「声を上げた女性たちが置き去りに」松本人志“復帰待望論”のなかで見過ごされてしまった「重要な論点」とは
文春オンライン / 2025年1月7日 6時0分
©時事通信社
昨年のクリスマスにダウンタウン・松本人志氏のインタビュー記事が配信された。「松本人志が語る今の思い。そして見据える今後」では、訴えを取り下げた理由や今後の活動(独自のプラットフォーム「ダウンタウンチャンネル(仮)」創設)などについて語っていた。昨年の11月8日に松本氏は、文藝春秋との裁判終結が伝えられていた。
スポーツ新聞はどう報じたか
《女性に性的行為を強要したとする「週刊文春」の記事をめぐり、お笑いコンビ「ダウンタウン」の松本人志さんが、発行元の文藝春秋などに5億5000万円の賠償を求めていた裁判で、松本さん側が11月8日、訴えを取り下げたことを発表しました。》(弁護士ドットコムニュース・2024年11月8日)
では、松本氏の訴え取り下げについてスポーツ新聞はどう報じたのか? 芸能ニュースも大きく掲載するスポーツ紙は普段から密接に芸能界を取材している。記者らは裁判終結をどう見たのか? あらためて読み比べていこう(11月9日分)。まず日刊スポーツ。
『【記者の目】松本人志「週刊文春」裁判は約11カ月で幕 渡邊センスの裁判など未決着の案件も』
2~3年はかかるとされた裁判は約11カ月で幕を閉じた。双方に決着をつけたい思いはあった一方、長期化のデメリットも考えた上での落としどころになったと日刊スポーツは書く。具体的には文春側は第2回弁論準備へ向けて約20項目の証拠を提出していたと報じた。
その内容とは、「女性への取材内容や松本らとのやりとり、酒席にいた放送作家への取材データなど多様で、ここまでの報道にあまり出ていなかった同席タレントについてなども触れられていた。裁判が進めば当時の出来事がさらにつまびらかになり、『FRIDAY』の関連記事で訴訟を起こした渡邊センスや松本と同じく活動休止したスピードワゴン小沢一敬ら以外にも影響が及ぶ可能性は高かった」というものだ。
こうした展開が予想されたため松本氏側は落としどころを探ったという解説だ。一方の文春側も裁判が長期化すれば「取材にあたった記者はもちろん、記事内で被害を訴えた『A子』『B子』らが法廷で証言台に立っていたかもしれない」などのデメリットもあったと書く。
「自らの言葉で改めて生のメッセージを発信する場が必要」
続いてスポニチの【記者の目】。『松本人志“訴訟終結” 自らの言葉で説明するのが芸人の務めではないか』。内容を要約するとこうだ。
〈・「事実無根なので闘いまーす」。活動休止が発表された今年1月8日、松本はSNSにこう書き込んだ。だが、最後まで戦うのではなく、訴訟の取り下げというあっけない形で終結。法廷で真実が明らかにされることはなかった。
・性的行為の強要については一貫して「やってない」と否定しており、事実無根を証明したいならば、初志貫徹で最後まで戦うべきだったのではないか。〉
さらに、「自らの言葉で改めて生のメッセージを発信する場が必要だろう」というスポニチの提唱もあった。
「会見をしないのか」という声が続出
会見などをしないのかという声は他にも多かった。これらを意識したのが松本氏によるクリスマス配信のインタビューだったのだろうか。続いてサンケイスポーツ。
『【記者の目】非常に難しい松本人志復帰のタイミング 「応援して下さい」活動再開意欲は明らかもコンプライアンス重視強めるスポンサー』。要約は以下の通りだ。
〈・松本側は「強制性の有無を直接に示す物的証拠はない」との一点を着地点とし、女性側に謝罪。裁判に自ら幕を引いた。
・活動再開意欲は明らか。だが、テレビ局にCMを出すスポンサーは年々コンプライアンス重視を強めている。ましてや性トラブルとなれば、簡単ではないだろう。〉
デイリースポーツは『松本人志 文春訴訟終結に芸能界復帰への思いとその覚悟 記者の視点』とし、以下のようにまとめている。
〈・松本にも言い分はあるにせよ、被害を訴えた女性が「不快な思い」をしたことは確かで、そこに向き合う必要があることは言うまでもない。〉
スポーツ新聞は、ただの広報にはなっていないか?
さて、今回私がスポーツ紙を読み比べたのは、記者は芸能界に詳しいという信頼からだけではない。SMAP解散時の報道が鮮明だが、芸能担当記者は事務所とパイプが太いからこそ「ちゃんと論評できるのか? ただの広報になっていないか?」というチェック視点も大事だと思ったからだ。
その点でいうと印象的だったのがスポーツ報知の1面見出しだ(11月9日)。
『文春と電撃終戦 松本人志』とあって、その横に、「強制性の有無を直接に示す物的証拠はないこと等を含めて確認いたしました」という松本氏側のコメントを大きく載せていた。そして端のほうに、「心を痛められた方々がいらっしゃったのであれば、率直にお詫び申し上げます」という女性たちへのコメントを小さめに載せていた。順番と大きさが逆ではないだろうか。
報知は裁判終結を“痛み分け”とも書いていた。松本氏の復帰に関しても11月の時点で次のように書いていた。
《関係者によると、松本はテレビ復帰だけに固執していないという。配信番組の企画プロデュースや劇場での漫才で、復帰の一歩を踏み出すのも選択肢になる。》(2024年11月9日)
声をあげた女性たちがどう思うか
記者の松本氏周辺への食い込みが優秀なのかもしれないが、今回の件でまず気にしなければいけないのは松本氏の復帰時期ではなく、声をあげた女性たちがどう思うかではないだろうか。
というのも、私もつい視聴者として「復帰時期、場所はどこ?」と昨年の年明けから考えていたからだ。テレビから撤退しても劇場に戻ればよいのではとか、配信システムが定着すればむしろテレビに引導を渡してしまうきっかけにもなるのでは? とさえ想像した。
でも、「今は考えることではない」とすぐに思い直した。声を上げた人たちを置き去りにするようなことをしてはいけない、と感じたからだ。
それでいうと昨年の「週刊文春」の誌面で『松本問題「私はこう考える」』という企画があったが、注目したのは評論家の荻上チキ氏の見解だった。抜粋する。
荻上チキ氏の指摘
・荻上チキ「メディアが一丸となって調査すべき」(3月14日号)
松本氏に関する報道や反応で二つ気になることがあるという。
〈①業界に蔓延する悪質な手法
②一連の性加害問題などに対して、芸能界とメディアが一致団結して向き合っていない〉
①は相手が断りづらい状況を作って、あたかも能動的にその選択をしたかのように“罠”を仕掛け、性的な行為に及ぼうとする「エントラップメント」を指摘している。
②はメディアの多くは「芸能ニュース」として消費している。しかし業界の構造や風土の問題として考え、「ハラスメントや人権侵害の撲滅に取り組んでほしいと思います」と締めている。
いかがだろうか。この内容は現在報道されている中居正広氏の一件にも共通しないだろうか。松本人志裁判は終結となったが、きちんと向き合ったかどうか、そこが問われると思うのです。メディアも含めて。
※今回の読み比べコラムは新刊 『半信半疑のリテラシー』 (扶桑社)用に書いていた文章に若干の追記をした。この裁判終結後の原稿は字数や日程上の理由で収録できなかったので今回こちらで一部を公開しました。
(プチ鹿島)
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