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「長嶋茂雄さんを失望させることはしたくなかった」現役引退・和田毅(43)が振り返る、プロ生活22年で“一番怖かった”試合《41歳で自己最速を更新》

文春オンライン / 2024年12月28日 6時0分

「長嶋茂雄さんを失望させることはしたくなかった」現役引退・和田毅(43)が振り返る、プロ生活22年で“一番怖かった”試合《41歳で自己最速を更新》

和田毅さん ©文藝春秋/杉山拓也

〈 松坂大輔から引退時に「あとは頼む」→返した言葉は…「松坂世代」最後の現役選手・和田毅(43)が語る“同期への思い”「やっぱりすげぇ、と思っちゃいますね」 〉から続く

 今季をもって現役を引退した、元福岡ソフトバンクホークスの和田毅さん(43)。プロ生活22年、日米通算165勝。「松坂世代」最後の現役選手として活躍し続けた和田さんが明かす、最も心に残っている試合、今後の展望とは?(全3回の3回目/ はじめ から読む)

◆◆◆

22年間の現役生活で心に残った試合は…

――22年間の現役生活で165勝94敗の成績をおさめられ、第1回WBC、アテネ五輪、北京五輪でも活躍されました。心に残る試合を挙げるとしたら?

和田 まずはプロ1年目の日本シリーズで胴上げ投手になったことですね。阪神と3-3になった7戦目で僕が登板。日本シリーズのような短期決戦で、先発が完投するなんて滅多にないことで。今考えてもよく最後まで投げさせてくれたなと思います。

 7回を投げ終えたところで投手コーチに「どうだ、まだいけるか?」と尋ねられ、当たり前のように「大丈夫です」というと「じゃあ、次のイニングを全力で投げて来い」と。

 そう言われたら、8回が最後だと思うじゃないですか。それに、当時強力なストッパーが二人いたし、20勝投手の斉藤和巳さんもブルペンに控えていた。誰が考えても胴上げ投手はストッパーか絶対的エースの和巳さんと思う。僕もそう考え、8回を三者凡退にしてベンチに戻ると、王監督とコーチが何やらひそひそ話している。誰で行くのかな? と思っていたら、王監督がツカツカやってきて「次もいけ。最後まで投げろ」と。

「ハイ」と言ったけど、1年目の僕なんかでいいのという思いでいっぱいでした。若かったですし。だって、シーズン最後の締めのイニング。シーズンの花道を飾るに相応しい先輩投手が何人もいる。ベンチからも「え、まだ和田で行くの?」みたいな(笑)。

 でも、9回のマウンドに上がった時、観客席がブワーッと盛りあがり、拍手の渦に覆われた。感動で身震いしましたね。今でもあの時のシーンを思い出すと鳥肌が立ちます。

「長嶋監督を失望させることだけは…」最も怖かった試合

――1年目に14勝を挙げ、大学時代に目標に掲げていた新人賞も獲得しました。

和田 チームが日本一になり、胴上げ投手にもなって、こんないいことがいっぺんに来ていいのかな、って(笑)。

 その一方で、最も怖かった試合は、アテネ五輪アジア予選の韓国戦(2003年)です。1、2戦は(松坂)大輔や上原浩治さんが投げて勝っていたし、僕が先発する3試合目に大量失点さえしなければアテネ五輪の出場は決まったようなものでしたけど……。それでもムチャクチャ緊張しました。

 監督だった長嶋茂雄さんが「絶対に全勝するぞ」と仰っていたので、監督を失望させることだけは避けたかった。各球団のエースを差し置いて僕が投げさせてもらうことへのプレッシャーは半端なかったですね。

 意識が飛んでしまいそうな自分を何とか立て直し、無失点でマウンドを降りると、捕手の城島(健司)さんに「このプレッシャーの中、良く投げ切った。初めて褒めたるわ」と言われたのをすごく覚えています。城島さんに褒められたのは後にも先にもこの1回だけ(笑)。

年齢を重ねるごとに進化する理由

――和田さんは度重なるケガもその都度克服し、年齢を重ねるごとに進化する選手としても知られています。なぜ、肉体の衰えという自然の摂理に反し進化できたのですか?

和田 自分では進化しているかどうか分からないけど、好奇心と挑戦魂は人一倍ありますね。身体に関することや野球のデータ解析などの情報には常にアンテナを張り、疑問に思ったことはすぐに調べたり専門家に聞いたりします。トレーニングにいいと思えば取り入れますし、若い選手の情報も貴重なので「それは何?」とすぐに聞いちゃいますね。実際やってみて違うなと思えばやめればいいだけの話ですから。ジャンプアップするには、まず自分を実験台にして挑戦してみる。

 この思考の原点になったのは、(早稲田)大学1年生の時のフォーム改善。1か月半で球速が15kmアップしましたけど、フォームを変えるって投手にとってはものすごく勇気がいることなんです。でも、だめもとで挑戦したら成功した。だからどんなことでもやってみなきゃ分からないし、もしダメでも挑戦しないよりはいい。僕は根本的に、失敗したときの怖さを何とも思っていないんですよ。

 そもそも、身体にも恵まれず才能もなかった僕がプロの世界で22年間も第一線でやって来られたのは、好奇心とチャレンジ精神、そして失敗しても「上等じゃねえか」と恐れなかったことだと思いますね。

スポーツは「記録」より「記憶」

――2022年には、41歳で自己最速の149kmを記録しました。

和田 でも、引退して思うのは、スポーツってやっぱり記録より記憶なんじゃないかと。何勝したとか奪三振記録なんてコアなファン以外はほとんど覚えていない。それよりはメジャーに行ったとか、国際大会で活躍したとか挑戦する姿の方が多くの人の記憶に残る。最近で言えば、35歳でメジャー行きを決めたジャイアンツの菅野(智之)くんの決断は必ず多くの人の心に残ると思うんです。誰も考えなかった30半ばでのメジャー挑戦は、何勝したかという記録よりもずっと語り継がれるはずですよね。

 野球に限ったことじゃなくて、人生においてチャレンジすることって一番大事だと思っているんです。僕も挑戦者魂はいくつになっても持ち続けたいですね。

引退するまでに寄贈したワクチンは、73万5120本

――和田さんは様々な社会貢献活動もされていますよね。2005年から毎年開発途上国の子どもたちにワクチンを寄贈、地元・島根県で開催される「和田毅杯 少年少女野球大会」は今年で20回目を迎えました。ひとり親世帯の子どもや養護施設に野球用具をプレゼントするプロジェクト(「DREAM BRIDGE」)にも発起人として携わっています。

和田 何か特別なことをしているという感覚はなくて。「これやったら子どもたちは喜ぶかな」というところが出発点です。

 ワクチンのことは、認定NPO法人「世界の子どもにワクチンを 日本委員会」(JCV)の活動を球団の紹介で知ったのがきっかけでした。貧困でワクチンが打てず、毎年150万人以上の子どもたちが命を落としていると。僕らは子どもの頃にあらゆる予防接種を無料で受けられて、「注射が嫌だ」なんて言っていたのに、彼らにとっては是が非でもほしいワクチンなんですよね。国の違いでこんなに異なるのか、という衝撃がありました。

 ワクチンという本当に必要なものを送るというのは、ただ単にお金を寄付するよりもいいんじゃないかなと思ったんですよね。それで、JCVさんのほうからも「ぜひ一緒にやりませんか」と言っていただいて始めました。

 1球投げるごとに10人分、勝利投手になれば1球20人分、リーグ優勝すれば追加で1万人分……というように「僕のルール」を決めたんです。出来るだけ多くのワクチンを送りたいと思えば、自分のモチベーションにもなりますからね。

――引退するまでに寄贈したワクチンは、73万5120本に上ります。

和田 当初はミャンマーだけでしたが、ラオス、ブータン、バヌアツの子どもたちにも届けられるようになりました。僕は無理なく自分に合った方法で支援活動をしてきたんですけど、企業の人たちも僕と同じように、日々の仕事を頑張ればその分ワクチンを送れる仕組みを作るようになったと聞き、嬉しかったですね。自然な形でもっと広がればいいなって。

 細かいことは未定ですが、今後もこうしたプロジェクトは継続したいと思っています。

野球以外のことを勉強したい

――セカンドキャリアのプランはありますか?

和田 まだ具体的なものはないです。いずれ何らかの形で野球に携わりたいとは思いますが、今は野球以外のことを勉強したい。

 例えば、農業をやっている人を訪ね、どうやって育てているか聞いてみたいですね。お米の農家さんとか、ワイン農園の方とか。ソフトバンク元監督の工藤公康さんは今、息子の阿須加さんが始めた農業を手伝っているんです。その工藤さんに「野菜を育てるのは選手の育成と一緒。監督業は農業と似ている」と聞き、俄然興味を持ったんですよ。チャンスがあれば一から学びたいですね。

 日本の名所旧跡も訪ねてみたい。僕は野球の遠征先の都市しか知らないんですよ。例えば楽天のホームゲームだったら松島に足を延ばすとか、日ハムだったら富良野に行ったりとか、上手く時間を使っている選手もいましたけど、僕はホテルで休んでいることがほとんどだったので。

 日本各地の被災地にも直接足を運びたいですし、ラオスやミャンマーで自分が送ったワクチンが実際に使われているところも見てみたいです。家族とゆっくりすごす時間も取れたらと思っています。

 これからは野球以外の引き出しをどれだけ増やしていくかですね。野球のことは自分で勉強できるので、それ以外の知識、人間的素養をいかに磨いていくか。自分で自分に納得できる時期が来たら、野球界に恩返しをします。

撮影=杉山拓也

(吉井 妙子)

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