「最寄り駅」じゃない方の“ナゾの登山駅”「富士山」には何がある?
文春オンライン / 2024年12月29日 6時20分
「最寄り駅」じゃない方の“ナゾの登山駅”「富士山」には何がある?
「一富士二鷹三茄子」という言葉がある。これを初夢で見ることができたなら良いことがあるよ、という縁起もの。だから、毎年お正月には、どうせならば一富士二鷹三茄子のどれか、できることなら富士山が夢に出てきてくれないか、と毎年のように念じながら眠りに就くのである。
ところが、あいにくいままで富士山どころか鷹も茄子も夢に出てきたことはない。
だから、今度こそは何とか富士山の夢が見たい。ならば、頭の中を富士山で埋め尽くしておけばいいのだ。そのためには、富士山に行くしかない。もちろん冬の富士山に登るほど登山経験が豊富なわけでもないから、その手前。「富士」の名の付く駅に行ってみようと思う。
といっても、「富士」と付く駅はあちこちにある。だいたいが富士山の裾野の山梨県や静岡県なのだが、東京都内にも富士見台や中野富士見町といった駅がある。遠く鳥取県にも富士見町駅があるくらいだ。
なんでも、全国に18もの“富士”駅があるという。その中で、富士山の夢を見るための駅ならどこか。やっぱり、いちばん富士山に近く、それでいて駅名もそのまんま、富士山駅に決まっているのである。
“ナゾの登山駅”「富士山」はどこにある?
富士山駅というわかりやすすぎる名前の駅は、山梨県富士吉田市、富士急行線の駅だ。大月駅で中央本線から乗り換えて、だいたい50分。富士急行線には新宿駅からの特急「富士回遊」も1日に少なくとも4往復乗り入れている。新宿駅から富士山駅までは2時間弱だ。
富士急行線の終点は富士山駅から富士急ハイランド駅を挟んでふたつ先の河口湖駅だ。そちらの方がターミナル然としているし、富士スバルラインへのバスの発着ターミナルにもなっている。とうぜん特急「富士回遊」も河口湖駅が終点だ。
ただ、富士山駅からも五合目へのバスや東京方面への高速バスなどが出ている。基本的な役割としては、河口湖駅とほとんど変わらないといっていい。そして加えて、富士山駅には富士山麓の町・富士吉田市のターミナルという顔も持っている。
そういうわけで富士山駅だ。この駅で富士急行線はスイッチバック、方向転換して河口湖駅方面に向かう。だから駅の構造は頭端式。ホームの上からは、富士山はもちろんのこと富士急ハイランドのジェットコースターも見える。そんなホームの端っこから改札を抜けると、そのまま「Q-STA」という名の駅ビルに続く。
Q-STAは、地上6階地下1階という実に立派なターミナルビルだ。1975年、イトーヨーカドーを核店舗としてオープン。2005年にヨーカドーは撤退、その後リニューアルして現在の形になった。
土産物店が入って富士山展望デッキなどもあるが、ダイソーに魚民、無印良品、モスバーガー。まあごく一般的な店が入っている。このあたり、富士山の玄関口というよりは富士吉田市の玄関口、富士山駅といったところだろうか。
駅ビルに囲まれた改札を抜けると鳥居が見えてきた
富士山駅のホームは、この駅ビルにすっぽり囲まれている。改札を抜けた先、どこに向かえば駅の外に出られるのかも一瞬わからなくなってしまう。
もちろん駅ビルの中を抜けてもいいし、改札を出て右か左に折れて外に出てもいい。“正面”というべき出入口は、駅の北側だ。北側の出入口には鳥居が設えられていて、いかにも正面玄関という構えを見せてくれている。
そして、北側の出入口の鳥居をくぐって外に出て、右手に向かって歩いてゆく。駅ビルの駐車場が広がる脇を抜けていけば、ちょっとした公園。その先は、北東から南西に走る国道へ。
すぐ脇の交差点には、ここにも立派な鳥居が建つ。金鳥居といい、富士山が聖域だった時代に聖と俗を隔てる結界のような鳥居だったという。最初は1788年に建てられて、現在のものが建ったのは1955年。この鳥居のまっすぐ南には、富士山が堂々と聳えている。
金鳥居の建つ国道は、「富士みち」ともいう古くからの富士登山のメインルートだ。そして、いまでは富士吉田市のメインストリートにもなっている。
「富士山信仰のシンボル」を抱える“宗教都市”を歩く
南の端の上宿交差点で東に国道138号(旧鎌倉往還)、西に国道139号へと分かれる。富士スバルラインは国道139号の先から。
旧鎌倉往還を少し歩くと、北口本宮冨士浅間神社が見えてくる。富士の裾野の鬱蒼とした森の中に境内を拡げる神社で、本殿は国の重要文化財。世界遺産構成資産のひとつになっている。
同時に北口本宮冨士浅間神社は富士登山の起点にもなっていて、信仰の対象としての富士山のシンボルのような存在でもある。金鳥居を潜って進むその道も、北口本宮冨士浅間神社の参道のような位置づけなのだろう。そして、北口本宮冨士浅間神社の門前町である富士吉田の町そのものも、富士信仰の拠点として栄えた町である。
富士山駅から北口本宮冨士浅間神社にかけての一帯は、「上吉田」と呼ばれる。江戸時代、上吉田一帯、いまの国道沿いには御師の屋敷が100軒近くも並んでいたという。
御師とは、富士登山者(参詣者)のためにあれこれ世話をしたり手配をしてくれる、いまでいう旅行代理店のような存在だ。上吉田では宿坊を営み、参詣者たちはここで宿を取って本格的な登山に備えた。
江戸時代の富士登山は、いわゆる“富士講”によった。各地で講が形成され、代表者数名が代参するのがよくあるパターン。御師は檀家巡りをして富士信仰の布教を担う役割も持ち、江戸の町には江戸八百八講と言われるほど富士信仰が盛んになったという。
そうした講と御師の一大拠点が、いまの富士吉田。つまり、富士吉田の町は富士登山の拠点、などという言葉で片付けられるようなものではなく、富士信仰の一大拠点だったというわけだ。
いまでも国道沿いには御師の屋敷があちこちに残っている。近年の富士山というと、登山はもちろんのこと、裾野でのキャンプやら何やら、レジャーのイメージも強い。だが、もとを辿れば富士山は信仰の対象。富士吉田は、いわば宗教都市なのである。
かつては鳥居の下を路面電車っぽいものが走っていた…?
このあたりで、富士山駅前の金鳥居まで戻って来た。外国人観光客が鳥居と富士山を一枚の写真に収めようと四苦八苦していた。鳥居も大きいが富士山も大きい。それに、南向きだからどうしたって逆光になる。うまく写真を撮るのにはかなり工夫が必要なのだろう。
そんな金鳥居の足元には、説明書きとともに昔の様子を伝える古写真があった。そこには、何やら鳥居の下を路面電車のようなものが走っている。もちろんいまの金鳥居の下にはそんなものは走っていない。いったい、何なのだろうか。
実は、明治に入ってから富士吉田周辺を含む富士山麓にはたくさんの馬車軌道が敷設されていた。「富士みち」とも称される金鳥居の国道も例に漏れず、のちに富士急行線に役割を引き継ぐことになる、大月方面からの馬車軌道があった。
他にも、富士の裾野を横断して御殿場方面まで通じるものもあり、1903年には富士馬車鉄道・都留馬車鉄道・御殿場馬車鉄道が接続。裾野を馬に牽かれた小さな車両が行き交っていた。近代文明の象徴たる鉄道の力を借りて、少しでも富士登山をラクにして、ついでに富士山麓の開発も促そうというもくろみだったのだろうか。
ただ、標高の高い富士山麓は勾配もキツく、一般的な鉄道はなかなか実現しなかった。
ようやく昭和になってからの1929年、富士山麓電気鉄道が開業。大月~富士吉田間を結ぶ。富士山麓電気鉄道が現在の富士急行線、富士吉田駅が現在の富士山駅だ。そうして吉田の町は、鉄道の時代になっても富士登山の拠点という役割を担い続けていまに至っている。
「富士山まで鉄道で行きたい」が叶う日は来る?
いま、山梨県は富士山の五合目までの登山鉄道の構想を持っているらしい。もとは信仰の山である富士山に鉄道を通していいものか。また自然保護の観点からもいかがなものか。そもそも技術的に可能なのか。いろいろと意見はあるようだ。
結局、山梨県では一般的な鉄道はあきらめてゴムタイヤで富士スバルラインを走る「富士トラム」にする方針になった。ゴムタイヤで富士スバルラインを走るって、それはバスと何が違うのか、という気がしなくもないが、果たして実現やいかに。
いずれにしても、少なくともいまでも吉田までは鉄道が通っている。特急に乗れば、新宿駅からも2時間足らず。なかなかに便利な霊峰・富士といっていい。
師走の富士山は、もちろんシーズンオフ。それでも特急「富士回遊」は上りも下りも満席だった。そのほとんどが外国人観光客だ。富士山駅周辺の町中でも、あちこちで外国人観光客の姿を見た。彼らのうちのどれくらいが、信仰の対象としての富士山とその文化に関心を抱いてくれるのだろうか。
ちなみに、話題になった“富士山の見えるコンビニ”は、河口湖駅近くのローソンだ。ただ、別にそのローソンに行かなくても、このあたりはどこからだって富士山が大きく見える。
東海道新幹線の車窓から見るような富士山とはまったく違い、手が届きそうな近くにとてつもない迫力で迫り来る富士山。まるで飲み込まれてしまいそうな圧迫感すら覚えてしまう。富士山駅を歩いているその間、ずっとそんな富士山に見下ろされていた。
これだけ力強い富士山を見続けたのだから、きっと初夢にも富士山が出てきてくれるに違いない。シーズンオフであっても、富士山は富士山。その圧倒的な存在感と神秘的なものを感じる美しい山容は、初夢でなくてもいつでも夢に出てきてほしい。そんな特別な山なのである。
写真=鼠入昌史
(鼠入 昌史)
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