《世界が驚いた日本の公立小学校》密着ドキュメンタリーが映し出す「日本人の作り方」に感じる“納得と違和感”【『小学校~それは小さな社会~』】
文春オンライン / 2024年12月27日 7時0分
『小学校~それは小さな社会~』 © Cineric Creative / NHK / Pystymetsä / Point du Jour
児童自らが学校を運営するためのさまざまな役割を担い、集団生活における協調性を身につける日本式教育は、海外で注目を集めている。日本人が当たり前にやっていることも、海外から見ると、驚きでいっぱいなのだ。そんな「小学校」を1年間にわたって密着取材したドキュメンタリーがヒット中。ジャーナリストの相澤冬樹がレビューした。
◆◆◆
小学校や家庭を自然に映し出すカメラ
「私たちは心臓のかけらで、みんながそろったらこんな形になる(両手でハート形)。で、一人こんな風にずれたら、もう心臓はできない」
とある小学校での一コマ。新入生を歓迎する器楽演奏を前に、2年生の女の子の一人が「私たちって何なんだろうねえ」と問いかけたのに、別の子が答えた。そのやりとりが実に自然だ。誰一人カメラ目線にならず、撮影者の存在を意識していないように見える。こうした空気感が全編にあふれている。
映画の冒頭、家庭の玄関にある足形のマークがアップで映し出される。何だろうと思っていると男の子が走ってきて靴をマークの上にそろえて並べる。新入生が学校生活に備えて脱いだ靴をそろえる練習をする場面だ。給食を食器についで机に運ぶ練習では、ゆっくり傾かないように運び終わって「できた!」と笑顔で母親とハイタッチ。家庭内の様子を生き生きと捉えている。これほど学校や家庭に入り込むことができたのはなぜだろう?
学校探しに6年、撮影に1年、現場に4000時間
責任感や勤勉さなど、日本人らしさとして語られる特質の多くは小学校時代に形作られるのでは? 山崎エマ監督が日米双方で過ごした経験からそう感じたことが映画の出発点だという。まず6年をかけて取材可能な小学校を探した。事前に新入生の家庭に通ってなじんでもらう努力を重ね、教室でテスト撮影を繰り返した。休み時間に子どもたちと一緒に遊び、教師とも信頼関係を築いた。学校の一員であるかのような雰囲気を作った上で1年をかけて撮影。山崎監督が現場で過ごした時間は4000時間に達したという。
新1年生は手を挙げる時、腕を耳にくっつけてまっすぐ挙げるよう習う。教室の机はまっすぐそろえて並べる。靴も靴箱にぴったりそろえて置く。あとで係りの子どもがチェックし、ゆがんでいたら位置を直して評価のマークを付ける。教室の掃除では、ほこりがたたないようほうきは膝より上に振り上げない。給食も自分たちで配膳する。教室の一角に大きな時計が置かれ、制限時間内に食べる。
随所に感じる学校への違和感
こうした姿がすべてナレーションなしで描かれる。いわゆる「ノーナレ」の作品だ。それほど撮影された映像と音声に力があるということだろう。日本の小学校のあるがままの姿を浮き彫りにすることに成功している。それは監督が意図した通り、多くの日本人の基礎を形作り、清潔で治安がいいという日本社会の特質を表していることは間違いない。映画の中で教師が6年生にこう語っている。
「小学校でいろんな決まりがあります。それは社会に出た時にこの学校で学んだ生活面を生かして生きていくっていうためにみんなは生活をしている」
生活面での指導に重きが置かれていることをよく表している。子どもたち自身が掃除や給食の準備をする狙いもそこにあるだろう。しかし、この作品は単純に「日本の小学校は素晴らしい」というものではない。随所に学校への違和感を感じる部分も描かれる。例えば、教師が自らを「先生」と呼ぶこと。私が小学生の時もそうだったが、今見るとやはりおかしい。先生と呼ばれる職種は医師、弁護士、政治家などもあるが、これは相手を尊敬して使う呼称だ。一人称で尊敬語を使うってどうなんだろう。
卒業を前にした6年生に教師が語りかける。
「6年生として自分の殻を破ってほしいなあと先生は思ってます。口だけで殻を破るって言ってても、みんなには伝わらない」
ここで教師は大きな卵の模型を取り出し、自分の頭にぶつけて割った。子どもたちにはバカウケだ。しかしその続きを見ると、結局「殻は破るものではない」という“教訓”が子どもたちに残ったのではないかと思う。教師も子どもも殻に収まることが求められているのだろう。そこに私は小学校のある種の「息苦しさ」を感じた。
気持ちって一つにならなきゃいけないの?
運動会で6年生が縄跳びの集団演技をする。その練習に集合するのが4分ほど遅れた。それを注意する教師の言葉。
「誰かが遅れた時点で先生は気持ちが一つになっていないなあというふうに思ってます」
気持ちって一つにならなきゃいけないもんなのかなあ。続けて、
「運動会の練習は、その過程で自分ができないことの壁をどうやって乗り越えようとしている過程でみんなは成長していくんです」
言ってることはわかるんだけど、乗り越えようとする課題は子どもたちが自ら選んだものではなく教師から一方的に与えられたものだ。できる子はできるし、できない子はできないということもある。私自身、小学校では体育が苦手で運動会は苦痛だった。映画の中の子のように逆上がりができなかった。それを助ける友だちの姿は救いだが、できない子にとって「できるように努力するのが大切」と言われても苦行でしかない。
新入生を歓迎する新2年生の器楽演奏。その練習でタイミングが合わないシンバルの女の子に教師が「楽譜を見ないでもできるように練習しているんですか」とみんなの前で問いただす。ほかの児童は練習していると言われ女の子は泣き出してしまう。記事の冒頭で「私たちって何なんだろうねえ」と問いかけたのはこの子だ。そこに共通するのは、みんなに合わせるのがいいことだという同調圧力。こうして上の人の言うことに従うべきだという感覚が刷り込まれ、そこになじまない人間を排除するという空気が生まれると感じる。
小学校と日本人の「光と影」
それを映画の中で的確に指摘しているのが、國學院大学の杉田洋教授だ。給食や運動会など特別活動が専門で、この小学校で教師を対象に講演を行った。日本が戦時中、学校で軍事教練をして戦争に駆り立てていたこと。今も子どもたちに連帯責任を負わせるような教育が行われ、いじめを生む元になっていると指摘した上で、
「日本の集団性の強さ、協調性の高さは世界がまねたいことの一つでありますけど、これは実は諸刃の剣であることをよく知っておく必要があります。日本のやり方は果たして本当にいいのか」
教師たちはメモを取りながら真剣なまなざしで聴いている。この場面をあえて配したところに山崎監督の問題意識が表れているように感じた。英語でのタイトルもそうだろう。
「THE MAKING OF A JAPANESE」(日本人の作り方)
日本の子どもたちは小学校で「日本人」になる。小学校と私たち日本人の「光と影」を見事に描き切ったドキュメンタリーだ。
『小学校~それは小さな社会~』
監督・編集:山崎エマ/2023年/日本・アメリカ・フィンランド・フランス/99分/配給:ハピネットファントム・スタジオ/©Cineric Creative / NHK / Pystymetsä / Point du Jour/全国順次公開中
(相澤 冬樹/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)
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