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〈生存率15%から生還〉山﨑努が「食道がんステージ4」体験を初めて明かした《87歳で抗がん剤治療に踏み切れた理由》

文春オンライン / 2025年1月9日 8時30分

〈生存率15%から生還〉山﨑努が「食道がんステージ4」体験を初めて明かした《87歳で抗がん剤治療に踏み切れた理由》

山﨑努氏と直子氏が語り合う ©文藝春秋

 俳優の山﨑努(88)が9カ月あまりにわたって食道がん治療していたことを初めて明かした。2024年2月の告知当初、進行度はステージⅣで、「生存率が10~15%」という厳しい診断だったという。

 がんが見つかったきっかけは、胆嚢炎の診察だった。当初、胆嚢による痛みを感じてはいたものの病院へ行かなかった山﨑だったが、しばらくして激痛が走るようになった。そこで診察を受けた際、「症状が気になる」と医師が勧めた精密検査で食道がんが判明したという。

 今回の闘病について、同じく俳優で次女の山崎直子と対談で語る。

体が早く治せって悲鳴をあげた

〈山﨑努(以下、努) 2024年2月にステージⅣの食道がんが見つかった。同じような状況にある方の参考になればと、娘に手伝ってもらって対談の形で体験を報告します。

 入院、闘病を続けて、一時期は胃ろうでしか食事が摂れなかった。

 今はすっかりよくなって、何でも食べられるようになりました。一番難しいお米、ご飯は征服したし、麺類にも挑戦して、ラーメン、そばを食べてみた。もう何でも食べられる。

 山崎直子(以下、直子) 本当によかった。

 最初は胆嚢の痛みの診察で病院に行ったんだよね。ただ、その前から食べ物を飲み込みづらいとは言っていたから、もしかしてがんかもしれない、という自覚はあったらしい。

 でも、私たちには、がんだとしても自分はこのまま受け入れようと思うって。とにかく検査を受けて欲しかったけれど一向に病院に行ってくれず……。

 そのうちに、多分、体が早く治せって悲鳴をあげて胆嚢炎の激痛になったのでは、と私は思った。

 努 胆嚢炎は本当に痛くて七転八倒、病院に行かざるを得なくなった。

 そしたら担当してくれた先生が、すぐにベッドを押さえてくださり「食べ物が飲み込みにくい症状が気になるから、一度入院して精密検査を受けるように」と言ってくれた。

 僕は面倒くさいから最初、入院しない、検査も受けないって抵抗したんだけど、結局CTを撮ってみて、がんだとわかった。今思うと、あの先生には感謝です。

がんの専門医の先生の決断

 直子 そのあと、最初に一対一で話したがんの専門医の先生の存在も大きかった。

 努 抗がん剤治療専門の先生が、最初に2人きりでお会いしたいと言ってね。

 30代後半ぐらいの無口な人で、会っても全然喋らないんだ。しばらく2人で黙って窓から空を見てた。しかたがない、こちらから世間話ふうに色んなことを喋ったの。

 その中で僕が「もう充分生きましたから」みたいなことを言ったんだ。そうしたら、初めて「その言葉で安心しました。思い切って治療に踏み切れます」って決断してくれた。

 僕が87歳(当時)という齢で、彼はそんな年寄りを診たことがなかったんだね。抗がん剤をどのぐらい使ったらいいか、患者の精神状態はどうなるのか、そういうことがとても不安だったらしい〉

 このほかにも、がん告知のときの様子や医師との関係、抗がん剤の副作用、のどを鍛えるリハビリなどについて、これまでのキャリアを振り返りながら語っている。「 山﨑努 食道がん体験報告 生存率15%からの生還 」は、月刊誌「文藝春秋」2月号(1月10日発売)及び「 文藝春秋 電子版 」(1月9日公開)に掲載される。

(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2025年2月号)

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