「あのねえ、役者っていうのは…」「おまえみたいな…」…俳優を志した若き日の山﨑努が、叔母から言われた“強烈すぎる一言”
文春オンライン / 2025年1月4日 6時0分
マーロン・ブランド/ⒸCollection ChristopheL via AFP
〈 高峰秀子でもない、原節子でもない…名優・山﨑努が“永遠に忘れられない”ただ一人の女性とは? 〉から続く
黒澤明監督の『天国と地獄』で誘拐犯を演じ一躍脚光を浴び、『影武者』『お葬式』『マルサの女』『おくりびと』など、数々の名作で圧倒的な存在感を放ってきた名優・山﨑努。そのキャリアは60年以上に及び、舞台「リア王」での徹底的な役作りを記録した『 俳優のノート 』に代表されるように、独自の演技哲学を体現し続けている。
その山﨑が俳優人生で初めて綴った自伝『 「俳優」の肩ごしに 』が文庫化された。この度の文庫化を記念して、本書から2つのエピソードを全文公開する。第2回は初めて俳優という職業を意識して憧れた顛末を書いた「俳優志願」である。(全2回の第2回/ 最初から読む )
◆◆◆
映画が特別好きだったわけではない。不忍池の端の映画館にも最終回の途中から入ったりしていた。料金が安くなったのかもしれない。ストーリーもわからず、女優のきれいな容姿をぼーっと眺めているだけ。そこに突然出現したのが、ブランド。マーロン・ブランド。
自分の居場所が見つからず、苛々したり、投げやりになったり、ヤケクソで狂暴になったりするブランド。演技とは思えない生々しさ。鬱屈した若僧がまさにそこにいる。おれのような落ちこぼれが他にもいるんだという共感、カタルシス。ちょっと救われた気分になった。
作品名を思い出そうとしているのだが、後年、何度も繰り返し観た彼の映画の様々なシーン、表情がポンコツのアタマの中でごちゃごちゃになっていて判別できない。年代を合わせると『男たち』『欲望という名の電車』『乱暴者』『革命児サパタ』のどれかだろう。
この体験と僕の俳優志願とは直接繫がらないが、池のほとりのブランドからもらった刺戟は大きい。
俳優業、演技について言えば、僕は役の人物の世の中とうまく折り合えない部分を探し、そこからキャラクターに入っていくクセがある。この役の作り方の原点は、あの父の肩ごしに見た橋のたもとの狂人ではないかと思うことがある。そして不忍池のブランドもちらちらする(どちらも水辺に出た。お化けのように)。
映画が好きになって友人ができた。同じクラスのH君。熱烈な演劇青年で、「ブランドはいい役者だよ」と言う。どこがいいのかを身振り付きで説明する。彼は俳優志望だった。
Hの影響で新劇を観るようになる。で、ハマった。やっと目的ができた。新劇の俳優になるぞ。文学座、俳優座、民藝、各劇団の公演を何本も観たが、決定的だったのが芥川比呂志の『ハムレット』。他の芝居とは違った肌合い。地面にへばりついていたものが空に飛び上がったような爽快感。なにがなんでも新劇俳優になるぞ。芥川のように『ハムレット』をやるぞ。
先ずは俳優学校に入ること、そのための準備をすること、全てHが教えてくれた。千田是也の著書『近代俳優術』が教科書だった。難しくてよくわからなかったけれど。
巻末に早口言葉の例文が載っていた。「十二角八角で六角を三角(とにかく夜学で無学をみがく)」とあり、これには腹が立った。なーにがとにかくだ、なーにが無学だ、夜学だ、ふざけるな。
意気軒高。しかし、冷静に考えると、これはおかしい、間違っている。俳優になる。舞台に立つ。雲を摑むようなはなしだ。母とチビたち(妹二人)はどうする。
思い余って、叔母に相談に行った。この人は昔から僕のよき理解者なのである。夜学を勧めたのもこの人。コロッケの昼食をふるまってくれ、しばらくの沈黙ののち、
「……あのねえ、役者っていうのはねえ、いい男がなるもんなの。あたしはタカハシテージ(高橋貞二、二枚目映画俳優)をじかに見たことがあるよ。そりゃあいい男だった。美男子だった。鼻が高くて、目がぱっちりして。……おまえみたいな……。やめなさい。おまえみたいなカオで……。ばかなこと考えるもんじゃないよ」
「でも新劇の俳優は顔じゃないんだよ。おれみたいのいっぱいいるよ」
「それはね、特別なサイノーのある人なのっ」
(山﨑 努/文春文庫)
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