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「だって、一緒に飲むと効き目が増すんです」“心の風邪”で一気に浸透…「うつ」への理解がすすむ裏で深刻化している、“処方薬依存”とは

文春オンライン / 2024年12月26日 11時0分

「だって、一緒に飲むと効き目が増すんです」“心の風邪”で一気に浸透…「うつ」への理解がすすむ裏で深刻化している、“処方薬依存”とは

©AFLO

 依存症に関する常識が変わらない一方で、ここ20年で急激に変わったものがある。うつ病をはじめとする精神疾患をめぐる常識だ。なぜうつ病をめぐる認識は大きく変わったのか。そして、うつ病が「仮面」となる場面とは。

 発売中の 『週刊文春WOMAN創刊6周年記念号』 より、一部を編集の上、紹介します。

差別か、それとも断罪か

 世界でも稀な飲酒許容文化の国である日本では、アルコール依存症についての常識は昭和の時代からほとんど変わっていない。

 社会的な動きだけではない。依存症本人への評価も変わっていない。意志が弱い、人間的にダメだ、逃げるなんて甘えだ、などに象徴される断罪ぶりは際立っている。それは統合失調症のような精神的疾病への差別感情とはひと味違っている。

 それをなんと表現すればいいのだろう。たとえば、自分だってこんなにつらい思いしているのに、お前たち(あなたたち)は酒に逃げるなんて甘えてるんじゃないのか、自分の酒くらい自分でコントロールしろよ!という激しい憤りのようなものを感じさせる。飲酒は本人の責任なんだ、うまく飲めないなんて本人の性格の問題や果ては遺伝ではないかという視線も見え隠れする。

 アルコールは嗜好品としてもっとも親しまれているために、上手に飲めないことへの風当たりはそのぶんだけ強くなる。ましてそれが依存症という「病気」だなんて、ふざけるな!とばかりに批判される。世間だけではない、依存症の本人の多くもそう信じている。うまく飲めなかった自分を「克服」して、うまく飲めることを証明するために飲み続けるという悪循環に陥っていくのだ。

 1960年代から、ごく一部の精神科医たちは、そのような偏見と闘ってきた。病気なのだから治療すればいいという当たり前のことを訴えてきた。それから60年近くたった今も、同じ誤解と偏見に対して、ひと握りの精神科医たちは相変わらず闘っているのである。精神科医ではないが、わたしも闘ってきたひとりだ。

メンタルクリニックの存在

 アルコール依存症についての常識が60年近く変わらない一方で、ここ20年で急激に変わったものがある。うつ病をはじめとする精神疾患をめぐる常識だ。

 21世紀になったばかりのころ、四国や九州から講演の依頼があると、主催者である県の担当職員に「貴県には、精神病院ではなく手軽に行けるメンタルクリニックはいくつありますか?」と聞くようにしていた。

 当時は県庁所在地ですら、せいぜい1~2か所くらいだったろうか。おそらくそれは需要の低さによるものではない。受診する側にとって、精神病院はおろか、メンタルクリニックへの敷居でさえ高かったのだ。

 根底には、長年精神分裂病と呼ばれた「統合失調症」への偏見が横たわっていたに違いない。鉄格子のはまった病院で、ぶつぶつつぶやきながら歩き回る患者像。驚くことに、現在でもテレビドラマに登場する精神科病院の描写は前世紀のままなのだ。今では禁止された言葉「き●●い」と、メンタルクリニックはひとつながりにとらえられていたのだ。

 東京などの大都市では人混みに紛れて受診することもできるが、地方都市ではどこに知人の目が潜んでいるかわからない。某地方都市在住の女性は、地元のクリニックは変装して受診すると語った。近所のひとから何て言われるかわからないし、家族に迷惑を掛けるからと怯えていた。

「心の風邪」というキャンペーン

 それが一変したのは、あるキャッチコピーによってである。1999年から開始された「うつは心の風邪」という広告は、グラクソ・スミス・ クライン社が同社の薬の日本での売上の増加を狙ったものであった。薬事法によって薬の宣伝を禁止されている製薬会社は、「薬を宣伝する」代わりに「病気を宣伝する」 という手法を編み出したともいえる。

 この言葉はあっという間に広がり、それまでの暗さや深刻さをもって語られていたうつ病に、「風邪」という日常的なたとえによって軽さが与えられ、「誰でも風邪を引くよね」と差別感情を低下させる効果を生んだ。

 売り込もうとした薬は、抗うつ剤である「選択的セロトニン再取り込み阻害剤; selective serotonin reuptake inhibitors (SSRI)」を指す。そのキャンペーンの背景には、1999年に日本の厚労省がSSRIを初めて認可したという歴史的事実がある。保険診療で処方が可能になったのだ。

 1980年代に入って、うつに関する研究の結果、脳内のセロトニンという物質が催うつ効果があることがわかった。そこで開発されたのがSSRIである。1988年アメリカで初めてSSRIが商品化され、爆発的売れ行きを示した。中でも商品名プロザックは人気が高く、ハッピードラッグと呼ばれるほどだった。発売から10年ほどの間に1000万人が服用したとも言われる。

「プロザック革命」が起こした変化

 この現象は、アメリカで人気の高かった精神分析のセラピーが退潮する原因になったとも言われている。高い料金を払って週に2,3回精神分析のセラピーに通ってもなかなか気分がすぐれなかった人が、プロザックを飲んでみた。あっという間に気分は晴れ、前向きになったではないか。いったい自分は今まで何をしていたんだろう……。

 こう思ったひとたちは、精神分析のセラピーをやめてプロザックを飲むようになったという。これを「プロザック革命」と呼ぶひともいる。

 アメリカで起きたことは10年後の日本でも起きると言われるが、精神分析の退潮は日本でも著しい。1990年代、日本の臨床心理学においては、フロイトやユングの理論にのっとった精神分析的実践が主流だった。

 ところが21世紀になると、セラピーという言葉も衰退し、もっとわかりやすい認知行動療法などが盛んになり、時間のかかる分析的心理療法は人気を失った。アメリカのように、そこには当然SSRIの影響もあるだろう。

抗うつ薬の大衆化とうつ病患者の激増

 プロザック発売から約10年後の1999年、日本でもSSRIが認可され、パキシルという商品名で処方が始まった。カウンセリングに来談する人(クライエント)たちも、クリニックでパキシルを処方された人が多かった。私の運営するカウンセリングセンターは医療機関ではないが、クライエントの服用経験をとおして、SSRIの効能や功罪を私も知ることになった。

 心の風邪なのだから、気分が落ちたらSSRIを飲めばいい。こうやってうつ病の受診者は激増した。日本だけではない。新しい薬が開発されることで患者数が激増するという現象は、1980年以降欧米でも起きている。

女性に増えている、「処方薬依存」とうつの関係

 精神科、心療内科、精神神経科を標榜するメンタルクリニックは激増し、駅前に堂々とメンタルクリニックと看板を掲げる時代になった。

 私たちのオフィスはビルの3階にあるが、2階には心療内科が入っている。夕方6時過ぎに仕事を終えて階段を下りる途中に、2階の入り口のガラス越しに大勢の人たちが椅子に座って待っている様子が見える。それこそ老若男女、背広姿からアパレル業界人風なひとまで、雑多なひとたちがひたすら携帯画面を見ながら診察を待っている。

 現在、女性たちの多くが合併しているのが処方薬依存だ。うつの一般化に伴って処方薬への抵抗が少なくなったことで、抗うつ薬を飲んでから酒を飲むという行動につながっている。

 コロナ禍で、トー横キッズと言われる女子高生たちが、ドラッグストアで万引きした薬を大量に飲む姿が注目された。市販薬への依存がこうやって増えていく。買えばそれなりにお金のかかる薬(睡眠薬、鎮痛剤、咳止め薬)だが、万引きしなくても保険証があればメンタルクリニックでは手軽に薬が処方される。

 多くのアルコール依存症の女性たちは、メンタルクリニックを受診し「うつ病」という診断名を得ることで、酒だけでは得られない酩酊効果を処方薬との併用で得ている。

※これまで差があると考えられてきた男性と女性の依存症の傾向や、「自己責任論」の広がる社会において、うつ病がどう扱われているかについて論じる全文は、発売中の 『週刊文春WOMAN創刊6周年記念号』 でお読みいただけます。

(信田 さよ子/週刊文春WOMAN 2025創刊6周年記念号)

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