教祖の妻や“美人姉妹信者”がワイドショーに…なぜオウムの“暴走”を止められなかったのか?「地下鉄サリン」事件から30年後にみえた“教訓”
文春オンライン / 2025年1月10日 7時0分
松本智津夫元死刑囚(麻原彰晃) ©時事通信社
オウム真理教による地下鉄サリン事件から30年になる。事件の最大の責任が、教祖である麻原彰晃こと松本智津夫にあることは言うまでもない。ただ、教団はいきなり地下鉄で事件を決行したわけではなく、それまでにいくつもの事件やトラブルを起こしてきた。にもかかわらず、なぜ社会はこの団体の暴走を止められなかったのか。検証すべきことは多いが、ここでは主に(1)警察、(2)メディア、(3)知識人・文化人について取り上げ、宗教界、教育、政治、行政についても触れる。
反応が鈍かった初動捜査
まず指摘したいのは、坂本弁護士一家殺害事件(1989年11月)後の神奈川県警の初動捜査の問題だ。
実行犯らは、就寝中の一家3人を襲い、殺害後に遺体や布団などを運び去った。一行は、静岡県富士宮市の教団本部に戻った後、遺体を長野、新潟、富山の山中に別々に埋め、布団を焼却するなどの隠蔽工作をした。その間に、坂本弁護士の家族や法律事務所は異変に気づき、警察に届けた。同僚弁護士らは、直前にオウム幹部と坂本弁護士との間に緊迫したやりとりがあったことなどを説明し、捜索を急いで欲しい、と強く要請した。
ところが、同県警の反応は著しく鈍かった。教祖ら教団幹部は、警察から事情を聞かれることなく、何らのマークもされず、日本を出国。西ドイツ(当時)で、現場に指紋を残した可能性のある実行犯の指紋消去の証拠隠滅を行った。
埋めた場所の地図を県警に送りつけた
その後、実行犯の1人が教団を離脱し、坂本弁護士の長男を埋めた場所を示す詳細な地図を同県警に送りつけた。県警は、一応その場所を捜索したが、遺体発見には至らなかった。ところが、地下鉄サリン事件後の捜査で、遺体はまさに地図が示した通りの場所から発見されている。
当初の捜索が十分に行われ、遺体を見つけていれば、その後の捜査で教団の犯行が明らかになった可能性がある。ここで食い止めていれば、その後の松本・地下鉄両サリン事件など様々な被害を防げたはずで、本当に悔やまれる。
筆者の自宅に毒ガスがまかれ…
その後オウムは、各地で住民の家を盗聴したり、批判している人を攻撃したりと、様々な事件を引き起こしていたが、これについても警察の腰は重かった。宮崎県で資産家が拉致され、東京都内の教団施設で監禁された事件では、被害者の訴えを、宮崎県警と警視庁が互いに押しつけ合う言動もあった。信者の親たちで作る被害者の会の永岡弘行会長が化学兵器VXで襲われた際にも、警察は当初、刑事事件として捜査しようとしなかった。筆者(江川)の自宅に毒ガスホスゲンがまかれた件も、捜査されないままだ。
松本サリン事件では、長野県警は被害者である河野義行さん犯人説にこだわり、メディアもそれに乗った。一方で、同県警の中には化学薬品の捜査を行うチームができ、サリンの原材料となる薬品をたどって、オウムのダミー会社を突き止めていた。強制捜査に至らなかったのは、法の不備もあるが、同県警の情報が、もう少し早く警察全体で共有され、共同して捜査を行う体制ができていたら状況は変わっていたかもしれない。
問われるメディアと一部知識人・文化人の責任
当時の法の不備や警察間の連携・協力体制については、事件後に改善された点もある。ただ、警察力がうまく機能しなかった原因は、それだけではないのではないか。被害者の属性によって対応を変えたり、相手が宗教法人であるために、被害の訴えがあっても、尻込み・敬遠・軽視することはなかったか。失敗を繰り返さないためにも、警察自身が十分な検証をし、改善して欲しいが、その動きが見えないのが気がかりだ。
オウムは、坂本事件で疑惑を向けられた時期を乗り切ると、急速に人や金を集めて教勢を拡大。武装化の資金や労働力を得た。これに関しては、教団の反社会的体質を覆い隠したメディアと一部知識人・文化人の責任も問われるべきだろう。
とりわけテレビは、かねてから超能力や「ノストラダムスの大予言」などを取り上げるオカルト番組を盛んに放送してきた。こうした番組は、若者たちが麻原の超能力やハルマゲドン言説をすんなり受け入れる土壌を育んだ。
教祖の妻や“美人姉妹信者”を話題にしたワイドショー
坂本事件の後も、テレビはオウムをサブカルチャーの1つとしておもしろおかしくとりあげたり、麻原をすぐれた宗教者のように持ち上げて見せる番組もあった。ワイドショーで教祖の妻や“美人姉妹信者”を話題にし、バラエティ番組に教祖を出演させるなど、教団が無害で犯罪とは無縁な集団であるかのような印象を広めたのもテレビだ。人気の討論番組『朝まで生テレビ!』は、麻原以下幹部をそろって生出演させ、時間を費やして教団のPRを許した。この番組を見て、オウムに関心を持ち、入信した若者もいた。
政治や行政も無関心だった
そして、吉本隆明、山折哲雄、栗本慎一郎、島田裕巳、荒俣宏、山崎哲、ビートたけしの各氏など、錚錚(そうそう)たる知識人・文化人がオウムを擁護し、称賛した。中でも、若者に人気があった宗教学者の中沢新一氏は、坂本事件の後、自らオウムの「弁護人」を買って出て、「実際に麻原さんに会った印象でも、彼はウソをついている人じゃないと思った」などとかばった。チベット仏教の専門家でもある同氏が「狂気がなければ宗教じゃない」と麻原の言動や教団の行いを正当化した影響は小さいとは言えない。
一方で、学校や社会でのカルト問題に関する教育や情報提供は全く不十分だった。また、統一教会(現・世界平和統一家庭連合)に関しては、キリスト教関係者の支援があったが、仏教系カルトのオウムに対応できる宗教者は見当たらなかった。さらに、政治や行政もカルト問題については無関心だった。
社会の無知無関心につけこみ、教団はさらに勢力を拡大し、莫大な資金を集め、武装化に注ぎ込んだ。ここから教訓を学ぶならば、カルト問題についての調査・研究や、学校での教育、社会への情報提供に、もっと力を入れるべきではないか。
◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『 文藝春秋オピニオン 2025年の論点100 』に掲載されています。
(江川 紹子/ノンフィクション出版)
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