「人間じゃない」青学大・野村昭夢が山下りのヒーローになったワケ…箱根駅伝2025「TVに映らなかった名場面」復路編
文春オンライン / 2025年1月5日 18時0分
6区で区間新を叩き出した青学大・野村昭夢 ©︎時事通信社
〈 青学大は令和ロマンなのか!? M-1化する箱根駅伝を読み解く…箱根駅伝2025「TVに映らなかった名場面」往路編 〉から続く
青学大の2連覇で終わった第101回箱根駅伝。全区間追いかけ観戦へと繰り出した駅伝マニア集団「EKIDEN News」( @EKIDEN_News )の西本武司さんが今大会で注目したのが、「箱根駅伝とM-1の類似性」だ。往路に続き、私的注目点を織り交ぜつつ、テレビでは伝わらない復路の名場面を振り返る。
【6区】「人間じゃない」青学大・野村昭夢が山下りのヒーローになったワケ
2020年大会の6区で東海大の館澤亨次選手が出した57分17秒は、不滅の区間記録とされていましたが今大会、青学大の野村昭夢選手によってついに破られました。
5区の山登りを好走したランナーは「山の神」と異名がつくのに対して、6区は下りのスペシャリストがいたとしても、5区ほど話題にならないのは否めません。それをひっくり返そうと虎視眈々と狙っていたのが、野村選手でした。
まず、今回の6区は原晋監督が描いたであろうM-1的ともいえる勝ち方でした。
箱根では「前半は強かったけど後半はちょっと落ちて、でも逃げ切ったね」みたいな勝ち方はよくありますが、そんなマイナスなことは言わせない。今回の青学大は上りも魅せて、下りも魅せる。M-1でいえば1本目で会場の雰囲気をつかみ、2本目で毛色の違うネタでさらに盛り上げるという戦い方です。
6区はどの大学も、どちらかというと凌げばOKで、56分台なんて考えてもいなかったと思います。
この計画の何がすごいかというと、56分台を出すために野村選手はSNSで「通過タイムを伝えていただけるとありがたいです!」と沿道に向けて呼びかけていたんです。もちろんチームメイトも要所でタイムを伝えますが、それだけでなく、観客も巻き込み、沿道の応援を力に変えようとした。野村選手の自己プロデュースや戦略を含めて、やれることをすべてやり切ったのは本当にすごいことです。
実は復路の朝にフラグがありました。2021年に6区区間賞を獲得した元駒澤大の花崎悠紀選手が
「多分、6区の上り最速が館澤さん、下り最速が自分だけどそのタイム足して56:40~56:50。56分台出たら、よーくその人見てみてください。多分人間じゃないです。」
とポストをしていたのです。
これまでの6区区間賞の選手は、上りでタイムを稼ぐ選手、下りで稼ぐ選手、下ってからの上りで粘る選手、大きく3つに分類されていました。つまり56分台を出すには上りも下りもオールマイティに走れなければいけない。これは6区を走った選手は誰もが実感しているはずで、それほどに野村選手の走りは異次元だったのです。
ただ、この下りの技術は、他のレースではまず生かされません。館澤選手も区間新を出したあと、次の1年を棒に振るほど調子を崩しました。世界で唯一生かされるとしたら、前半がほぼ下りのボストンマラソンぐらい。実際、学生時代に6区を2度走った川内優輝選手はこの大会で優勝をしていますし、いつか野村選手がボストンを走ってくれないかなぁと思っています。
【7区】イマイチ分かりづらかった佐藤圭汰の凄さをもっと伝えたい
今大会の駒澤大は佐藤圭汰選手が戻ってくるというのが一番のトピックスでした。
前回大会、3区で青学大の太田蒼生選手と熾烈なデッドヒートを繰り広げた佐藤選手は、今シーズンは怪我の影響で、出雲駅伝と全日本大学駅伝を欠場しました。
また、佐藤選手は東京2025世界陸上の出場を狙える逸材でもあります。となると、怪我からの復帰戦でエース区間の2区は負担が大きい。太田選手と同じ区間を走ってリベンジも見たいけど、アドレナリンが出ている状態だと壊れてしまうのではないかという危惧もある。
そこで自分のリズムで走れる7区がいいのでは、となったのではないでしょうか。
というのも、前回大会では太田選手にリズムを崩されたのが、佐藤選手の敗因という見方が大きかった。7区であれば集団がばらけて単独走になるので、その心配はありません。
7区は風が強く、アップダウンもあるタフなコースです。その中で佐藤選手が出した1時間0分43秒という区間新記録は、平地で無風だったら、ハーフマラソンに換算すると1時間を切るぐらいの価値があるタイムです。単独走で比較対象がいないため、凄さがイマイチ分かりづらかったと思いますが、陸上マニア仲間のポールさんは「沿道で佐藤選手が通り過ぎた時だけ風が来たんです! あれは本物です!」と言っていました。
余談ですが、今回の移動中、佐藤選手と同じ授業を取っているという駒大生を見かけました。彼は乗客みんなに聞こえるくらいの大きな声で「佐藤圭汰みたいな選手と同じ授業を受けているのが信じられないよ」と言っていて、正直うるさいなと思って聞いていたのですが(笑)、「今後、佐藤圭汰みたいな選手が7区を走ることはないからね」と力説しているのには、乗客全員「たしかに」と深くうなずいていました。
【8区】8区区間記録の行方を日本一気にしている北海道の小松さん
平坦な前半と、上り坂が続く後半。8区は前・後半で全く違う特性を持つコースになっています。
それゆえ、序盤は毎年のように「区間新ペースです!」となるのですが、後半の遊行寺坂などのアップダウンで削られ、最後まで持たないのが8区の面白さ。特に今回は、例年なら日差しのきつい時間帯ながら曇り空ということもあり、今年こそ区間新が出るのでは!と盛り上がっていました。それでもやっぱり出ないのが8区の難しさなんです。
そんな8区の区間記録をもっとも気にしているのが、2019年の東海大在学時に区間記録を更新した小松陽平さんでしょう。彼は自分の記録の行方を見届けようと、戸塚中継所で待機。Xで「覚悟は出来ています」とポストしていました。
小松さんは東海大からプレス工業、日立物流(現ロジスティード)で競技を続け、2024年に引退。現在は北海道に住んでいます。北海道からわざわざ神奈川まで……。そこまでの思い入れを感じるのは、國學院大時代に10区を走った際、コース間違いをした交差点に毎年現れる寺田夏生さんぐらいのものです。
レース後、小松さんは「改めて自分の記録を誇りに思います!」とポスト。これを見て、陸上選手は色々な記録を持っているけれど、箱根の区間記録はやはり特別なものなんだと感じました。小松さんの区間記録更新は来年に持ち越されましたが、この難コースを誰が攻略するのか。楽しみです。
【9区】“陸上界のガリレオ・ガリレイ”八田先生のナイスな給水
僕は仲間と「オトナのタイムトライアル」という草の根トラックレースをやっているのですが、ペースメーカーとしてよく参加してくれているのが東京大学大学院の古川大晃選手です。
熊本大学から九州大学の大学院に行き、全日本大学駅伝に出場。そこで箱根にも出られるんじゃないかと、東京大学大学院へと進学します。そして最後の出場チャンスとなる今回の箱根駅伝予選会で好成績を残し、念願の学連選抜に選ばれたのです。
古川選手はよく「お金がない」と言います。そこで古川選手がランニングシューズを買えるように募金を企画したこともありました。ところが予選会で履いていたのはアディダスの8万円もするEVO1。ネットで格安で販売していて、ワンサイズ大きかったけれど購入したというのです。
レース後、この話を聞いたアディダスがぜひ古川選手を応援したいということになり、すぐにシューズを提供してくれたそうです。
その古川選手に、横浜駅前で給水をしたのが東京大学の八田秀雄教授です。八田先生は「乳酸は疲労物質ではありません」と長年言い続けてきた、陸上界のガリレオ・ガリレイみたいな人。長距離だけでなく、短距離も、投擲系も、すべての陸上関係者が「八田先生!」と慕うほどの権威です。ちなみに給水の瞬間、東大の八田先生のプロフィールにアクセスが集中し、サイトが落ちたそうです。
もう1つ、僕が注目していたのは青学大の田中悠登選手。彼とは高校3年の時に出場していた福岡クロカンから個人的に交流があったのですが、気がついたら青学大のキャプテンにまでなっていました。
卒業後はアナウンサー志望ということで、エントリーシートの書き方などの相談にも乗り、無事に福井放送にアナウンサーとして就職が決まりましたが、やりとりをするなかで、アナウンス力よりも企画力の方が光るものがありました。「アナウンサーよりもディレクターを目指してみるのはどうか?」とすすめたこともあったくらい。
それを再確認したのも、今回の横浜駅での給水でした。これまで横浜駅での給水では、数々のドラマが生まれてきました。自分たちも記憶に残る給水をしたいと思ったのではないでしょうか。同じ4年生の片山宗哉選手と走りながらの乾杯をしてからの給水。あのシーンを見た時、やはり彼の企画力はすごいなと実感しました。
【10区】シード権争いはM-1でいう敗者復活戦だ!
今回は早々に青山学院大の優勝が見えましたから、東京国際大、東洋大、帝京大、順天堂大の4校による激しいシード権争いに注目が集まりました。
なかでも絶対にシード権を落とせなかったのが、20年連続のシード権がかかった東洋大です。東洋大は宝塚歌劇団のような熱烈なファンが多いのですが、往路では4年生の石田洸介選手、主将の梅崎蓮選手を含む、4人が怪我などの不調のため当日エントリー変更。「これは大丈夫なのか」とファンも不安に思うなか、なんとか9位にまとめ、強豪校の意地を感じました。
シード権争いまで視野に入れて戦う大学が増えてきたことも、最近の傾向です。
以前は10区を走る選手は、9区までの流れを崩さず無難に走れる選手が選ばれていました。ところが最近はラスト100m、200mで勝負できる選手が配置されています。各校が優勝争いだけでなく、シード権争いまでイメージして選手配置していることがうかがえます。
今回、箱根駅伝=M-1説を唱えてきた僕ですが、このシード権争いもまたM-1に似ていました。敗者復活戦です。
M-1は敗者復活戦の後に本戦がありますが、箱根駅伝は優勝決定後に熾烈なシード権争いがあり、最後まで盛り上がる。優勝校が決まっていても、楽しめるというのは素晴らしいストーリーです。
実際、優勝が決まっても大手町を後にする人はいません。それどころか、優勝には間に合わなくても、シード権争いが見たいと大手町に観客がどんどん集まってくる。こんな大会は他にはないでしょう。
来年はどんなドラマが見られるのか。箱根を知り尽くした青学大の牙城を崩す大学が現れるのか。楽しみにしています。
構成/林田順子(モオ)
〈 〈シューズで見る箱根駅伝2025〉箱根ランナーの9割以上が履いていた“絶対王者”ナイキがまさかの転落…アディダスがシェア1位に大躍進した納得の理由〈出場210選手「着用シューズ一覧表」付き〉 〉へ続く
(EKIDEN News)
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