシェスクはウソつきだ』と叫んだ瞬間にすべてが変わった」と語った。2025年の北朝鮮にも同じ瞬間がやってくるかもしれない。
◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『 文藝春秋オピニオン 2025年の論点100 』に掲載されています。
(牧野 愛博/ノンフィクション出版)
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