“地面師たち”が本当に起こした「住宅ローン50億円事件」の狡猾すぎる手口とは「ホームレスの戸籍を買って成りすまし…」
文春オンライン / 2025年1月11日 7時0分
写真はイメージです ©AFLO
「積水ハウス事件みたいに派手じゃないが、自分なら、これをネトフリの(Netflixで話題になった)『地面師たち』パート2にするね」
地面師詐欺に詳しく、彼らにホームレスの戸籍を売却したことがあるという暴力団の幹部A氏がそう語るのは「シエロ・ホーム事件」だ。
2000年代前半のマンションブームの真っ最中に“地面師”たちは多くの住宅ローン詐欺で巨額の金を稼いでいたが、「シエロ・ホーム事件」はその中でも最大級の50億円規模の事件である。
森功氏の著書「地面師たち 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団」にも「シエロ・ホーム事件」は登場し、「ホームレスが50億の住宅ローン」と紹介されている。
山口組系組幹部の森内正弘ら4人の首謀者は、2003年から「シエロ・ホーム」というマンションディベロッパーを使って、ホームレスに川崎市などのマンション購入契約をさせ、東京三菱銀行、UFJ銀行、みずほ銀行などで総額50億円の住宅ローンを組ませたのだ。4人は2005年に逮捕されている。
「シエロ・ホーム、懐かしい名前だな。ホームレスを売ったことがある」
森内らの手口は巧妙だった。まず事前準備として、ホームレスを雇ってどこかの自治体に住民登録をさせ、用意した会社や店で働いていることにして偽の源泉徴収票を作る。
A氏は「シエロ・ホーム、懐かしい名前だな。ホームレスを売ったことがある」という。“売った”は、戸籍を使えるホームレスを斡旋して紹介料をもらったという意味だ。
ホームレスの値段は当時で1人につき30万円から150万円。値段の違いは、ホームレスの信用情報によって変わってくる。過去に自己破産したり借金の返済が遅れて金融機関などでブラックリストに載っている場合は安くなるが、信用情報が綺麗でお金を借りやすい“ホワイト”と呼ばれる人間ならば紹介料も高くなる。
さらにホームレスの“相場”は年齢が鍵になる。ローンを組める年数が変わるからだ。
「ホワイトで若いのをつかまえたら銀行が『ローンを組んでも大丈夫だ』と思う“いい人”に育てやすい。住宅ローンだって25年、30年と組める。40過ぎだとたいした金にならず、50過ぎのホームレスだといい人に育てるのに金がかかる」(A氏)
シエロ・ホームではA氏以外にも多くの戸籍密売ブローカーからホームレスの戸籍情報を買っていたようだ。
「ホームレス本人には小遣い程度を渡すだけで、必要なのは彼らの戸籍。ボロボロのホームレスをダミー会社に入社させて源泉徴収票を作れば準備は終わりだ」(A氏)
「銀行側は成りすましがローンを申請しにくるとはハナから思っていない」
源泉徴収票の他に保険証や印鑑証明など、ローンを組むのに必要な書類が揃ったら、シエロ・ホームが販売する家を購入するという体で、いよいよ銀行にローンを申請することになる。
「ここで銀行に行くのはホームレスとは全くの別人、替え玉だ。銀行側は成りすましがローンを申請しにくるとはハナから思っていない。わざわざ毎月返済しなければならないローンを組むために、様々な書類を用意して自分たちを騙しにくるなんて考えもしなかった」(A氏)
簡単に騙されたのは市役所や区役所の窓口も同じだった。
「替え玉が実印の印鑑登録を行い、印鑑証明を作りにくるなんて彼らは想像もしていない。だから窓口に来た人をまったく疑わない。銀行も必要な書類がすべて揃い、身元確認がきちんとできれば問題なくローンを通してしまう」(A氏)
詐欺師らは住宅購入費用として、ホームレス1人当たり4000万円から5000万円ほどのローンを組ませる。ローンがおりると、銀行からシエロ・ホームにその代金が入金された。銀行がシエロ・ホームに払った総額は約50億円にのぼった。
この時点で、ホームレスは自分が巨額のローンを組んでいることは知らされていない。巧妙なのは、しばらくの間は森内たちが銀行に毎月返済のお金を振り込んでいたことだ。
それから徐々に返済を遅らせていき、それでもポツンポツンと数万円ずつ返済する。こうすることで銀行に「返済する気はある」と思わせて時間を稼ぎ、事件の発覚を遅らせるのだ。
住宅ローン詐欺事件の多くで、シエロ・ホームと同様の手口が使われた。だが詐欺はここで終わりではない。地面師詐欺師のほとんどは、ここからさらなる“錬金術”を使った。
不動産を所有しているという信用を使って、ホームレスの名義で複数の消費者金融から限度額いっぱいまで金を借りるのだ。この時もホームレス自身は何も知らされず、消費者金融へ行くのは替え玉だ。
「不動産を所有しているのは信用性の担保になるから、消費者金融は簡単に金を貸してくれる。車を購入してローンを組んで、納車された車を転売して金にすることもあった」
銀行には返ってくるアテのない貸付だけが残った
森内たちが返済をストップさせた時点で、銀行は債務者として名前が登録されているホームレスに返済を迫ることになる。
しかし「あなたは4000万円の住宅ローンを抱えています。返済してください」と銀行から言われても、ホームレス自身は何も知らされておらず当然返済能力もない。残ったのは返ってくるアテがないローンを組んでしまった銀行というわけだ。
2005年の秋はこの一連の住宅ローン詐欺が大きな話題になり、10月11日の『スーパーモーニング あれこれニュースショー』(テレビ朝日系)でも『ホームレスの戸籍悪用 住宅ローン詐欺の実態』という特集が放送された。
朝の情報番組が話題にしたぐらいだから、いかに当時ホームレスの成りすましが住宅ローンを組んで銀行を騙す詐欺が横行していたかがわかるというものだ。
〈 知らぬ間に12回苗字が変わっていたホームレスも! “地面師”に戸籍を悪用された男性が語る「17億円詐欺」の一部始終「若ければ1人の戸籍で3000万円は…」 〉へ続く
(嶋岡 照)
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